▼【第九話】 閑話、土曜日の女子会。
「遥、ごめんね、昨日は変なことになっちゃって」
昨日、無理に遥を事務の飲み会に誘ったことを謝る。
とは言え、当初の目的は、それとなく田沼を遥に振ってもらうことだったんだけど。
まさか遥が保留って答えを出すとは思いもしなかった。
「ううん、楽しかったよ」
そう言って遥は艶やかに笑う。
遥は本当にかわっちゃったな。それもこれもあいつらのせいなんだけど。
まあ、本人がいいって言ってるから、私がどうこう言うことじゃないんだけどさ。
それより今は、田沼のことをはっきりさせておかないと。
「そんなこと言ってどうするのよ、田沼さん。ああいう人は気持ちを持たせちゃったら大変なことになるわよ」
そうそう、暴走して殺傷事件とかになったら嫌だよ、私。
どっちも失ったら困るのよ。
「そう? そういう人には見えなかったけど」
と、遥は少し遠い目でそんなこと言ってるけど、あなた、そもそも田沼の奴をまともに見てないじゃない。
目線すら合わせてない。
遥の目線はずっとネクタイを見て話ていただけだし。まあ、気持ちはわからなくないけど。
以前は遥もイケメン好きだったしね。哀れ田沼。
しかし、よくそんなこと言えるなぁ。本当に変わっちゃったよね、遥。
「ま、まあ、まじめで誠実だけが取り柄のような人だけどね、あと仕事が早い」
そう、仕事が早い。今の事務の仕事、半分以上は田沼さん一人でやってくれてるのよね。
私が残業しないで済むの、あの人のおかげだし。体調崩されたり不安定になられると、私も部長も困るのよ。
そもそも、あの事務も部長のわがままで作った部署の割には仕事量も多いのよね。
「そういう人なんだ?」
そう言って遥はクスクスと小さく笑った。
少しは興味あるって感じなのかな? それとも男なら誰でもいいとか?
「まさか本気? それにあなた……」
言いかけて私はやめる。この子があんなことしてるだなんて、あんまり口にしたくない。
付き合いは長いんだけど、三年くらい前から本当に変わっちゃったんだよね、遥。
その原因も知ってるけど、それを田沼の奴が知ったらどうなるか、考えたくもない。
「でも、フリーって言うのは嘘じゃないでしょう?」
そうなのかな? まあ、そうなのかも。
ただあの場でフリーって言えちゃう今の遥は正直怖い。
「はぁ、遥、ほんと変わったわよね。昔の遥なら、まあ、ギリギリ、本当にギリギリだけど、ありだったのかもしれないけど、今の遥は絶対無理だよ。あの人、本当の遥のこと知ったら泡拭いて倒れちゃうよ」
まだ純朴だったころの昔の遥なら、たしかに性格の相性だけは良かったのかもしれない。一回り歳離れて同じ干支だけど。
いや、無理か? 遥、イケメン好きだったしな。田沼にゃワンチャンもなさそう。
んー、でもやっぱり、イケメン好きと一回り上ってことに目を瞑れば、性格の相性は良かったんだろうな、とは私は思う。
けど、今の遥は田沼の奴には絶対無理だよ。下手したら田沼、発狂して刺殺事件に発展しちゃうよ。
「やっぱり私、変わったのかな?」
「そうよ、昨日だって遅れたの…… だったんでしょう?」
そう言って、私はなんだかいたたまれなくなってお酒を飲む。
昨日も今日も連日お酒を飲むことになるとは思わなかった。
私、あんまりお酒は好きじゃないんだけどなぁ。
「うん、そう、急に呼び出されちゃった」
よくそんな笑顔で言えるもんだ。
人は変われば変わっちゃうもんなのね。
「あなた、そのままでいいの?」
そう聞くと遥は少し俯いて悲しそうな表情を浮かべる。
「良くないって言うのはわかってるけど、昔から流されやすいからね」
けど、遥の奴、反省はしてなさそうだ。
ちゃんと悪いと知っていて、悪いことをしている。そんな表情をしている。これは更生の見込みはなさそうだ。
「そーねー、って、だから田沼さんのことも?」
流されやすいから、田沼みたいな人でもOKってことなのかしら?
貞操観念も壊れちゃったのかしらね? この子。
「どうだろう、わからない。でも答え出さないとダメだよね。あの人、酔ってはいたけど真剣だったし」
そう言って遥は悩むような表情を見せる。
自分のことはともかく、人のことに関してだけは相変わらず真面目なのね。
その点だけはまだ安心できる。自分に対しては、もう諦めて自暴自棄になっちゃってるのかしら?
