第7話「デリシャス!」

 壁には何本か柱があり、一昔前の彫刻のような大雑把な掘り込み装飾が施されている。天井はかなり高く、燻んだガラスから入り込む光がキラキラと埃を照らしている。カウンター席と丸テーブルの席があり、カウンター席にはやや高さのある回転椅子が並べられていた。カウンター席の頭上には、ボトルや様々な調味料、スパイスに用いるであろうよく分からない乾燥植物が吊るされていた。カウンターの向かい側にはウバイドがこれまで見たこともないような種類の樽酒やワインがぎっしりと敷き詰められるように並んでいる。珍しい形のグラスがカウンター奥の間接照明に照らされて宝石のように輝いた。フロアの天井には立派なシャンデリアが吊り下げられてある。シャンデリアには大量の蝋燭が乗せられていて、その光が室内全体をぼんやりと照らしているのだ。


 「(大きなシャンデリアだ…)」


 ふと気づいたが、フロアの奥に階段があり2階があった。フロアと二階は隔たりなく吹き抜けで続いており、暗くてよく見えないけれどもダーツの擦れたボートやビリヤード台が置いてある。客が入っている時は賑わいを見せているのだろう、雑な得点表や飲みかけで片付いていないグラス、つまみの乗っている皿などが置きっぱなしである。開店前の準備時間なのだろうか、かちゃかちゃと食器のぶつかる音が微かにした。ウバイドはしばらく入り口に立ち尽くしていたが、近くの埃を被った椅子が随分と大ぶりであることに気づき、静かに腰をかけた。


「(…忙しい時間帯なのだろうか。)」


「おーい!ウバイド!待たせちゃった!ごめんごめーん!」


 キョンはドタバタと足音を立てて小走りで戸から出てきて、ウバイドの座る椅子の近くのテーブルにドンと何かを乗せた。銀色の、かすり傷の多く入った丸いトレーである。そこに乗せてあったのは、年季の入った木製の分厚い下敷きに、黒々とした鉄板。さらにその上には分厚く切られた肉が旨そうな匂いでウバイドを誘惑しつつ、鎮座していた。


「肉の焼ける音がいいだろ~!この店の看板メニュー、ニンニクソースの厚切りステーキ!」


「ああ…うまそうだ」


「へへっ!だろ!」

 

 表面の網目のように刻まれた十字の切り込みは、独特なソースを染み込ませつつも肉汁が滴っている。キョンが肉を2つに切り分けようとナイフの刃を刺しこめば、血管を切り裂いて血が溢れだすかの如く肉汁がじゅわりと溢れ出し、熱された鉄板をパチパチと弾けさせた。跳ねる油は空腹のウバイドにとっては天使の降臨の音にも近く、彼の視界には白い光の階段が天から降りてきたように輝いている。半開きの口を押さえることさえ、食欲によって完全に忘れさせられてしまったウバイドは、愚かにも素手でその耽美な肉に触れようとした。その手をパシっと叩くのは、紛れもなくキョンであった。


「おい!なーに下品な食い方しようとしてんだ!」


「…!あ、ああ、すまない…」


「そんなに腹減ってんならもっと食いごたえのあるやつ用意して貰えば良かった!」


「こんなに美味そうな肉より食べごたえのある物があると言うのか?」


「もち!豚丸ごと1匹焼き上げたやつなんて、大男が喜んでがっつく代物さ!」


「へえ…」


ウバイドは早く食べさせてくれと言いたげに、ナイフとフォークに手を伸ばしていた。キョンはすかさず乱雑にフォークとナイフを手元に置く。


「お代は出世払いってことでつけてあるから、たーんとお食べ!」


「ありがとう」


 手早く伝票を書くと、キョンは忙しそうにまた裏へと戻って行ってしまった。アンティーク朝のナイフとフォークを手に取ると、ウバイドは肉を大ぶりに切って口へ運んだ。ライスはホカホカで大盛りである。フォークで米を食べることがこれまでなかったので、彼は若干犬食いのようになりながら米を頬張った。旨味が口一杯に広がり、肉汁とライスの水分が喉を潤す。数回噛んだら消えてしまう柔らかさの肉は、一体何の肉なのか分からないもののうまいことには違いなかった。


 ***


かちゃかちゃと音を立てながら食欲を満たしていると、キョンが消えて行った小さな扉の暗がりから、何やら煙のようなものが漏れ出ていることに気がつく。腹が少し満たされて落ち着きを取り戻してきたウバイドは、急に現れた見たことのない小さな黒煙の渦巻きに、食べる手を止めた。


「な…なんだ?」

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