Phase 07
私は、星蘭中学校で発生した過去の事故死、そしていじめに関連した自死を調査することにした。旭川市の教育委員会は頼りにならないので、星蘭中学校から入手した過去の生徒一覧を
書類の整理が終わったところで、私はビジネスホテルに戻った。札幌から派遣されて
スマートフォンのアラームで目が覚める。時刻は6時30分。顔を洗って、食べたくもない朝食を食べて、旭川東警察署へと向かう。あのいじめ問題を追うようになってから、これが一種のルーティンと化している。そして、樽見刑事から詳しい話を聞いた。
「小越さん、お疲れ様です。あのいじめ問題、
「ネット上での鈴花ちゃんの母親に対する誹謗中傷も後を絶えないですからね。もう一度私たちの方でひかるさんに話を聞いてみましょうか」
「そうですね。その案に乗りましょう」
こうして、私と樽見刑事は再び鈴花ちゃんの家へと向かった。しかし、家の前には無数のパトカーが止まっていて、週刊誌や地元のテレビ局のカメラマンと思しき人も多数待ち構えていた。恐らくひかるさんから鈴花ちゃんに対する情報を聞き出したいのだろう。そう思いながら家の前まで行こうとしたのだけれど、黄色い規制線が貼られている。どういうことなんだろうか。私は、パトカーの前にいた警官に話を聞くことにした。
「すみません。北海道警察生活安全部少年課の小越瑛美子と申します。あの、旭川東警察署の警官でよろしいでしょうか」
「そうですけど、一体何の用だ」
「綾瀬ひかるさんに話を聞きたいと思ってこのアパートへ来たんですけど、規制線が貼られているみたいで……」
「綾瀬ひかるさんなら、昨日の夜に亡くなりました。死因は首吊りによる自死で、恐らくいじめ問題による誹謗中傷に耐えかねて首を括ったものと思われます」
その言葉に、私の心臓の鼓動が早鐘を打つ。
「とにかく、ひかるさんに会わせてください!」
「ホトケの状態なら会わせられるな。いいか、大家から鍵は預かっている」
「ホッケだかなんだか知らないですけど、とにかく鍵を開けて下さい!」
こうして、私は鈴花ちゃんの家の鍵を開けた。中には、ひかるさんだったモノが目を剥いて倒れている。警官の言った通り、首を括ったことによる自死だろうか。ドアを開けた瞬間に押し寄せるカメラマンと野次馬。私は、その軍勢に押し潰されそうになった。
「だから、開けてほしく無かったんだよッ!」
「私は少年課の職員として、ただ単にひかるさんから情報を聞こうと思ってここを訪れただけなんですよ!」
「警察にも、権限というものがあるのは知っているだろう。生活安全部の少年課は、北海道警察の中でも所詮窓際部署なんだよッ!」
その言葉で激昂した私は、警官を思いっ切り平手打ちで殴った。
「おいッ! 殴るなッ! 処罰を喰らっても知らないからなッ!」
「あなたの言動こそ、処罰モノじゃないでしょうか」
「くっ……」
そして、私はパトカーの中へと
「どうでしたか……」
「ひかるさんは、死んでいた。恐らく誹謗中傷に耐えかねた自死だと思う」
「そんな……。これでいじめ問題は振り出しですね……」
「いや、そんなことはない。私はこれまでの言動で北海道警察と旭川市教育委員会を敵に回した。けれども、それで良いんだ。このいじめ問題は私が解決させないといけない」
「強気ですね……」
「強気じゃないと、少年課の職員はやっていられないですからね。さて、旭川東警察署に戻っていじめ問題の書類を整理しましょう」
「そうですね。僕は最後まで小越さんの味方ですから」
「そう言ってもらえると助かるよ、樽見刑事」
「いや、正晴さんでいいよ」
「本当ですか。じゃあ、これからあなたの事を正晴さんと呼びます」
こうして、私は樽見正晴という唯一の味方と共に、巨悪へと立ち向かうことにした。その巨悪は旭川市教育委員会だけではなく、今まで数々のいじめ問題の証拠を隠滅していたと思われる北海道警察生活安全部の少年課、
