▼【第十四話】 私は酷い女なので。

 もし、遥さんに既に恋人がいるのであえば、いや、いなくともだ。僕は独り身で生きて、できるだけお金を稼ぎ、貯めてそれを老後の遥さんに渡そうと考えた。

「も、もちろんストーカーなんかにはなりません。なるべくあなたにかかわらないようにひっそりと生きていきます」

 その言葉に遥さんが少し焦るように、困るような、表情を浮かべる。

「いや、だからって、お金をためてって…… それはいくらなんでも」

「どうせ僕が末代です。親戚もいません。家ごと、土地ごと貰ってください。あなたが別の人と幸せに過ごした後、一人になったときに全部差し上げます。さすがに相手がいるときは僕にはつらすぎて無理ですので」

 今、僕が考えていることをそのまま口にする。

 自分でも考えをちゃんとまとめられていないので、僕の意図が伝わるかどうか不安だ。

「あの、流石にそれは…… 受け取れませんよ。って、ああ、仮の話でしたよね? そうですよね?」

 顔を引きつらせながら遥さんはそう聞き返してくる。

 顔を引きつらせるほど嫌なのか。容姿の件は歳を取れば関係なくなるとは思ってたけど、そういうことじゃないのかもしれない。

「いえ、今話したのは仮の話ではないです。僕が必死に今考えた一つの結果です。でも、迷惑でしたら止めます」

「それは流石にやめてください」

 真剣な表情できっぱりと言われてしまう。

 僕が思った以上に迷惑そうだ。ここは引き下がるしかない。迷惑をかけてはいけないと思っていたけど、何が迷惑になるかが僕にはわからない。

「はい」

「なんでそんなに自分を卑下しているんですか?」

 卑下している? 自分を? そうなのだろうか。僕には正当な評価だと思える。

「私とあなたでは釣り合いが取れません。こうして一緒にいるだけで、あなたに恥をかかせているようなものです」

 そうだ、あのバーテンダーの店員も笑いはしなかったが、僕を訝しげに見ていた。

 僕ごときがなんでこんな素敵な人を連れているんだ、と訝しんでいた。

「そんなことは…… 私は気にしてませんよ」

 遥さんはそう言ってくれるが、

「なら僕と付き合うことができるんですか?」

 と、言うと、遥さんは困った表情を浮かべる。

「うーん……」

 そして、困り込み黙る。

「ほら、やっぱりじゃないですか」

 と、僕がそう言うと、

「いや、そうじゃなくて、正直迷っているんですよね」

 と、彼女はそう言った。その顔は僕には嘘をついているようには見えなかった。

「え?」

 迷う? なにを?

「あなたなら…… いや…… やっぱり無理なのかな」

 遥さんは何か思わせぶりなことを言った。

「き、希望を持たすようなこと…… や、やめてください。これ以上はあなたへの気持ちを、本当に抑えきれないんです……」

 これ以上、あなたへの気持ちが強くなったら僕は本当に歯止めが効かなくなってしまう。

 本当にどうにかなってしまう。

「正直にいますね。私はね、たぶん、あなたが、田沼さんが思っている以上に、もしかしたら想像できないほどに、酷い女なんですよ。茜に言わせれば、あなたじゃ抱えきれないくらいの」

 遥さんが酷い女?

 どういうことだろうか。僕には理解できない。

 ただ遥さんがどんな悪い人間でも、僕にとっては素敵な人であることは何も変わらない。

「そうだとしても、僕の気持ちは何一つ変わりません。落ち込むかもしれません。失望するかもしれません。でも、この気持ちだけはきっと変わらないどころか、大きくなっていくと思います」

 そうだ。この気持ちだけは変わらない。

 この気持ちがあれば僕はなんだって乗り越えることが…… ああ、ああ…… なにを考えだしているんだ。僕は……

「田沼さんが嘘は言ってないんだってのは、なんとなくわかりますよ、けど…… ああ、そうか。だから今日振られに来たと……」

 遥さんはやっと僕の意図を理解してくれた。

 けど、それは少し遅かったかもしれない。あなたが希望を持たすようなことを言ってしまうから。僕はまた希望に縋りたくなってしまう。

「はい」

 と、僕は目を閉じ苦渋の表情を浮かべて答えた。心の中で早く振ってくれと願いながら。今なら、まだこの気持ちをどうにか押さえつけて置ける。

「でも、私、言いましたよね。私は酷い女だって。だから、今日は絶対にあなたを振りません」

 遥さんは、意地悪い笑みを浮かべてきっぱりとそういった。

「え?」

 僕はその言葉に放心する。

「まずはお友達から始めましょう。私を知らないって言うのなら、私を知ってください。そして、失望してください。それでもまだ…… 私のことを好きだと言うならその時にまた私を口説いてください」

「え? いや、その……」

 口説く? また? な、何を言っているんだ。

「もちろん、ただのお友達どまりじゃないですよ、お友達から始めるわけですから、この意味、分かりますよね?」

 そう言って遥さんは、笑みを浮かべて僕を見る。

「おねがいです、そんなこと言わずに振ってください」

 僕がそう願うと、

「嫌です、私は酷い女なので」

 と、即答された。

「そ、そんな…… 自分でもこの気持ちを抑えきれないのに」

「こうやって私に想いをぶつけてください、私をまた口説いてくださいね。今日はちょっと驚きましたけど、そう悪き気はしませんでしたよ。特におばあちゃんの私でも良いって感じのところ、私は好きです」

「そ、そんなこと僕には…… え?」

 な、何を言ってるんだ、この人は、好き? え? どうして?

「正直、田沼さんは外見は確かに冴えないかもしれないです。でも、まっすぐでまじめで、変な人。もし、本当の私を知って、それでも私に失望しなかったら…… その時はどうしますか?」

「ま、まずは!! まずは…… 一緒に服を買いに行ってください…… あなたの横にいてもあなたに恥をかかせないような…… そんな人間になれるように……」

 ああ、ダメだ。

 僕はもうこの気持ちを抑えきれない…… 自分ではもう押さえつけておくことができない……

「ふふ、いいですよ。次の…… 日曜日に服を買いに行きましょう。それにまずは連絡先の交換からですね。あっ、それと私の部屋、今から寄っていきますか?」

 彼女はそう言ってまるで小悪魔のように微笑んだ。




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