▼【第七話】 飲み会。

「え? 今日…… ですか? どうして急に? 僕なんかを無理に誘わないでいいですよ?」

 急に平坂さんに飲み会に誘われた。

 とはいえ、この事務部での飲み会だけれども。確かに今日は金曜だからそういうこともあるだろうけど、僕を誘っても場を盛り下げるだけなのに。

「話は前々からあったんですけどね、田沼さんも来ませんか? 今日は仕事の方も大丈夫でしょう?」

 珍しく平坂さんがぐいぐい来る。もしかしたら部長に僕を誘うように言われたのかもしれない。

 この二人は仲が良いらしくて、たまに飲みに行くことがあるようだ。

「え、ええ、今日はそれほどでもないので」

 確かに、昨日頑張ったので今日の仕事はそれほど溜まっていない。

 けど、金曜日だ。理由はないけどなんとなく早く帰りたくなる。そんな曜日だ。

「あー、今日は和歌月も来ますよ?」

 平坂さんが急にそんなことを言った。なぜか胸が高鳴った。

「和歌月? 誰ですか?」

 そう聞き返しながらも僕は、もう予想がついていた。

「私の同期ですよ。知りませんか? たまにここにも来てますよ、昨日もお昼に会いましたよね?」

 平坂さんがそう言うと、僕の頭はわかっていたのにもかかわらず、いっぱいいっぱいになる。

「え? あっ、え……」

 そう戸惑いながらも顔がにやけているのが自分でもわかる。急いで口元を手で隠す。

 自分の事ながらに気持ち悪い。

「あー、じゃあ、参加ですね」

 少しにやける様に平坂さんは僕の顔を見てそう言った。

「は、はい……」

 としか答えようがない。

 平坂さんには、もうばれてしまっているのかもしれない。なぜだろうか。


 けど、和歌月っていう苗字なのか。和歌月遥。名前まで綺麗だ。


「遥、少し遅れるそうですよ、もう始めましょうか」

 平坂さんが少し難しい顔をしながら、スマホを確認してそんなこと言う。

「そうね、私は八時には上がるからね」

 部長がそう宣言する。部長には家庭があるから。

 部長の旦那さんは何やってる人だっけ? まあ、どうでもいい。

 適当に注文をした後、部長と平坂さんが話し始める。僕はその様子をおとなしく聞いている。邪魔したら悪いから。

「はいはい、息子さん反抗期なんですっけ?」

「そーなのよ、もうどうしていいか。中学生になったら急にね」

 部長の息子さんももう中学生なのか。早いものだ。

 あれ、待ってくれ、この間生まれて、部長が産休してた気が…… そんなにも時間がたったのか。

 あの時は部長もまだ部長じゃなかったけど。

「どんな感じなんですか?」

「どんな感じも何も、何にでも反発して、もうほんとどうしていいか、田沼さん、あなたにも反抗期あったの?」

 ちびちびとお酒を飲んでいると急に話を振られる。

「僕…… ですか? 僕はあったような、なかったような? でも、反抗期らしい反抗期はなかったですね。昔からこんなんですし」

 そうだ。僕は昔からこんな感じだ。

 何事にも覇気がない。反抗期らしい反抗期もなかった。

「そうなの? じゃあ親御さんは楽だったでしょうね」

 部長は少し遠い目をしつつも、感心したような表情をしてくれているが、どうなのだろうか。

 両親は二人とももういないので、そんなことを聞くこともできない。

「どうでしょうか?」

 そう言って愛想笑いを浮かべる。

「まあ、田沼さんは手間はかからなそうですよね」

 そんなくだらない話を続けて居酒屋で酒を飲んでいく。


 多分、僕は手持ち無沙汰から、お酒を飲みすぎて結構酔っていたんだと思う。

 そんな時だ。遥さんが来たのは。

「ごめん、茜。遅れちゃいました。佐藤部長もお久しぶりです」

「遥、待ってたよ!」

 平坂さんがそう言って遥さんに手を振る。

 遥さんも平坂さんに手を振り返す。なんだかその様子もとても愛らしく思えてしまう。

 私服姿も綺麗でお洒落だ。やっぱり僕とは住む世界が違う。自然とそう感じてしまう。

「お疲れ様です、和歌月さん。あー、でも私はもう時間だわ、ここにちょっと多めに置いていくからみんな楽しんでね。田沼さんも飲みすぎないようにね」

「はい、部長…… ありがとうございます」

 そう言って部長が席を立って出ていく。その開いた席に遥さんが座る。ちょうど僕の目の前だ。

 それだけで、ドキドキする。

 今はお酒を飲んで顔はもう赤い。顔が赤くなってもばれやしない。それだけは安心だ。

「田沼さん、両手に花ですね」

 平坂さんが、ふざけてかそんなことを言う。そして遥さんが笑う。

「花…… そうですね、花は綺麗です!」

 その笑顔に舞い上がって僕はそんなことを口にする。

「あら、田沼さん、やっぱり酔ってます?」

 少し驚いたように、平坂さんがそんなことを言った。

「そうかも…… しれません……」

 僕がそう答えると、平坂さんは少し意地悪そうな表情を浮かべた。

「今日、田沼さんは遥が来るからこの飲み会にもきたんだよ」

 先ほどの発言では、からかいがいなかったのか、平坂さんはそんなことまで言う。

 いや、その通りなんだけど、僕は慌ててしまう。

「な、なに言ってるんですか……」

「えー、違います?」

 と、平坂さんがそんなことを上目使いで言ってくる。

 僕は自然と伏し目がちの遥さんと目が合う。

 その瞬間、僕はこの人には嘘を付けない、そんなことを思ってしまう。

 だから、僕は正直に言ってしまう。酔っていた、からかもしれないけど。

「ち、違いません。僕は、た、たぶん、和歌月さんに恋をしてしまったんだと思います」

 やっぱり、酔っぱらっていたからだろう、心の中で秘めていたことを口にしてしまう。

 もしかしたら、ちっぽけな僕からあふれ出てしまったのかもしれない。

 その言葉に、遥さんも、平坂さんも目を丸くして驚いていた。

 僕は何をやっているんだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る