Phase 08

 保護者説明会の当日、星蘭中学校は生徒をも重い空気が包んでいた。そんな中で、私は放課後にたまたま下校しようとしていた山下栞里を見かけた。山下栞里は、何かを言いたそうな顔をして私を見ていた。

「すみません、先日お会いした刑事さんですよね?」

「いや、私は刑事じゃなくて飽くまでも少年課の職員です。それより、山下栞里さんで合っていますよね? 態々わざわざ私に何の用でしょうか?」

「あのいじめ問題について、少年課の職員さんに話したい事がありまして……」

「私に?」

「はい。私があのいじめの当事者なのは紛れもない事実ですし、そのいじめの所為で鈴花さんが命を落とす羽目になったのも正直申し訳ないと思っています。しかし、あの自慰動画を証拠隠滅として削除したのは。私のお父さんが旭川市教育委員会の教育委員長なので、言いつけるべく削除したく無かったんですけど、お父さんに言われて削除せざるを得ませんでした」

「矢っ張り、そうだったのね。グループチャットからあの動画が削除されていたから何かが怪しいと思っていたのよ」


 グループチャットを見ていて「違和感」に気付いたのは、昨日の夜だった。前日まであったはずの自慰動画が、削除されていたのだ。恐らく何者かが削除したものだろうと思っていたけれども、今更ネット上に拡散されているのに削除して何の得があるのだろうか。私はそう思いながら、プライベートのスマホでアップロードされていた「どさんこ裏チャンネル」の続報を見ていた。

「どさんこ裏チャンネル! どうも北の大地の暴露系YouTuberの新庄英樹しんじょうひできです! 北海道のみならず全国を騒がせているS中学校のいじめ問題について、続報が入ってきました。どうも、明日の夜にS中学校で一連のいじめ問題に関する保護者説明会が行われるらしいです。僕が独自に入手した情報によると、第三者委員会のメンバーは旭川市教育委員会の教育委員長の友人であり、S中学校に派遣させられていたスクールカウンセラーも教育委員長の友人の娘ということです。こんな第三者委員会、全然意味がありませんねー! 寧ろ僕が第三者委員会のメンバーになるべきなのではないのでしょうか?」

 そうだったのか。教育委員会と第三者委員会はグルだったのか。そして証拠隠滅を図るために学校を巻き込んで巨大な陰謀を張り巡らせていたのか。こんな事、尚更赦されるはずがない。私は、思わずどさん子裏チャンネルに匿名のスパチャを送った。このスパチャは飽くまでも自腹による情報提供料であり、当然経費では落ちない。けれども、私がこのいじめ問題を暴くためなら使えるモノは何でも使いたかった。仮令それが不確かな情報だとしても、今の私にはとても重要な情報だった。

「おっ、匿名のスパチャが入ってきました。なになに? 『私はこのいじめ問題を独自に追っている者です。情報提供ありがとうございました。明日、保護者会に来てくれますでしょうか? 詳しい話はそこで行いたいと思っています』この感じは同業者ではないですねー! もしかしたら、探偵か警察かもしれません! 是非とも会いたいですッ!」

 新庄英樹と名乗るYouTuberは、嬉しそうにで私のスパチャを受け取っていた。どうやら、私は新庄英樹から同業者と思われていたらしい。とてもじゃないけど北海道警察の少年課の職員とは言い出せなかったのだ。もしかしたら、このいじめ問題を追っていた所為で懲戒免職処分を受けるかもしれなかったから。しかし、私の正義は「北海道警察の職員」ではなく「小越瑛美子」という一人の女性としての正義だった。この正義は、自分の部署を追い詰めることになるかもしれない。けれども、今はそれでいいと思っていた。やがて、夜が更けていく。私は、ホテルのベッドで眠りにつく。夢を見ようにも、夢を見るような状況では無かった。そして、6時30分ちょうどにスマホのアラームで目を覚ました。その後のことは、よく覚えていない。


「他にも少年課の職員さんに話したいことがあって、こちらに来ました。体育館は保護者説明会の準備で慌ただしいので場所を変えましょう。私は吹奏楽部なので、音楽室が良いでしょうか。部活は自粛中なので誰も居ないでしょうし」

