▼【第十一話】 すべて終わってから後悔すればいい。

 少し早めに家を出る。

 僕の見た目に何が変わったところがあるか、そう聞かれれば何も変わってはいない。

 ただ気持ちだけは違う。


 もう覚悟を決めた。もう迷わない。


 全力で当たって砕けて、この気持ちにすっぱりと後腐れなく蹴りを付ける。

 そうだ、このまま振られたって多分僕はずるずると引きづってしまう。

 思い残しが無いように。消化不良が無いように。悔いが残らないように。僕のすべてを出し切らないといけない。

 会社のロビーに着く。受付にはもうすでに遥さんがいる。

 周りにはまだ人はいない。

 絶好のチャンスだ。

 遥さんと目が合う。そのまま受付までずんずんと進む。

 遥さんは驚いたように僕を見ている。

「和歌月さん、今日の夜、お時間を頂けませんか?」

 そう言うと遥さんは更に驚いたように目線を上げた。

 この時、初めて遥さんと視線が合った気がする。それが僕にはうれしくてたまらない。

「今日…… ですか?」

 遥さんは本当に面食らったかのような表情をしている。少しうろたえているようにすら僕には思える。

 ただ、そんな表情さえも僕には愛しく感じてしまう。

「はい、できれば、落ち着いて話ができる場所で。場所は…… まだ考えてもいないですが……」

 本当に勢いだけだ。今の僕にはそれしかない。前にしか進めない。

 余計なことを考えている余力もない。

「えっと、はい、いいですよ。場所も…… 私の方で探しておきます、ね。あっ、茜経由での連絡でいいですか?」

 少し困ったように遥さんが言ってくる。

 やっぱり迷惑だったか。少し困らせてしまったか。

 でも、一日くらい、僕が振られる一時くらい、あなたの時間を僕にください。

 後は、迷惑をかけないようにしますから。

「はい、かまいません。ありがとうございます」

「い、いえ……」

 僕は勢いよくお辞儀をして、その場から逃げるように立ち去る。


 もうこれで良かったんだろうか、なんて後悔はもうしない。

 後悔するのはすべて終わってからでいい。

 今は進むだけ進もう。

 すべて終わってから後悔すればいい。

 それよりも今日は絶対に残業できない。仕事を全て全力で終わらせる。

 全力で仕事に取り組む。


 僕は昼休みも返上して仕事を終わらせるために頑張っていた。

 遥さんは今日はここに来なかった。

 もしかしたら顔を合わせ難かったのかもしれない。

 お昼休みが終わりに近いころ、平坂さんが帰ってくる。

 なんとも言えない表情を浮かべて、たぶん呆れかえっていたんだと思う、そんな表情で僕を見ていた。

 平坂さんは席に着き、

「遥が七時に改札前で待っていてください、ですって」

 平坂さんは、少し不満げな表情で伝えてくれた。

「ありがとうございます」

 お礼だけはしっかりしないと。

「あの、田沼さん、遥はね……」

 平坂さんが何か言いかけたので、それを遮るように返事をする。

「大丈夫です。今日で全部、綺麗さっぱり終わらせますので」

 邪魔をして欲しくない。

 今日だけは。

 今日だけで良いから。

 明日からは普段の僕に戻りますので。今日だけは僕の好きにさせてください。

「ああ、うん。まあ、そのつもりなら…… いいですけど……」

 平坂さんは納得してない表情ながらもそう言ってくれた。

 この時、部長が何とも言えない顔で僕を見ていた気がしたけど、僕は仕事を終わらせることだけを優先した。

 周りになんて思われてもいい。


 約束の時間は七時。だけど遥さんを待たせるわけにはいかない。

 先に待機しておかないと。

 定時で仕事を終わらせて、挨拶をしてさっさと会社を後にする。

 最寄りの駅は一つだけだ。

 そこの改札の付近で立って待つ。

 たまに会社の人と目があい、軽く会釈だけして彼女を待つ。

 

 十九時の五分前、遥さんはやってくる。

 やっぱり私服姿も綺麗でお洒落だ。

 それを認識するだけで僕の心が、僕には不釣り合いだ、と、折れそうになる。

 けど、折れていい。勝手に折れてればいい。今日だけを耐えきれたらそれでいいんだ。折れながらだって進んでやる。

 心を強く持つ。振られるために強く、ただ強く。

 馬鹿らしいと思うかもしれないけど、必死に考えても、僕には全力で当たって砕ける、それしか足掻きようがなかった。

 必死に考えた結果が、想いを全て吐き出し、振ってもらう、それしか思いつかなかった。

 OKしてもらえる、と考えれない辺り、僕はやっぱりネガティブなのかもしれない。

 けど、僕にはそれしかできない。全力で振られる。それしかできない。

 だから、今日だけは全てを賭けて頑張るんだ。

 思い残しが一片たりともないように。悔いが残らぬように。以後、遥さんに迷惑をかけないように。




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