▼【第八話】 酒の力。

 失言だったかもしれない。けど言ってしまった。

 酒の力で気が大きくなっていたかもしれない。

 言った直後、顔が酷く熱くなるのを感じる。

 遥さんをみる。驚いた顔をしている。当たり前だ。ほぼ初対面の人間からそんなことを言われたのだから。

 しかも、冴えない僕からだ。

 遥さんもさぞ迷惑していることだろう。

「あー、えっと、ありがとうございます? で、いいんですか?」

 遥さんは笑いながら、そう言ってくれた。多分その笑いも愛想笑いだ。

 ただ呆れているだけかもしれないが。たとえそれが作り笑顔であっても、笑ってくれるなら僕はそれでいい。

「はい、それでいいです。僕はそれだけで満足です」

 そう言って僕は酒を一気に煽る。酒と共に羞恥心を飲み込む。

「ちょ、ちょっと田沼さん、飲みすぎですよ!」

 平坂さんが慌てて言ってくるが、この場に僕を呼んだのはあなただ。

「でも、平坂さんはわかってて誘ってくれたんですよね」

 酒の力か平坂さんにも強気に出れる。

 そうだ、今日は平坂さんが誘ってくれたんだ。この機会を作ってくれて感謝をしないといけない。

「い、いや、そこまでは…… 気がありそうなのはなんとなくですけど……」

 平坂さんは少し困った表情を浮かべている。

 ただ正直なところ、今は平坂さんを見ているより、遥さんを少しでも長く見て居たい。

 こんな機会は、こんな間近で遥さんを見れる機会はもうないかもしれないから。

「田沼さんって思ってたより、楽しい人ですね」

 そう言って遥さんはまた僕を見て笑ってくれた。

 ああ、なんて幸せなんだ。

 あなたが笑うだけで、僕は幸せを感じることができる。

「あ、ありがとうございます! でも、僕はそんな人間じゃないです。ただの詰まらない男です」

 そう言い切る。そうだ僕はただの冴えない男だ。

 あなたには似合わあない男だ。

「またそんなこと言って。結局、一目惚れでもしたんですか?」

 平坂さんが酒を一口飲んで落着きでもしたのか、そんなことを聞いてきた。

 言われたことを考える。

 一目惚れなのか。と言われると違う気がする。

 確かに急に好きになったが、一目惚れと言われるとなんか違う気がする。

「それがよくわからないんです」

 正直に答える。僕自身、その答えを出せていない。

「え?」

 さすがに二人が戸惑いの声を上げる。それはそうだと思う。僕だって戸惑っているんだから。

「気が付いたら、気になって仕方なくて、たぶん、好きになってしまっていたんです。すいません」

 そう言って僕は深々と頭を下げた。

 さすがに幻聴を聞いた、なんてことは言えない。

 既に頭のおかしい男と思われてるかもしれないから。

「謝らないでください」

 と、遥さんが優しく声をかけてくれる。

「でも、和歌月さんも僕なんかに好きになられて、迷惑でしょう。ごめんなさい、なるべく関わらず迷惑はかけないようにしますので」

 これが僕にできる精いっぱいの誠意だ。

 遥さんの人生に僕は一片も関わらなくていい。そのほうがお互いのためだ。ちゃんとわかっている。住み分けは大事だ。

「田沼さんは、少しネガティブ過ぎません?」

 苛立ったように平坂さんが言ってくる。そうなのか、僕はネガティブなのか? ただ事実に基づいて行動しているだけなのに。

「ええっと、どうしたらいいかな? 茜?」

 困ったように遥さんは平坂さんに助けを求める。

「さっさとふって、それで終わりにすればいじゃない。今日は元々…… あっ」

 平坂さんが、つい言ってしまったという顔を見せる。

「もしかして、そのために今日、無理にでも僕を誘ったんですか?」

 そう言って僕は平坂さんを見る。

 平坂さんは顔を真っ赤にさせて少し考えてから、僕の問いに答えた。

「いや、部長に息子さんの件で相談されてたのも本当だし、そのついで…… って、言ったら悪いけど、まあ、その…… そうです……」

 と、目線を合わせずに平坂さんはバツの悪そうにそう言った。

 そうか、はやり平坂さんは良い人だ。

「ありがとうございます」

「なんで、そこで感謝するんですか」

 と、驚いたように平坂さんが言う。

 だって、僕からしたら感謝しかない。

 遥さんに会わせてくれて、更にこの気持ちに蹴りを付けてくれるのだから。

「僕も、この気持ちを持て余していたんです。どうしても自分ではどうしょうもなくて、いい歳なのに、本当に情けない。この気持ちに区切りをつけれるなら、助かります」

 振られたら、この気持ちに蹴りがつくんだろうか。

 それも僕もわからない。

 けど、今のまま気持ちの整理がつけようがないままではどうにもできない。

「えっと、ふられる前程なんですか?」

 今度は僕が驚く。何を言っているんだ。この人は。

「遥、何言ってるのよ」

「だって私、今、フリーですよ」

 そう言って遥さんは僕に微笑んだ。

 その瞬間、僕に光が立ち込め、世界が開かれる、そんな気さえした。

「え? そ、そうなんですか! いや、それでも僕という選択肢はないですよ、これでもわきまえてます、大丈夫です」

 そう言いつつも自分の口角が上がっていってしまってるのがわかる。気持ち悪い。でも正直どうしょうもなく嬉しい。そう感じてしまう。

 でも、僕と遥さんが付きあえるだなんてことあるわけないのに。何を期待しているんだ。

 それでも、ただ遥さんに相手がいない、それが分かっただけでも、それが、どうしょうもなく嬉しいと感じてしまう。

「えっと、とりあえずこの件は…… 考える時間をください。答えは必ず出しますから」

 遥さんはまっすぐに僕を見てそう言ってくれた。

「はい」

 とだけ返事をした。この後のことはよく覚えていない。

 楽しかったと思うんだけど。少し飲み過ぎたから。




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