「そうよ、さっさと振っちゃってやってよ。うちの部署。あの人がいないと仕事、回らないのよ」
そう、田沼の奴に居なくなられると、仕事が回らない。
部長は絶対定時に上がるだろうし、その分の仕事、全部私に回ってくるのよ。私にはあんな量の仕事はさばけないのよ。
その点では田沼の奴、いや、田沼様のことは尊敬しています。
「ああ、随分気にかけてると思ったら、そういうことなの?」
少し驚いたように遥は私を覗き込んで来た。
「そそ、あの人のおかげで私は残業しなくてすんでるの。まあ、それだけじゃないんだけど、まだ確証ではないし」
でも、余りにも条件が似通ってるのよね。
そんなことってあるのかしらね?
「ふーん、茜のほうはどうなの?」
「私? 私は、まあ、進展ないよ。これ以上進展っていったら結婚するだけだし」
とは言ったものの、むこうの親とまだ揉めているのよね。
姉さん女房の何が悪い。たかが四歳上だからってあんなに反対するんじゃねーよ!
「今の彼と随分長いよね? もう六年くらい?」
「まぁねぇ、もう長いことやってるから」
かれこれ、もう六、七年にはなるか。今の彼氏と出会った時、あいつまだ大学生だったし。私も社会人に慣れ始めた頃だったし。
「ゲームで知り合ったんだっけ?」
今日は、遥かにしては珍しく私のことを聞いてくるな。
普段、他人の事情には全く興味なんてもたないのに。
「そうだよ」
「何てゲーム?」
そのタイトルを言うのも若干、恥ずかしいゲームなのよね。
「うーん、もうそろそろサービス終了するかもしれないゲームだからなぁ、それに遥に名前なんて言ってもわからないよ」
特にゲームのゲの字も知らない遥には言っても分からないようなマイナーなゲームだよ。
「そうなんだ、残念、私もやってみたかったな」
「あら、以外。遥がゲームに興味持つだなんて」
遥なんてスマホのパズルゲームすらしない子だよ。それを考えると、やっぱ田沼と合うはずがないか。
もし予想が当たっているなら、休みの日はずっとログインしているような奴だし。
「ほら、私、趣味ないからね。何か一つくらいあってもいいかなって。そうすれば、また変われるかもしれないし」
これは一応は、今のまんまじゃダメって自覚しているってこと?
遥を更生させるのに、田沼の奴を……
無理だ、田沼じゃ無理だ。田沼じゃ力不足だ。二人ともダメになる未来しか見えない。
結末は絶対刺殺事件だよ。
「次変わる時は、いいほうになりなさいよ」
そのきっかけを与えられる人が遥と出会えればいいけど。難しんだろうな。でも遥は受付嬢だから出会いも多いのかしらね?
私みたいに閉じた環境ではないんだし。
「なら、田沼さんと付き合えば良いほうへ変われるかな? って。真面目なんでしょう?」
あれ? なんだかんだで遥、田沼の奴のこと気にしているの?
いや、でもないか、昨日だって、多分一度も目を見て話してなかったもんね。かわいそうね、田沼の奴。
遥はね、変わってしまって、今はこんなんなんだよ。
「好きでもないのに?」
「それは、もう慣れちゃったから」
そう言って遥は少しか顔を伏せた。
さすがにそんな言葉を堂々とは言えないのか。
「あぁー 爛れてるわ」
ほんと、変わっちゃったよね。まあ、今の遥も昔の遥も私は嫌いじゃないけどね。
ただ、今の遥は色んな意味で危ういというか。いつ破滅してもおかしくないし。
「やっぱりダメだよね、今のままじゃ」
そうそう、もう私達も三十路超えちゃったんだから。
今のままで良いわけないのよ。でもね。
「だからって、田沼さんと付き合うのはやめてあげなよ、流石に合わないわよ。それに今の遥は田沼さんには重すぎるよ」
「そう…… かな?」
遥の奴、妙にアンニュイな表情を見せて……
あれ、これは実は脈ありなのかな? わ、わからない。
それとも田沼を利用して、自分を変えようとしてるのかな?
まあ、それならそれでいいけど。
でも、きっとあんまり良い結末にはならない気がするけどなぁ、二人とも。
「ああいう人はさ、あれよ、あれ、処女じゃないとダメなのよ」
だよね、そんな顔してるもの。女に絶対幻想を抱いてるよ。
「じゃあ、私は無理だね」
「それにきっと付き合ってもつまんないよ、田沼さん」
「それは…… そうかもね」
そう言って遥も笑った。
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