第4話「廃墟の門」
「ほら、ここだよ!」
意気揚々と細く若々しい指先で天を指す。キョンは声を乾いた空気に響かせて、後ろを歩くウバイドに向かって呼びかけた。Losers' heavenに到着したようである。白砂漠と街の境目は、グラデーションのようになっているらしい。石なのか煉瓦なのか判別不可能な岩で作られた重厚な門は、かつては閉じられていたかのような跡と、不自然に曲がった金具のみが残っている。風に飛ばされた砂を表面に薄っすらと纏った門から続く道は、石が敷き詰められて出来たものなのか、人の脚で踏み固められたものなのかさえ定かではない。その門の周りには人っ子一人おらず、奥に続く大通りもただ静かな廃墟群に過ぎなかった。所々に立っているテントはといえば、行き場をなくした老人がただ静けさを求めて横たわるためだけの物であった。キョンの喉奥から出る子供らしい音波は、水面に堕ちる一滴の水のように砂漠と街とのぼやけた境界面に波紋を広げている。
「…これが街だなんて。ただの廃墟じゃないか。」
「そう思うだろ?ここは砂漠に近いから砂が多いんだ。壁も窓も、あっという間に砂で削られて風化しちゃう!だから誰も住もうなんて思わねぇんだよ」
キョンは得意げに視線をきょろきょろと動かしながら語り続けた。ウバイドは懸命にキョンの後頭部を見つめる。キョンが後ろを時々振り返ると、ウバイドは目を逸らすのだった。
「もうちょっと先に進めば、次第に賑やかになってくるぜ!」
「そうか。」
静かな廃墟の街は、白砂漠の砂に吹き付けられてどの建物も白い外壁であった。まるで白のペンキをぶちまけられたかのごとく、大蛇の糞が天から降り注いだかのごとく町の建物たちは硬質な白い固形物に覆われていた。その質感は卵の殻のようであった。元はコンクリートであったのだろう、鉄骨が剥き出しになっている建物も、見事に砂の塊に覆われて死に失せた白骨化したサンゴ礁のようである。触れた者の皮膚を切り裂く硬さを持っているにもかかわらず、その丸みを帯びたフォルムとざらざらとした質感は、人工物のようでもあり自然を生きる何か別の生き物のようにも思えた。ウバイドは、遠目から見れば廃墟群であったその不可思議な白い建造物たちのひしめく大通りを目の端で捉えては、驚いていないふりをするのに必死であった。
「…いつになったらこの…白い建物のエリアから抜け出せるのだ?」
暫く歩いているが、一向に景色が変わらない。大通りもやけに広く、地面も若干砂漠の砂が残っている。
「もうちょっと!そう焦るなって。Losers’ Heavenの奴らはあんまり街の外に出ようとはしないからなあ!入口の近くに人がうろついてることは稀なんだ!」
「だがさっき、悪戯する子どもがどうとか言っていただろう」
「ああ!人間の子どもはどこか変なんだよ。ある程度の年頃になると外に出たがるんだ!」
「…お前さんも子どもではないのか?」
「俺?」
キョンは驚いたのか、少し肩を跳ね上げるとその場に立ち止まった。目も口も大きく開いたまま、ウバイドの方をじっと見つめている。
「背丈も小さいし声も若々しい。お前さんは子どもに見えるが…」
「そんなこと、考えたこともなかったぜ!俺が人間に見えるってこと?嬉しい!」
「いや、まぁ…人間の子どもという意味ではあるが」
「だけど、あんまりゾンビを馬鹿にしちゃぁいけないぜ!こう見えても一応、働いてるんだぞ!子ども扱いすんな!」
「ふむ…子どもみたいな働くゾンビ、か」
ウバイドは、変に納得した面持ちでキョンの輝く笑顔を見つめた。キョンは再びくるりと方向を変えると、再び元気よく歩き出した。彼の真っ赤な衣服が、白い景色によく映える。彼が一歩踏み出すたびに、変な寝ぐせがぴょんぴょんと弾んでいるのが面白かった。ウバイドよりも一回りも小さいキョンは、その小さな歩幅でウバイドの先を行こうと懸命に足を動かしている。小鳥の後ろをついて回っているような気がして微笑ましかった。
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