第2話「遭遇」
ここは白砂漠。広大な白い砂の大地は、はるか昔に人類が滅ぼした様々な生き物の屍の山である。太陽の機嫌を損ね、この世界は真っ暗な暗闇を余儀なくされた。日が昇るのは、彼が生きている間で一度たりとも見たことは無い。夜を生き抜くために人間が瞳を進化させたのであろうか、それとも太陽はどこかに生き続けているのだろうか。人の虹彩は青色をよく映し出し、暗いと言ってもぼんやりとした暗い青に空は染まっている。地平線の果て、その先までも広がっていそうな白砂漠のどこかにポツンと寝そべる男の名は、ウバイドであった。ウバイドは頭を覆うターバンのような砂除けを外す。彼の髪は銀色で、雑に短く切りそろえてある毛先は四方八方にはねている。堀の深い顔立ちは彼の一族特有のもので、切れ長の瞳は周囲の者にきつい印象を与えた。瞳の色は深いブルー、彼の兄弟の瞳の色と同じであった。肌には血色感はなく、比較的色白である。青い光に照らされて、まるで人工物のような灰色の肌にも見えた。筋肉質な体つきは、彼の過去の肉体労働の結果であった。思い返せば色々な仕事をした。下水管を詰まらせるヘドロやゴミ、重い泥の塊を永遠と地下から地上へと運び出す作業。廃屋の倒壊現場で、瓦礫を撤去する作業。廃材の中から使い物になりそうな鉄の資材をかき集めて、トラックの荷台に乗せる作業。思い返すだけでも額から汗が出た。思い出される過酷な肉体労働に比べれば、広い空をただ淡々と眺めるだけの現状は別に悪いものではないのかもしれない。空腹であったはずなのに、いつの間にかその感覚は薄れていた。胃が何も入っていない状態に慣れてしまった。
「…そろそろ動き出そうか」
ウバイドは重い体を渋々持ち上げると、静まり返った白砂漠を歩き始めた。彼は星の灯りを頼りに、南の方角へと向かった。
***
もうどのくらいの間歩いたであろうか。足を進めども、ウバイドの瞳に移る世界は一向に変化しなかった。なぜ南へ向かおうとしたのかと言えば、ほんの気まぐれである。オアシスのような、水のある地域が近辺にあるかもしれないし、はたまた無限にそんな場所にはたどり着かないかもしれない。運よく彼の居住区域に舞い戻ってこれるかもしれない。実を言うと彼は星が読めるのだった。空に広がる星々の光から、自分の現在地を大まかにではあるが把握することが出来た。彼は、彼の元居た場所に戻る方法をいくつか思いついてはいた。しかし彼は、心の奥底では彼の住んでいた場所に帰りたくなかった。
「ふぅ…………」
脚が鉛のようになってしまっている。きめの細かいするすると滑るような砂の地面を長時間歩けば、脚を取られ続けて足首を痛めることなど当たり前のことだ。ウバイドは膝に分厚い手のひらを添えると、ゆっくりと腰を下ろした。丁度よい高さの盛土があったのだ。しばらくの休憩をと思い、全体重を臀部へかける。砂の盛り上がりが、彼の腰によって潰された。ウバイドは全身の力を抜き、柔らかいソファに腰かけるかの如くリラックスする。少しの生気がどこかから漂って来ていた。しかしウバイドはそれには全くもって気が付かなかった。砂の微細な振動だけが、異変を伝えていた。
「それにしても、本当に何もない砂原だ。
こうして死を待つのも悪くはないのかもしれんな」
「…!」
何かがふごふごともがく音が、ウバイドの鼓膜をささやかに揺らす。
「それにしてもなんだか妙だ。この砂の小山は……生暖かいな」
ようやくどこかから漂う生気に気が付いたウバイドであるが、決して立ち上がろうとはしない。呑気に感心していると、彼の視界は大きく揺れた。どうやら、彼の座っていた砂の山が動き出したようである。いささか苦しそうに震えるソレは、自らの砂を振るい落とすように、そしてウバイドを振り落としたいという強い意志の元に、暴れているようであった。
「こっ…こらあ!!!」
「うおっ!?」
勢いよく砂から子どもらしき背丈の少年が飛び出してきた。ウバイドは押し上げられ、立ちあがる。何が起こったのか分からず目を丸くしているウバイドをよそに、少年は大声で怒鳴りちらしている。
「悪戯するなっつってんだろこのクソガキども!
次やったらただじゃ………って、アレ?」
白い砂から出てきた少年は、真っ赤な上下の中華風の衣服を身にまとって、不思議な寝ぐせが付いている子どもであった。目は釣り目気味で、皮膚の色は健康そうな黄色人種の色合いであるがやや黄緑がかっている。機敏な動作で服に付いている砂を払うと、ウバイドの方をまじまじと見た。
「君………だぁれ?」
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