Phase 04

 花火大会から1週間後。私のスマホは通知が止まらなかった。孝彦くんから暴行を受けた私をいたわるメッセージだったら良いのだけれど、送られてきたのは誹謗中傷ひぼうちゅうしょうと言う名のメッセージだった。恐らく、あの時千聖ちゃんが送信した例の動画が、2年B組のグループチャット内で拡散されたのだろう。

「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」

 5分に1回送信される「死ね」というメッセージ。そのメッセージは、孝彦くんから伝染するように他の子からも送られてくるようになった。もちろん、千聖ちゃんは私を庇っていたのだけれど、花火大会以降なんだかプライベートのチャットでも険悪なムードが漂い始めていた。恐らく、千聖ちゃんは孝彦くんに脅されて私の恥ずかしい動画を送信してしまったことに対して後悔しているのだろう。

「夏休みが終わったら、多分孝彦くんは謝ってくれるはず」そんな事を思いながら、私は残りの夏休みを過ごしていた。しかし、その希望は9月1日に打ち砕かれることになった。

 9月1日。上履きを履こうとすると、何か痛みを感じた。よく見ると、靴底が血で染まっている。誰かが私の靴の中に画鋲がびょうを入れたのか。ネット上でのいじめならともかく、こうやってリアルでいじめられるなんて、厭だ。恐る恐る教室の中に入ると、私の席に落書きがしてあった。「死ね」「殺す」「泥棒猫」「バカ」「うんこ」「肉便器」「ビッチ」……私は、その落書きを見た日から、学校に行くのが厭になってきた。どうしてこんなみじめな思いを受けながら学校に行かないと行けないのだろうか。藤崎先生やスクールカウンセラーに相談したのだけれど、私の事を相手にしてくれなかった。

 ある日、私はトイレ掃除をしていた。当番で私と栞里さんがトイレ掃除をすることになっていたのだけれど、突然栞里さんは私にバケツを投げつけた。

「あの動画、一体どういうことか説明してよね!」

「わ、私は何も知りません!」

「でも、あんな卑猥な動画に映っているのは鈴花じゃない !この阿婆擦あばずれ!」

「だから、私はやりたくてあんなことをしたわけじゃないから!」

 私は、びしょ濡れになった。そして、そのまま風邪を引いて1週間寝込む羽目になった。このまま不登校になっても良かったのだけれど、お母さんは「何が何でも学校に行きなさい」と言ってきた。そうだもんね。学校に行かないと、勉強できないもんね。学校にも居場所がなくて、家にも居場所がない。正直、死のうかなって思ったこともあった。けれども、カッターナイフで自分の腕に切り傷をつけるのが精一杯だった。白い肌という真っ白なキャンバスの上に、赤い血という絵の具が落ちていく。やがて、その絵の具は私を赤色に染め上げる。こんな姿、お母さんに見られたくないな。そう思いながら、私はカッターナイフで切りつけた傷痕を虚ろな目で眺めていた。

 やがて、冬がやってくる。北海道の冬というのはとても寒い。そして、相変わらず私はいじめられていた。トイレの水をかけられたり、靴箱の中に虫の死骸しがいを入れられたり、背中に「死ね」と書かれた紙を貼り付けられたりしたこともあった。もちろん、私がいじめられていたのはリアルの話だけではない。グループチャットでの私に対する言動も過激なモノになっていた。

【なあ、鈴花。お前の自慰行為を動画サイトにアップロードしてもいいか?】

【鈴花、さっさと死ねよ】

【お前なんか生きる価値は無いんだよ】

【ぶっ殺す】

 そして、私は思い切ってお母さんにいじめのことを相談することにした。それがどんな結果になろうとも、今よりはマシになるかもしれなかったから。

「お母さん。ちょっといいかな」

「どうしたの? 鈴花」

「あの……私……もう学校に行きたくないんだ」

「最近様子が可怪しいと思っていたけど、矢っ張り何かあったんじゃないの? 怒らないから、詳しく説明して」

「分かった」

 こうして、私はお母さんにいじめの経緯いきさつを全て説明することにした。

「そうだったのね……気づいてあげられなかった私が悪かった。鈴花、明日精神科に行こう。何かが変わるかもしれないから」

「お母さん……ありがとう」

 翌日、私は精神科に行くことにした。医師による診断結果は当然ながら「いじめによるPTSD」と診断された。端的に言えば「心的外傷トラウマによるストレス性の鬱病」と言ったところか。それから、学期末の面談の時に藤崎先生やスクールカウンセラーにも私の鬱病の診断結果を見せることにした。

「綾瀬さん、大変だったんですね……」

「藤崎さん、これ以上娘に辛い思いをさせたくないんです。一度休校措置を取ってもらってもよろしいでしょうか?」

「いえ、それは出来ないんです」

「どうして?」

「矢っ張り、学校という環境である以上、不登校は許されないんです。一応、隔離学級という措置は取れますが……」

「それでも良いんです。娘を助けてください!」

「分かりました。こちらの方で相談しておきます」

 これで、全てが解決すると思っていた。けれども、私に対するグループチャットでのいじめは相変わらず続いていた。防衛措置として私はグループチャットの通知を切ることにした。これで、少しでも心の痛みがやわらぐと思っていたから。しかし、クリスマスに送られてきた千聖ちゃんからのチャットで、私の心は粉々にされてしまった。

【鈴花ちゃん、メリークリスマス! 色々あったけど、鈴花ちゃんにはこれだけは伝えておこうと思って。例の動画、稿よ。 チサト】

 その言葉を受けて、私は恐る恐るショート動画投稿アプリを開いた。そこには、モザイクでかけられた自分の恥ずかしい動画が拡散されていた。

「これが北海道の現実です」

「北海道のS中学校の生徒が、オナニーをやっている。バカ校認定」

「どさん子娘は性欲が強い」

 あまりの酷さに、私はスマホを落としてしまった。スマホの画面にはひびが入っている。それは自分の心に罅が入るように、蜘蛛の巣状に割れていた。その年のクリスマスは、悪い意味で印象に残るクリスマスとなってしまった。そして、私はお母さんにスマホの画面を見せることにした。

「ちょっと、私の動画が全国に拡散されているんだけど……」

「鈴花、見せてみなさい。これは……」

「身内のグループチャットならまだしも、こうやってネット上で拡散されたらおしまいだよね。死にたいよ」

「ちょっと待って。まだ相談していない場所がある。教育委員会に言えばなんとかなるんじゃないのかな」

「お母さん、頼む。これ以上私を苦しめないで」

「分かっている。どんな事があっても私は鈴花の味方だから」

 こうして、お母さんは教育委員会に全てを話すことにした。しかし、それが結果として私の生きる希望を全て失うことになるとは思ってもいなかった。

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