▼【第十三話】 全てを賭けて。
「じゃあ、それで私が運命の相手って考えちゃったんですか?」
遥さんは笑うようにそう言った。
ただその笑みを少し隠そうとしている。
彼女の顔だけを見ているから、僕にもわかる。
けど、それすら僕には関係ない、ありのままを伝えなくちゃいけない。
「いいえ、一生懸命否定しようとしました。幻聴なんだって。でも、どんどん好きって気持ちが独り歩きしていってしまって、自分でもどうしょうもなくて……」
僕がそう言うと、彼女の表情から、笑みだけか完全に消える。
真剣な表情で僕を見返してくれる。
「……」
けど、彼女からの言葉ない。
だから僕は、言葉を、僕のすべてをどうにか言葉にして紡ぎだす。
「わけわからないですよね、あなたのことを何も知らないのに。勝手に好きになっていくだなんて……」
そう言って、今度は僕が照れ笑いをする。
「ごめんなさい、私にはその気持ち、理解できないです」
彼女が、遥さんが真剣な表情のまま僕にそう伝えてくる。これはきっと彼女の本心だ。
無理もない話だ。僕にだって理解できていない。他人が理解できるわけもない。
ただ、その言葉だけで僕はくじけそうになる。
くじけそうになる自分をなんとか気力を振り絞り奮い立たせる。
「そうですよね、気持ち悪いと自分でも思えます」
「そう…… とは私は思いませんけど。私はそんなこと今までなかったので、って、いうほうの意味でですよ」
彼女は言い淀みながら言った。やっぱり僕は気持ち悪いのだろう。それでいい。
「一週間にも満たない時間ですが、あなたは僕にとって何にも代えがたい物に映ってしまったんです」
そう、かけがえのないもの。今の僕には遥さんがそう見えてしまっている。
そして、そう思えることが、僕にはとても、とても誇らしいんだ。
「あの…… 私はそんな大層な人間じゃ……」
と、遥さんがそう告げてくる。
「いいえ、少なくとも。僕にはそう思えてしまったんです。実際のあなたがどうだなんて関係ありません」
僕はそう断言する。
あくまで僕にとっては、そうなのだから。
「そ、それって、やっぱり勝手に理想の私を想像して思い込んでいるだけですよね? 本当の私のことを知りもせずに」
遥さんが少し怒ったようにそう言い返してきてくれた。
けど、それは違うんです。
「いいえ、違います。僕はあなたのことを本当に何も知らないんです。だから想像することも難しんです」
そう、僕は遥さんのことを何一つ知らない。だから幻想も何も抱いていない。それだけは否定できる。
なにも知らないのに、こんなにも好きなんだ。もしもっとよく知ってしまったら、僕はもっと遥さんのことを好きになる。好きになってしまう。
そうすれば、きっと僕は自分を抑えきれなくなる。これも幻想なのかもしれない。けど、好きになってしまう事だけは確かだ。
だから今日じゃないとダメなんだ。
「本当の私は…… そんなに優しくもないし、いい人間でもないですよ」
彼女は困った顔でそう言ってくる。
けど、
「私はあなたに、それほど優しくされた覚えはありません。でも好きです。いい人間であろうがなかろうが、僕には関係ありません。たぶん、どんなあなたでも知れば、きっと僕はもっとあなたのことが好きになってしまいます」
確証はない。けど、これはたぶん本当だ。
僕はどんな遥さんでも好きになれる自信がある。
「……」
僕の言葉に、彼女は口を閉ざした。
「だから、今振って欲しいんです。明日になれば、僕はきっともっとあなたを好きになってしまう。歯止めが効かなくなる前に」
「本当に、私はあなたが思っているような人間じゃないんですよ……」
遥さんは困ったようにそう言ってくる。
けど、僕には遥さんがなぜそんな卑屈になっているのかが理解できない。
「はい、そもそも僕は何一つ知りません。金曜日まで名前だって知りませんでした」
なのにこんなにも好きになってしまう僕はやはり馬鹿なのだろう。
けど、この人を好きになれたことが、なぜか誇らしく思えるんだ。
「じゃあ、もし仮に、私に付き合ってた人がいたらどうしたんですか?」
「待ちます」
僕は即答する。
「待つって…… それじゃあ……」
「元々、誰とも、ああ、いや…… あ、いや、全部心の中を、全部さらけ出します。そうしないとダメだから。僕は元々誰とも結婚どころか付き合うつもりもありませんでした」
自分でも考えがまとまらない。
けど、僕はもう止まれない。心の中のぐちゃぐちゃとした感情を口からどうにかして伝えれるように言葉にする。
「はい……」
「だから、容姿も気にしてきませんでしたし、今もこんなんです。そんな僕なのに、最近容姿が気になって仕方がないんです……」
「例えばどこですか?」
と、遥さんは僕を見た。上から下まで。恐らく値踏みするように。
「え? た、例えば…… その…… 鼻の黒ずみとか、頭も薄くなってきたとか、おなかが出てきた、とか。今まで何一つ気にならなかったのに……」
遥さんにじろじろと見られることに気恥ずかしくなってしまう。
女の人にこんなにじっくりと見られることは、今までなかったかもしれない。
「それが気になってきたと……?」
「はい、服装なんかも…… 寒くなければそれでいいと思ってました。でも、変えたい、変わりたいと思っても僕には、どうしていいかもわかりませんでした」
「はい」
と、遥さんは優しい声で返事をした。
「えっと、だから、すいません、考えがまとまらなくて」
ここで、自分がなにが言いたかったのかわからなくなる。
頭の中を少し整理する。何を聞かれていたんだっけ、と、それを思い出す。
「いいですよ、ゆっくりでいいですので、聞きますから」
遥さんが優しく、まるで子供をあやすように声をかけてくれる。
僕には、それを馬鹿にされてるとは思えない。この人は真剣な想いには真剣に答えてくれる、それだけはわかる。
「はい…… ああ、そうです。待つんです。あなたがおばあちゃんになってもいいです。それまでに僕は出来るだけお金をためておきますので」
僕がそう言うと、遥さんはその言葉を理解するまで少しの時間を要し、その間、少し間抜けな顔をさらしていた。
「え? いや、えっと…… おばあちゃん?」
けど、結局、彼女は訳が分からないと言った表情を浮かべた。
自分でも何を言ってるか、わかっていない。ただ想いをそのまま口から紡いでいるだけだから。
きっとそれが、あれこれと考えるよりも、きっと僕の本心に近いのだから。
「はい、僕にはあなた以外要りません。だから考えた結果そうなりました」
「ちょ、ちょっと待ってください、驚いたというか、なんというか…… 理解が追い付かないというか……」
そう言って彼女は気持ちを落ちつけるようにお酒を少し多めに飲んだ。
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