第5話「呪術市場」
ザワザワ……
人通りが増えてきたLosers’ Heavenの街並みは、先ほどの壮大な様子とはうって変わって雑然としていた。砂が砂漠から届かないのだろう。白い建物はほとんどなく、古いコンクリートや木の廃墟が丸々と残っているようだった。壁が剥がれているところもあれば、スプレーで落書きが施されている部分もある。出店を出している者達は人種や年齢もバラバラで、簡易テントを立てて商品を並べている者もあれば地面に破れた派手な色味の敷物を敷いて商品を並べている者もいる。どれも怪しい食品や装飾品ばかりだが、人は大いににぎわっていた。
キョンは慣れた足取りで人込みの中をすいすいと進んでゆく。鼻に付くごみのような生臭い臭い、肉と血の焼ける匂い、大男の汗の臭い。様々な匂いが入り交じり、落ち着かない。人が多いためか、ウバイドの身に着ける長袖の民族衣装を模した作業着に汗が滲んでいた。キョンの後を付いて行こうと必死に人を掻き分けて進むけれども、背丈の低いキョンの姿は他の人影に容易に覆い隠されてしまうのだ。消えては現れる彼の赤い輪郭だけを頼りに、ウバイドは人の波にもまれていた。
「キョン…この街はいつもこんなに混んでいるのか?」
「いーや!ここら辺だけだよ。ここはParlor Voodoo(パーラーブードゥー)。この街で一番大きい市場なんだ!」
「へぇ……」
「俺のバイト先でもたまに出店してんだぜ!」
「…その見た目でも働いてるんだったな」
「んもう!俺を子供扱いするんじゃねぇよ!しつこいぜ。人間のガキとは訳が違うんだ!俺だってゾンビだぜ?働きだってするさ!」
キョンは少し呆れたようにウバイドの静かな瞳を見つめた。ウバイドはといえば普通の人間と自称ゾンビの子供の差など分かるはずもなかった。
「俺っちのバイト先はHeart Beat(ハートビート)っつー酒場さ!うんまい酒が飲めるのは勿論、店長のちょー美味しいご飯も食べれるぜ!!!」
「なんだ、飲食店で働いているのか。子供が酒場に居て大丈夫なのか?」
「んもう!!!!!そろそろ怒るぞ!!!」
分かりやすく頬を膨らませて、ウバイドを睨み付ける。ウバイドが常々言うように、背丈の低いキョンは大男と言ってしまっても過言ではないウバイドにとって圧倒的弱者に変わりはなかった。たとえゾンビであってもである。虎に噛みつこうとする子犬の如く、狼にはしゃぐ子山羊のごとく果敢にウバイドに突っかかっているキョンに愚かさを感じる通りすがりの者も少なくはない。周囲の者たちは甲高い声を上げる小さいゾンビと、見慣れない民族衣装を着た真っ白な大男の揉め事を横目で見ていた。
「心配して言っているのだが…」
「俺はこの街Losers’ Heavenにけっこー長くいるんだ!そんぞそこらの暴漢には負けないさ!そんなことより自分の身を心配しろよな!」
「そうか。」
すると近づいてくる1人の見知らぬ男。
「おおいキョン!なんだぁ、揉め事か!?」
馴れ馴れしく話しかけてくる初老の男は、焼けた肌にずんぐりむっくりの体型だった。いかにも、治安の悪いこの街にぴったりな男である。今も酒に酔っているようで、酔っ払い特有の不快なアルコールの臭いがその場に立ち込めた。男はキョンの細い肩に太く毛むくじゃらの腕をどしんとのせると、キョンは少しよろめきながらもその脂肪の多い上半身を支えた。
「(ほら、言わんこっちゃない…ゾンビだのなんだのと息巻いておいて、酒乱の男に絡まれているじゃないか!)」
ウバイドが男とキョンを引き離そうとした、その時だった。
「あー!おっちゃん!!!元気だった?最近見ないから心配してたよお!」
男の太い腕を両腕で支えながら、キョンはあっけらかんとした口調でその男に話しかけ始めたのである。ウバイドはびくりと体を震わせた。
「おぅ〜キョン!最近聞いたかあ?ひっでぇ砂嵐の話をよぉ!ヒック」
男はキョンが真横にいるにも関わらず、大声で問いかける。
「もちろん!ついさっきもその話してたんだぜ!そこの奴がその砂嵐に遭遇したって話さ!」
キョンは辛そうな体勢でありながら、ウバイドの方を指差した。急に話題に上がってしまったウバイドは緊張した様子で背筋を正す。
「おぉ〜?テメェがぁ〜?」
目の据わっている男は、真っ赤な鼻先をウバイドに向けると虚な瞳で睨みつけた。ふらつきながらもウバイドの頭のてっぺんから爪先までをじっくり観察していた。
「この白装束のヤツはウバイドって言うんだ!奴の語る砂嵐の話は多分ホントだぜ!俺が保障する!」
キョンは男の腕に潰されそうになりつつ、ウバイドが嵐を生き抜いた話に勢いをつける。酔った男はウバイドの顔を気に食わなそうに見つめていた。ウバイドは久しぶりに遭遇した危険の香りがする男に対し、警戒心を強くした。
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