第9話「ご案内します」

「…おい!」


 キョンはウバイドに向かって怒鳴った。


「あ、ああ。なんだ」


「何ぼーっとしてんだ!」


「あ、ああ…」


目の前で起こった現象にあっけにとられ、しばらくフォークとナイフを持つ手が止まっている。あまりにも当たり前のごとく姿を見せる不可解な存在に遭遇し、ウバイドが混乱しないわけはなかった。

 

「あんなに不思議な現象…つむじ風が人型になるなんてな。ロウ…さんというのは一体…何者なんだ」


「あの人は体を気化させられるんだよ!幽霊だなんて大嘘さ!」


「へぇ…」


「それよりさ、今日のお前の食事代、ツケじゃなくてタダにしてくれるってよ!!良かったね!!」


「な…なぜだ」


「俺もよくわかんねーけど、あの人困ってる奴とピュアな奴が好きだからさ!」


「?」


「ロウ店長のご登場をめちゃ驚いてくれて嬉しかったんじゃね?嘘もすぐ信じそうになってたし」


「私がピュアに見えたってことか?」


「そういうこと!」


ウバイドは困ったように肩をくすませた。


「さ、店長への紹介も済んだことだし!ゆっくり食えよ!」


「ああ。ロウさんにありがとうと伝えておいてくれ」


「りょーかい!」


 キョンは踵を返し再び裏方へを戻っていく。床の悪い箇所を踏んだのか、ギシという軋んだ音が聞こえた。走り出したらあっという間にどこかへ行ってしまうのだから、余程元気なゾンビなのだろう。キョンのゾンビらしい肌がやや緑がかっているのも、Losers’ Heavenの真っ赤な空じゃ分からない。彼がこの店で働いているのはもしかしたら彼自身の素性を隠すためなのだろうかと深読みしてみるけれども、初対面のウバイドにゾンビであることを包み隠さず明かしてきたのを見る限り、やはり考えすぎかと思い直す。ウバイドは残り少ないステーキと、最後まで取っておいたホクホクなフライドポテトに舌鼓を打ち始めた。


「何はともあれ、飯がうまいな」


 天井にかかっている蜘蛛の巣に埃が溜まっている。少し古臭い内装と掃除の行き届いていない様子はまるで廃墟のお化け屋敷のようだった。ゾンビの従業員と幽霊の店長、あながちお化け屋敷のイメージも間違ってはいない。そう頭によぎり、ウバイドはクスッと笑った。表情に出るほど滑稽に感じたことはいつぶりだっただろうかと、彼は静かなシャンデリアを眺めるのだった。


***

 

食事を終えて再び通りへと歩みを進める。キョンも仕事がひと段落ついたらしく、頼んでもいないのについてきた。薄暗く怪し気な街を事細かに案内してくれるらしい。


「面白い場所を見せてやるぜ!たーだーし!安全は保証しねぇぞ!」


「…勝手に案内するならせめて安全な所を頼みたいものだが」


「えへへ!楽しみなくせに!」


 キョンは得意気に飛び上がり足をバタバタとさせると、颯爽と歩き出した。


 …1つ目の目的地。閑散とした廃墟群の中、やけに大きく簡易な構造の建物が幾つも整列している場所に来た。壁の材料はトタンのように混合金属を薄く伸ばした板の貼り合わせで、どこの壁を見ても微妙に色が異なっている。整備はされておらず、所々に錆びている箇所が目立っていた。小さな窓が幾つかついており、三、四階建てとそう高くはない。中には人が多くいるようで、人の歩く振動により建物が小刻みに揺れているようであった。中の人の姿はよく見えないものの、白と黒のボーダー柄の服を着ているようである。


「ここは元々集合住宅とか倉庫とかだったらしいんだけど、いつの間にか脱獄犯の隠れ家になっちゃったエリアでーす!」


 キョンはとんでもないことを快活に言った。


「な…脱獄犯?」


「そう!」


「なぜ脱獄犯だとわかる?」


「だってしましまの服着てんじゃん!ここはジャングルじゃないけど、こうやってシマウマみたいに群れてれば個人は特定難しいよね!」


「…たしかに」


「その昔、凶悪犯罪者の投獄される刑務所があったんだって。ほら、いつかの核爆発とかの環境破壊で世界は砂漠になったじゃん?」


「…ああ」


「その時に刑務所ごと砂に埋もれちゃったらしいんだけどさ!」


「ほう」


「囚人達の中で無事に生還できた輩がゾロゾロいたんだって!牢屋だと貧相な生活で生命力が鍛えられんのかな?わかんねーけど!」


「…なるほどな。」


「そいつらがこの街に辿り着いて、このエリアに住み着いたってわけ!そのうち警察が取り締まるってもっぱら噂だよ!噂だけで実際の話は聞いたことないけどな!」


「この街に警察がいるのか?」


「うん!勿論!」


「どんなもんなんだ、この…変な街の警察ってのは」


「うーん、ロボットかな」


「ロボット…?」


 まるで子どもの描く夢の世界のような話で度肝を抜かれる。しかし目の前にゾンビが実在し、そう語っているのだから信じるしかあるまい。ウバイドは、キョンの口から語られる突飛な話の数々に次第に慣れてきていた。


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