「そうね。あなたから情報を提供してもらえると嬉しいわ」

「じゃあ、音楽室に行きましょう」

 こうして、私は音楽室に案内された。自分もこう見えて中学生と高校生の時は吹奏楽部だったので、少し懐かしい気分に浸りたかった。けれども、今はそんな状況ではない。少しでも、山下栞里から聞き出せる事は聞き出さないと。

「じゃあ、あの動画を教育委員会に提出するつもりだったの?」

「はい。私が鈴花ちゃんをいじめていたのは飽くまでも孝彦くんからの命令であって、私はいじめる気なんて無かったんです。でも、クラスに蔓延はびこっている同調圧力に屈して、私も気付いたら鈴花ちゃんをいじめていたんです。例えば、トイレ掃除で鈴花ちゃんと一緒になった時にトイレの水を鈴花ちゃんにかけたり、便器に顔を突っ込ませようとしたりしていました。それは自分の中で無意識的に芽生えていた『自己エゴ』がそうさせたのでしょう」

「他に、鈴花ちゃんをいじめていた生徒はいたの?」

「2年B組のうちの半数近くが鈴花ちゃんをいじめていましたね。グループチャットのログを見ていたらご存知でしょうが、『死ね』とか『殺す』とか書いていた生徒の大半は、鈴花ちゃんとは直接的な面識のない生徒でした。もちろん、私は小中学校で鈴花ちゃんと面識があったし、安田千聖という生徒と親友だったのは紛れもない事実です」

「あの、チャットログに書いてあった『チサト』という生徒ですよね?」

「はい。話が早いと助かります。しかし、鈴花ちゃんがのはご存知でしょうか?」

「もしかして、あの川に飛び込んだ動画のことですか?」

 私がその動画を見たのは、グループチャットではなく「どさんこ裏チャンネル」の提供動画だった。暴露系YouTuberなので大袈裟おおげさに紹介していたけれども、紛れもなく川に飛び込んでいたのは鈴花ちゃんだった。しかし、あの鈴花ちゃんが追い詰められて川に飛び込むなんてあり得ない。もしかしたら、誰が背中から突き落としたかもしれないと思っていた。しかし、それが親友による犯行であることは考えたくないし、考えたとしても悲しい結果しか待っていなかった。

「安田千聖さんって、どんな子だったんですか?」

「なんというか、鈴花ちゃんとは正反対の性格をしていて、とても明るい子でした。誰とも親友になれるような、そんな感じでした」

「なるほど。しかし、そんな千聖さんが鈴花ちゃんを川に突き落とすなんて、何かあったのでしょうか」

「いじめを受けている中で最後まで鈴花ちゃんを庇っていたのは紛れもない事実なんですけど、矢張り鈴花ちゃんと千聖さんの間に溝が出来ていたのでしょう。そのスマホ、見せてもらえませんか?」

「分かりました」

 私は、鈴花ちゃんが遺したスマホを山下栞里に見せる。もちろん、余計な操作はしないように釘を刺した上で渡した。

「この手は、紛れもなく千聖さんの手ですね」

「そうですか……」

「そう言えば、鈴花ちゃんが亡くなる前日に千聖さんと言い争いをしていたのは教室で見ていました」

「言い争い?」

「その日は鈴花ちゃんが久々に登校していたんですけど、なんだかノートを巡って揉めていたのを見ていました」

「ノート?」

「千聖さんは、鈴花ちゃんが不登校の間に勉強ノートを届けていたんですよ」

「なるほど。ノートには何か書いてあったんですか?」

「私が内容を精査した上で千聖さんが鈴花ちゃんに届けていたので内容は見ていたんですけど、誰かが『死ね』とノートに落書きしていました」

「それは本当なの?」

「はい。誰が書いたのかまでは私でも分からないんですけど……」

「つまり、誰かが落書きをしたと」

「流石刑事さん、鋭いですね」

「いや、私は刑事さんじゃないんだけどな。それはともかく、もし時間があるんだったら保護者説明会に一緒に来てもらえないかな? 子供じゃないと分からないこともあるだろうし」

