サイコバニー先輩との秘密のデート

あきかん

おしぼり

 鍵が壊された屋上は日が当たり風が吹いていて気持ちよかった。屋上が空いているのは学校の公然の秘密であったが、誰も寄り付くことはない。鍵を壊した張本人を除いて。

 俺が屋上ヘ出向いたのはその張本人に呼ばれたからだ。通称、サイコバニー先輩。1人静かに過ごしたい、という理由から屋上の鍵を壊したこの先輩の思考回路はサイコパスと呼ぶしかない。

 まぁまぁ社会不適合者の自分は知らぬうちにサイコバニー先輩の機嫌を損ねていたのだろう。屋上を見渡しても呼び出した本人はいない。僕は内ポケットからタバコを取り出して火をつけた。

 紫煙が空に溶ける。あぁこれでサイコバニー先輩が来なければ最高だな、と羊雲が走る空を眺めながら耽っていた。


「ケムいんだよ!」


 突然、タバコを取り上げられて首に押し付けられた。ジュという効果音が聞こえたみたいに首がタバコで焼かれているのがわかった。

 歯を噛み締めて痛みに耐える。こいつは殺すしかない。相手はすぐ右に立っている。左の親指を目に突っ込む。そう覚悟を決めて振り向こうとしたが、肩を押さえられてしまい動きを制された。自分より格上の相手に対して不意をつけなかった。後は煮るなり焼くなりされるのだろう。仕方ない。

 足下に転がるケシモクを見つめる。コロコロと風に吹かれて転がっていく。


「てめぇが下空か。先輩を待っている間にタバコとはなかなかの度胸だな。」

「そういう貴方はサイコバニー先輩ですか?」

「サイコバニーって言うな。姫と呼びな。」

「嫌です。」


 チッ!と自分の舌打ちが屋上に響く。肩にシャーペンを刺された。クソ痛え。良くもまぁ制服の上から上手く刺せるもんだ。


「先輩の言う事は素直に聞け。」

「嫌です。」

「一本じゃ足りねえみたいだな。」

「先輩は文房具の使い方知ってます?」


 パチン!と音がした。耳にホチキスが刺さる。


「次はそのよく回る口を閉じるか?」

「やめて下さい。お願いします。」


 いつか殺す。決意新たにサイコバニー先輩に向かい合う。ウサミミのカチューシャがピコピコ動いていた。理解出来ない。


「呼び出したのは他でもない。お前は良いおしぼりを持っているらしいな。寄越しな。」

「はぁ????」


 パチン!とまたホチキスが刺さる。今度は頬だ。こいつは……。

 しかし、意味がわからん。確かにおしぼりはある。弁当箱と一緒に入っているおしぼりがサイコバニー先輩の目当てなのか?何故?わからない。


「おしぼり出すのか、出さねえのか。どっちだ?」


 サイコバニー先輩の目は本気だった。しかし、手元にはない。教室のカバンの中だ。先輩に呼び出されて呑気に弁当を持ち歩く奴が何処にいるのか。これで死ぬのか、俺は。こんな下らない事で。


「ここには無いですよ。教室に戻らないと。」


 刺された右手を僅かに握る。十分動く。刺されたシャーペンは制服に引っかかっているだけで、肉を少し傷つけただけだった。これなら行ける。


「なら、すぐ取り行けよ。ダッシュ。」


 左手で握っていたタバコの箱を落とす。サイコバニー先輩に見えるように。

 先輩がそれを目で追った。俺はその目に向けてライターの頭を向ける。カチッと音が鳴って先輩の目を焼く予定だった。

 しかし、音は鳴らなかった。右手が先輩の手に握られていた。そして、顔面に先輩の拳がめり込む。

 クソッ。しくじった。殺される。胸ぐらを掴まれて無理矢理起こされた。


「まだ、やるか?」

「勘弁してくださいよ。」


 本当に何なんだ、この先輩は。


「なら、大人しくおしぼりを差し出せ。」

「わかりました。わかりましたから。」


 俺と先輩は2人で教室へ戻り、俺は素直におしぼりを差し出した。


 ヒャッハー!!


 と、先輩が叫んだかと思った。それほど錯乱したサイコバニー先輩は目の前でおしぼりをむしゃぼり食べていた。

 もう絶対に関わらない。俺はその隙に学校から逃げ出した。恥ずかしながら、学校から出るまで3回転んだ。凄く惨めだった。

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