旭川東警察署に戻ると、樽見刑事の机の上に膨大な書類が置かれていた。恐らく星蘭中学校で発生したいじめ問題の資料と思われるものだろう。私は、樽見刑事の上司と思われる刑事に話を聞いた。
「あの、これってもしかして全て星蘭中学校のいじめ問題に
「そうです。押収した資料だけでもこんなにあるのですから、いかにあの学校でいじめが常態化していたのかが良くわかります」
「そうですか。じゃあ、早速その資料を見せてもらえないでしょうか」
「もちろん。良いですよ」
やるじゃないか、旭川東警察署。そう思いつつ、私と樽見刑事は膨大な資料に目を通した。資料の中には「部活中のいじめ」や「授業中のいじめ」など、陰湿ないじめが数多く記録されていた。学校というのは特殊な環境であり、学力や家庭の格差によって「スクールカースト」というものが構築されている。そしてそのスクールカーストの中でも鈴花ちゃんのように地位の低い人間がいじめのターゲットにされるのだろう。2年B組の名簿と照らし合わせながら、私は2年B組におけるスクールカーストを考えていった。結果、スクールカーストの最上位に位置しているのは山下栞里であることが分かった。矢張り、旭川市教育委員会の教育委員長の娘である事が大きいのか。そして、最下層は案の定綾瀬鈴花だった。だからいじめのターゲットにされるのだろうか。それにしても理不尽だ。鈴花ちゃんのスマートフォンに残されたグループチャットのログから、いじめの原因を洗い出す。恐らくあの自慰行為の動画がトリガーになっているのは間違いないのだけれど、私は「何か」が足りないと思っていた。その「何か」は、恐らくこのグループチャットの中に隠されているのだろう。そう思いつつ、私はソファーで眠りについた。
翌日。目を覚ますと、樽見刑事が目の前にいた。時計を見ると午前8時を過ぎた頃合いを指していた。
「小越さん、よくそんなところで眠れますね」
「いや。眠るつもりは一切無かったんですけど、なぜか泊まっているビジネスホテルのベッドよりも寝心地が良かったので……」
「そ、そうですか……。それはともかく、今日は星蘭中学校で例のいじめ問題に関する保護者説明会があるみたいです。いじめ問題を追っている僕たちも、一応出席すべきですよね」
「そうですね。出席すべきです。それで、説明会は何時からでしょうか?」
「午後7時からです。生徒が帰った後ということを考えるとそれぐらいの時間になってしまいますよね」
「確かに、そうかもしれません。山下栞里さんの父親の話も一度聞いておきたいですし。私から何か質問できるんでしょうか」
「それは、小越さん次第ですね。運が良ければ質問できるかもしれませんが……」
「まあ、イチかバチかに賭けてみましょう」
それから、私はたまたまテレビで放映されていた国会中継を見た。参議院議員が、
「羽生文部科学大臣、質問があります。先日北海道旭川市で発見された凍死体がいじめ問題の関連死なのはご存知でしょうか。星蘭中学校という中学校で発生したいじめ問題が
「その件に関しては我々文部科学省も把握している。いじめは当然あってはならないことだが、それに関連した自死は尚更あってはならない。現在、北海道教育委員会及び旭川市教育委員会に声をかけているが、彼らは沈黙を貫いている。余程都合が悪いのだろう」
羽生文部科学大臣の回答にざわつく与野党。このいじめ問題が北海道のみならず全国をも巻き込んだ事件になっていることを、改めて実感させられた。ならば、北海道警察の少年課として私が出来ることは一体なんだろうか。星蘭中学校を敵に回し、教育委員会を敵に回し、そして私が勤めている部署をも敵に回そうとしている。天国の鈴花ちゃん、そして鈴花ちゃんの母親であるひかるさんのためにも、私がこの巨悪を暴かねければならない。でも、現状だと敵が多すぎてどうしようもない。だからこそ、私は今日行われる保護者説明会に関係者として出席すべきなのだろうか。正直、悩んでいた。教育委員会が「何か」を隠している事は明らかだ。だからこそ、その「何か」を掴み取るためにも、私と樽見刑事が動かなければならない。
