▼【第十二話】 恥ならいつでもかいている。
遥さんに案内してもらったところはお洒落なバーだった。
落ち着いた感じの雰囲気のいい。
僕にはお洒落過ぎて逆に落ち着かないけど。
正直、注文の仕方すらわからない。ここにはメニュー表すらない。
僕には場違いの場所のように感じ、委縮しそうになる。
けど、だから何だ。今日の僕は、今日だけは違うんだ。
場違いだからってなんだ。関係あるもんか。
もうこんな場所にはもう二度と来ることもないだろう、恥をかくくらいなんてことはない。僕は恥ならいつでもかいている。今更気にすることもない。
そう思うと、不思議と勇気が湧いてくる。そんな気がする。
それに、今日はそんなこと気にしている余裕もない。僕は今ここに、全身全霊を持って振られに来たんだから。
そうだ、振られるんだから場違いでも、恥をかいても、何も変わりはしないんだ。
「すいません、僕には注文の仕方もわかりません」
僕がそう言うと、遥さんは少し笑った。いや、恐らく失笑だったんだと思う。
それでも遥さんは優しく僕に接してくれる。
「あー、はい、任せてもらってもいいですか?」
「お願いします」
「んー、ダメなものとかあります? 甘いのがダメとか、炭酸がダメだとか?」
遥さんが僕の目を見て聞いてくる。それだけで心が満たされていく。
だが、聞かれたことすらも、正直、よくわからない。
「好き嫌いはありません」
だから、そう僕はそう答えた。
「ふふっ、じゃあね……」
そう言って遥さんは少しなんかを考える。
少しの間があって遥さんはバーテンダーというのか、わからないけど店員に直接注文をした。
「田沼さん、この人には…… ジンバックを。私はテキーラサンセットをお願いします」
その後、出されたお酒を持って窓際の二人席に行く。
二人だけの席で、誰も邪魔する人はいない。
お洒落で素敵な、僕ですら落ち着ける場所だ。僕が落ち着けるのは薄暗いからかもしれない。
「で、お話ってなんですか? ここなら落ち着いて話せますよ」
席について一息つき、遥さんか僕に話しかけてくれる。
まさか遥さんとこんな場所に、しかも二人っきりで来れるだなんて思いもしなかった。一生の思い出にしよう。僕の宝物にしよう。
「あの、えっと、す、すいません。今日は勢いだけで来ました。考えが何もまとまってないんです」
「ゆっくりでいいですよ、私の家、この近くなので、何なら歩いて行けちゃう距離ですよ」
そう言って、遥さんは笑った。
そうか、なら、多少遅くなっても平気かもしれない。僕はそんなことを考える。
「そうなんですね。いえ、そんなことはどうでも…… い、いえ、どうでもよくはないんですが」
と、僕が言うと遥さんは少しだけ困ったような笑みを浮かべていた。
「あー、金曜日の保留の話ですよね、まだ迷ってて……」
そう言って遥さんは視線を僕から外した。
けど、迷う必要はない。ないんだ。
「いえ、結果はもうわかってます。今日は全力で振られに来ました。それだけは決めてきたんです」
「え?」
遥さんは驚いて僕の方を見た。
「今日は、思い残しがないように、悔いがないように、僕のすべてを賭けて振られに来たんです」
真剣に、遥さんだけを見ながら僕は僕の本心を口にした。
「ちょ、ちょっと待って、いや、あの…… すべてって?」
「そのままです。言葉のまま、僕のすべてです」
そう、すべてを賭けて振られる。それが僕の望んだ結末だ。
「えっと、その、すいません。わけがわからないんですけど?」
遥さんの目が泳いでいる。本当に驚いているのかもしれない。
「はい、自分でもよくわかってません」
「えぇ……」
と、遥さんは少し呆れたような表情を見せてくれた。
そんな顔さえ僕には愛おしく大切に思えてしまう。
こうしている間にも僕の気持ちはどんどん大きくなる。彼女の近くにいるだけでどんどんその気持ちが大きくなっていく。
きっと明日にはもっと、明後日には更にもっと大きく。だから、自分でどうにか抑え込めるうちに振られないといけない。
そうじゃないと、迷惑をかけてしまうから。
今、全部さらけ出さないといけない。悔いが残らぬように。
だからすべてを正直に話す。
「あなたを好きになったきっかけは、先週の火曜日、あなたを見た時、鐘の音を聞いたんです」
頭がおかしいと思われるかもしれない。
けど、そう思われたほうがもう気が楽なのかもしれない。
「鐘の音…… 教会のってやつ…… ですか?」
少し不思議な顔、それでいて驚いた顔をして遥さんは聞き返してきた。
「はい、でも幻聴です」
と、僕はそう言い切る。
「じゃあ、それで私が運命の相手って考えちゃったんですか?」
そう言って遥さんは笑った。
その笑いは、たぶんあんまり良い笑みではないことは、僕にもわかる。
それでも、そんな笑みすら、僕には愛しくてたまらないんだ。
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