Phase 06

「これが、鈴花の全てです」

 他人事ひとごといえども、あまりにも凄惨せいさんないじめを受けていた鈴花ちゃんの事を語っていたひかるさんを見て、私は気の毒になってしまった。これが自分の娘だとしたら、私は学校と教育委員会に復讐がしたい。そう思いながら、遺品のスマホを受け取った。

「きっと、あなた達なら力になれると思います。学校も教育委員会も私を信じてくれない。だからこそ、このスマホはあなた達に持っておいてほしいのです」

「分かりました。天国にいる鈴花ちゃんのためにも、このいじめ問題は早急に解決する必要がありますね」

「そうだな。僕も旭川東警察署の刑事として協力するよ」

「ありがとうございます」

 それにしても、なぜ鈴花ちゃんが遺体で見つかった時にスマホが家に置いてあったのだろうか。単に急いでいてスマホを忘れてしまったのか。それともスマホを置いて出ていったのか。鈴花ちゃんが死んでしまった以上、真相は謎に包まれたままだ。でも、その謎を解き明かすのも、少年課の仕事である。私と樽見刑事は、早速旭川東警察署へと戻ることにした。


「それにしても、色々と敵が多い問題ですね。星蘭中学校が黙秘権を貫いているのはともかく、なぜ旭川市教育委員会も黙っているのでしょうか」

「そう言えば、山下栞里の父親が旭川市教育委員会の教育委員長を務めているという証言を他の生徒から聞きました」

「それは本当か!?」

「本当です。確か、大野洋輔おおのようすけという生徒から聞いたと思います」

「なるほど。今すぐ大野くんの自宅に向かうことは出来ないのか」

「向かえるものなら向かいたいんですけど、今日はもう遅い。明日、改めて向かうことにしましょう」

 時計の針は午後9時を指そうとしていた。とっくに業務終了時間を過ぎているじゃないか。仕方がないので、私は旭川市内のビジネスホテルに泊まることにした。

 そして、夢を見た。私は、川の中で溺れそうになっていた。恐らく、ひかるさんから聞いた胸糞悪い証言の所為せいで悪い夢を見ているのだろう。川の水は冷たくて、とても深い。何度も浮き上がろうとするのだけれど、どんどん沈んでいく。私はこのまま溺死してしまうのだろうか。仮令たとえそれが夢だと分かっていたとしても、なんだか気持ち悪かった。そして、川の底に沈むと、無数の髑髏どくろが転がっていた。私は思わず悲鳴を上げそうになるのだけれど、そこで目が覚めた。

「なんだ、夢か」

 冬だというのに、私の躰は汗でびっしょりと濡れていた。そして、心臓の鼓動も早く脈を打っている。このままだと不快なので、とりあえず私はシャワーを浴びることにした。シャワーを浴びて、朝食のパンを口にして、再び旭川東警察署へと向かう。警察署では、樽見刑事が待っていた。

「小越さん、お疲れ様です」

「ああ、なんだか薄気味悪い夢を見たから始業前なのに疲れているよ」

「何かあったんですか?」

「いや、何でもない。それはともかく、昨日言っていた大野洋輔という生徒と話がしたい」

「そうだな。まずは、星蘭中学校へと向かおう」

 こうして、私と樽見刑事は再び星蘭中学校へと向かうことにした。もちろん、証言を聞くのは大野洋輔という生徒だ。

「こんにちは。北海道警察生活安全部少年課の小越瑛美子です。大野洋輔くんと話がしたいんだけど、いいかな?」

「はい。僕が大野洋輔です。何の用でしょうか」

「あのね、大野くん。山下栞里さんは知っている?」

「知っています。2年B組の学級委員長で、お父さんが旭川市教育委員会の偉い人だということをあなた達に教えましたけど、それ以外に何かあるのでしょうか?」

「こんなことを聞くのはちょっと心苦しいけど、大野くんは誰かにいじめられたという経験は無いかな?」

「どうして、それが分かるんですか?」

「右腕に痣がある。恐らく、誰かにいじめられたのでしょう。怒らないから、正直に話して」

「じゃあ、話します。僕も飯島くんからいじめられていました。彼は空手部で、道大会でも優勝した経験があります。でも、あまり素行は善くなくて……。僕も飯島くんと同じ空手部なんですけど、自分が気に入らないからという理由で僕の鳩尾みぞおちをよく殴っていました」

「そうですか。君の証言を真に受けるなら、飯島孝彦はいじめっ子のリーダー、山下栞里はいじめっ子のサブリーダーという認識であっていますよね?」

「そうですね。でも、この事が2人にバレたら大変なことになりますよ?」

「大丈夫。僕たちは君の味方だ。だから、安心してほしい」

「そうよ。私はこのいじめ問題を解決するために札幌から派遣されてきたの。もちろん、秘密は守るわ」

「ありがとうございます。少しでも、綾瀬さんが救われる事を僕も願っています」

 これは、大きな手掛かりだ。2年B組はスクールカーストによるいじめが常態化していて、いじめっ子のリーダーは飯島孝彦。そしていじめっ子のサブリーダーは山下栞里だ。しかし、なぜ綾瀬鈴花が命を落とすことになったのだろうか。確かに、自分の恥ずかしい動画をネット上に流出されたら誰だって死にたくなる。でも、命を絶つことはやり過ぎだろう。それに、スクールカウンセラーは一体何をしていたのだろうか。とりあえず、私は星蘭中学校のスクールカウンセラーと話をすることにした。スクールカウンセラーは、なんだか気怠けだるい態度でこちらを見つめている。

「すみません、この学校のスクールカウンセラーでよろしいでしょうか。僕は旭川東警察署の樽見正晴刑事と申します」

「私は北海道警察生活安全部少年課の小越瑛美子と申します」

「はい。私が星蘭中学校のスクールカウンセラー、初音杏奈はつねあんなと申します。警察が私に一体何の用ですか」

「あの、綾瀬鈴花さんのことについてお聞きしたいのですが……」

「ああ、先日凍って死んだ子ね。彼女なら何度も私に相談していたけど、そういう面倒な仕事は関わらないようにしているの」

 スクールカウンセラーのあまりの態度の悪さに、私は思わず机を叩いた。

「それでも、スクールカウンセラーなんですか!? 無責任にも程があります!」

「あのね、いじめの多い昨今スクールカウンセラーを配属する学校が増えているけど、大体がクラスの内輪揉めだったりするのよ。だから、私はいじめ問題に関わらないようにしているの。それの何が悪いの?」

「悪いも何も、あなたは責任がなさすぎます! スクールカウンセラー失格です!」

「そうですか。では、私はこの学校を去るわね」

「そうやって逃げる人が、私は大嫌いです!」

 この学校は、腐敗している。鈴花ちゃんの他にも、過去にいじめ問題で命を絶った人は多いのでは無いのだろうか。私はそんな事を思いながら、カウンセリング室を後にした。そして、旭川東警察署に戻って過去の星蘭中学校の生徒による事故死、そして自死を調べることにした。


 ――絶対に、この学校の闇を暴いてやる。

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