100時間カレー
なんでこうなったのか。未だに納得出来ない。先日、からくも逃げ出したサイコバニー先輩がまた目の前にいる。未だに痛む傷跡に意識がいく。
「良いもん食べてるな。」
テーブルの対面に座ったサイコバニー先輩の目が怖い。ここはカレー屋。俺の唯一の楽しみと言っても過言ではない、月に数度の1人夕食にサイコバニー先輩が割り込んで来た。
相変わらずよく動くウサミミのカチューシャに、頬に掘られたハートマークのタトゥーが恐怖を増幅させる。
「先輩。おしぼりあげますから静かにしてくれませんか。」
「根暗だな、てめぇは。少しは食事の会話を楽しめよ。」
おしぼりをむさぼり食う奇行を目の前にして楽しめる訳が無かった。ボコボコにされた記憶が蘇り喉が渇く。お冷に手を伸ばしゴクゴクと飲み干す。頼んだカレーはまだこない。
両手をテーブルの上に置いて無言を貫く。ハンズアップのサインだ。この先輩に通じるかはわからないが、少しでも危害を加えるつもりはない事をアピールしたかった。
店内のBGMが垂れ流されている。他の客の談笑が耳に入る。「この後は、ランドワンでも行く?」「買いたいゲームがあるんだよね。」と言った他愛のないものだ。しかし、こんな会話を目の前のサイコバニー先輩に出来るわけが無かった。ただでさえコミュ障の男子が、目が血走ったウサミミカチューシャのハートマークのタトゥーをした学内最凶の先輩と世間話をしろなどハードルが高過ぎる。
時間の経過が遅い。サイコバニー先輩が現れてから1分も経っていなかった。
「おい。」
「はひっ。」
声が上滑りおかしな言葉になった。思えば短い人生だった。父さん母さん、ここで命果てる事をお許し下さい。全てサイコバニー先輩が悪いんです。
「そんな怯えんなよ。少し話がある。」
「あの……助けてもらえるのですか。」
「だから、それを辞めろと言ってんだろ。」
あぁ、タバコが吸いたい。舌が疼く。今すぐこの場を逃げ出して喫煙所へと駆け出したい。
「それで、ご要件というのは、何でしょうか。先輩。」
「まぁいいか。アレだ。おしぼりを毎日私に献上しろ。光栄だろ?」
「はぁ?嫌です。」
ドスン!とテーブルが叩かれる音がした。俺の左手にフォークが刺さっていた。
奥歯を噛み締める。こいつはやっぱり殺すしかない。
「てめぇの意見は聞いてねぇよ。明日からもおしぼり寄越せ。これは命令だ。」
「おしぼりを渡せばこういう事をしないと、そういう話ですか。」
「まぁそうよ。それに左手にしてあげただろ。これならカレーは食べれる。」
俺はサイコバニー先輩と睨み合う。それに割って入る店員がカレーを持って来た。
「お待たせしました。スパイシーカレー大盛りです。ご注文はお間違えないですか?」
「大丈夫です……」
店員は逃げるように去っていった。サイコバニー先輩は俺のおしぼりを奪うと口に放り込みこの場を立ち去る。ルーポットに入ったカレーと大盛りのライスが目の前に残った。
俺はフォークを引き抜き立ち上がる。右手で伝票を握り左手はポケットに突っ込んだ。流石にカレーを食べれるような気分では無かった。
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