――国会中継に気を取られていると、時刻は午後5時を回ろうとしていた。
悩んだ挙げ句、私は、星蘭中学校の保護者説明会に「関係者」として出席することにした。本来、部活が終わった後の中学校の体育館は生徒の汗の匂いが漂っているのだけれど、例のいじめ問題が発覚してから部活は全て自粛。生徒はその日の授業が終わったら強制的に下校させられていた。そういうことへの対応だけは早いと、嫌味ながら感心した。
保護者説明会には、いじめ問題が起きていた2年B組の保護者と旭川市教育委員会、そして北海道教育委員会も出席していた。もちろん、2年B組の担任である藤崎夏実、そして山下栞里の父親で旭川市教育委員会の教育委員長である山下尊も出席していた。学校の周辺にはパトカーが停まっており、北海道ローカルのテレビ局のみならず全国ネットのテレビ局のカメラマンや週刊誌のカメラマンも押し寄せていた。いかに今回のいじめ問題が注目されているか、改めて思い知ることになった。しかし、保護者説明会は「保護者による撮影・録音を禁ずる」というお達しが出されることになった。これは、何か裏があるのではないか。そう思いつつ、私は保護者説明会を聞くことになった。
「では、これより今回のいじめ問題に対する保護者説明会を行いたいと思います。先日、この学校の近くの公園で我が校の生徒である綾瀬鈴花さんがこの世を去りました。鈴花さんは2年B組の生徒から卑猥な動画を拡散されるといういじめを受けていて、精神的苦痛を受けていました。母親から『鈴花はPTSDである』と診断されて、他校への転校も検討していました。しかし、2年B組の担任である藤崎夏実先生がこれを拒否。鈴花さんは自ら命を絶ちました。これが今回の経緯です」
「質問があります」
「何でしょうか?」
保護者の一人が挙手をする。当然、他の保護者も挙手をする中での質疑応答だった。2年B組の保護者ですらない私に質問のチャンスは回ってくるのだろうか。そう思いながら、私は保護者の質問を聞くことにした。
「藤崎先生は鈴花さんのいじめに関する相談を全て拒絶したそうですね。担任としてそれは失格ではないのでしょうか?」
「それに関してですが、藤崎先生は『仕事が忙しくてそれどころじゃない』と訴えていました。恐らく鈴花さんの相談のタイミングが悪かったのではないのでしょうか」
「そんなことはないはずです。ネット上の噂ですが、藤崎先生には恋人がいて、旭川の繁華街でその恋人と頻繁にデートしていたそうですね。言い逃れは出来ませんよ」
「もういい! 次の質問者はいないかね!」
私は、挙手をした。
「私ならどうでしょうか?」
「見覚えのない保護者だが……。一体誰だ!?」
「私は、北海道警察生活安全部少年課の小越瑛美子と申します。今回のいじめ問題を追っている職員と言えばよろしいでしょうか。それは置いておいて、単刀直入に質問したいと思います。なぜ、山下栞里さんの父親で旭川市教育委員会の教育委員長である山下尊さんは娘さんに例の動画を削除するように要求したのでしょうか」
私の質問に、場内はどよめく。当然だろう、これは事実なのだから。
「ふ、巫山戯るなッ! 何故それを知っているんだッ!」
「山下栞里さんは、私に全てを話してくれましたよ? 一から話しましょうか?」
――私は、放課後の隙間を縫って山下栞里に聞いたことを、全て話すことにした。
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