「いいですよ。私も正直この学校に対して不満を抱いていたし」

 こうして、山下栞里は秘密裏に保護者説明会に出席することになった。一応、彼女には音楽室で待機してもらうようにして、私はそのまま体育館へと向かった。そして、保護者説明会が始まる。紛糾ふんきゅうする保護者説明会の中で、私が挙手をする。そして、教育委員会と第三者委員会に対して質問を投げかけた。


「旭川市教育委員会の教育委員長、山下尊さん。あなたの娘さんはこの学校の生徒ですね。名前は山下栞里さんと言うそうです」

「私が山下尊だ。娘の名前が山下栞里というのも事実だ。しかし、私に対してどんな質問があるのかね?」

「尊さん。あなたは自分の利害関係のためにそうですね」

 私が山下尊に対して放った言葉で、紛糾していた保護者説明会は更に罵声と怒号が響き渡るようになった。それは教育委員会への罵倒であり、怒号でもあった。私は、その中で更に質問を続ける。

「それと、もう一つ質問です」

「質問は一人につき一つまでだッ!」

「いや、そういうのが?」

「くっ……」

「それはともかく、第三者委員会は教育委員長の昔からの友人で構成されていて、スクールカウンセラーも教育委員長の友人の娘さんらしいですね? 言い逃れは出来ませんよ?」

「わ、私はただ単にこのいじめ問題以前から派遣されていたスクールカウンセラーです! 今回のいじめ問題とは無関係じゃないですかッ!」

「いや、あなたは鈴花さん以外にもいじめ問題を隠蔽いんぺいしていたそうじゃないですか?」

「な、何だと!? それはスクールカウンセラー失格じゃないかッ!」

「そうだそうだ!」

 相変わらず怒号が響き渡る中で、私はスクールカウンセラーに真実を伝える。

「初音杏奈さん、あなたがこの学校のスクールカウンセラーですね」

「はい。そうですけど。部外者のあなたには関係ない話じゃないですか」

「いいえ、関係あります。初音杏奈さんの父親は、山下尊さんの親友だそうですね。そして、綾瀬鈴花さんが命を落とすきっかけを作ったいじめ問題の前にも、1年A組の生徒を不登校に追い込んでいるそうですね。これは旭川市東警察署が独自に集めたいじめ問題の資料です。ここでは仮名としてA子さんとしましょうか。彼女は入学当初から発達障害を理由にクラスでいじめを受けていたそうですね。しかし、あなたがこれを隠蔽。結果としてA子さんは不登校になってしまいました。他にも、部活でのいじめに対する相談もありましたが、あなたはそれを拒絶。結果としてその部員は退部せざるを得なくなりました」

「ふ、巫山戯ないで下さいッ! 私はだけです。文句を言うなら私の父親に言って下さいッ!」

「ああ、あなたの化けの皮が剥がれましたね。もしかして、あなたも学生時代にいじめの当事者だったんじゃないですか?」

「そ、そうよ! 私もまた、他の生徒にいじめを強要していたわ。気に入らない子がいたからね。私の時代はスマホじゃなくてガラケーで、『学校裏サイト』という存在が今で言うところのグループチャットみたいなモノだったの。そして、私はその『学校裏サイト』の運営者だった。そして気に入らない子をいじめていたわ」

「よくそんなことでスクールカウンセラーが務まるなッ!」

「そうよ! いじめっ子がスクールカウンセラーなんて、あり得ないわ!」

 ますます混沌を極める保護者説明会の中で、体育館の扉が開く。

「だ、誰だッ! 部外者の立ち入りは禁じているはずだぞッ!」

「いいえ、私は部外者じゃないわ。私は旭川市教育委員会の教育委員会である山下尊の娘、山下栞里です。今日はあなた達に真実を説明しようと思ってここに来ました」

「し、栞里。ここには来るなと言っただろう!」

「いや、それを言うならそこの女性に言って下さい。私はそこの女性、即ち北海道警察署生活安全部少年課の職員である小越瑛美子さんと、ある『取引』をしました」

「け、警察風情ふぜいに何が分かるんだッ!」

「私は小越さんから全てを聞きました。そして、私が知っていることを小越さんに話しました。では、一から説明しましょうか」

「そうね、栞里さん。あなたの言う通りよ」


 ――こうして、私は巨悪に対して、一人の生徒と共に立ち向かうことにした。

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