Phase 03

「お誕生日おめでとう。これ、スマホ。ずっと欲しかったでしょ?」

「お母さん、ありがとう! 大事にするよ」

 私は、誕生日プレゼントにスマホを買ってもらった。他の子はみんなスマホを使っていたのだけれども、私は家が貧しいのでスマホを中々買ってもらえず、ずっとガラホを使っていた。でも、アドレス帳には友達の電話番号を記録していた。早速、一番仲の良い千聖ちゃんにチャットを送ることにした。

【千聖ちゃん、私やっとスマホ買ってもらえたんだ。これからガンガン連絡するからよろしくね! スズカ】

【鈴花ちゃん! スマホデビューおめでとう! これから毎日お話しようね! チサト】

 文字だけとは言え、スマホの画面上に、千聖ちゃんがいる。それだけでも嬉しかった。私は、勢い余って千聖ちゃんにビデオチャットをかけた。千聖ちゃんは、笑顔で私に手を振っていた。

「鈴花、あまり使いすぎちゃダメよ!通話料とギガがかかるから」

「お母さん、分かっているよ」

 それから暫くビデオチャットをしていた。通話時間は30分ぐらいだったかな。まあ、これぐらいならお母さんにも怒られないと思ったから。

「千聖ちゃんもやっとスマホデビューかぁ。まあ、私もスマホデビューしたのは中学校の入学式の時だったから、他の子よりは遅かったんだけど」

「それで、明日の放課後さ、部活もないし一緒にハンバーガーショップに行かない?」

「いいけど、先生とか見張ってないよね?」

「大丈夫。この間穴場見つけたから」

「穴場?」

「学校から少し離れたところにショッピングモールがあるじゃん。そこなら先生も流石に見張りに来ないはず。路線バスも走っているから、そんなに時間はかからない」

「今地図アプリで見ていたけど、あそこね。確かに、先生の見張りもそこまで来ないかも!」

「じゃあ、明日の放課後一緒に行こうね!」

「うん!」

 それからというもの、千聖ちゃんと私はスマホで連絡を取り合うようになった。そもそもの話、友達が少ない私にとって安田千聖やすだちさとという人間は数少ない友達の一人だった。幼稚園からずっと幼馴染おさななじみで、良き理解者でもあった。だから、私は学校で「千聖ちゃんに守られている」という感触があった。だから、小学校の時に男子がいじめてきても千聖ちゃんが叱ってくれたし、私が勉強で分からないところがあっても千聖ちゃんに教えてもらっていた。それぐらいの仲だ。もちろん、私の家が貧しいということも知っているし、両親が離婚したことも知っている。だから、千聖ちゃんは私の心の拠り所でもあった。

 ある日、私は2年B組でもやんちゃな性格で知られる飯島孝彦いいじまたかひこという男の子にいじめられそうになった。私は病弱で力も弱く、スクールカーストも下の方だったから、いじめの格好のターゲットにされたのだろう。でも、千聖ちゃんがかばってくれたし、学級委員長の栞里さんも孝彦くんに対してきつく注意していた。

「孝彦くん、あまり鈴花ちゃんをいじめないでよ! 鈴花ちゃんが泣いているじゃん!」

「そんな事言われても、俺はイライラしているんだよッ!」

「だからって、鈴花ちゃんは悪くないわ!」

「千聖ちゃん……。もういいよ……。どうせ私はいじめられるために産まれてきたんだから……ぐすっ」

「鈴花ちゃん、そんなこと言わないのッ! 鈴花ちゃんのお母さんも泣いちゃうじゃん!」

「お、俺が悪かった。もうお前の事がいじめないから、許してくれ」

「じゃあ、この誓約書にサインして。じゃないと藤崎先生に言いつけるからッ!」

「はいはい。分かりました」

 こうして、孝彦くんからのいじめは「未遂」で終わったはずだった。でも、この時に栞里さんが出してくれた「誓約書」が数ヶ月の時を経て仇になるとは、思ってもいなかった。


 それから、私は夏休みを迎えた。もちろん、スマホを買ってもらってからはじめての夏休みだから、少し浮かれていたのかもしれない。私は、栞里さんからの提案で「2年B組」というグループチャットに入れてもらった。恐らく栞里さんが考えてくれたいじめ防止のためのアイデアだろう。もちろん、グループチャットの中ではスクールカーストも対等なので、中々話が出来ない子とも話をする機会を得ることができた。特に、憧れの男子である水島海斗みずしまかいとくんと話が出来たのは嬉しかった。

【海斗くん、昨日は数学教えてくれてありがとう! お陰でドリルの分からなかった問題が解けたよ! スズカ】

【これぐらいの問題は分かるようにしておかないと、大学には行けないぞ カイト】

 文字だけの会話とはいえ、憧れの海斗くんが私に喋ってくれている。それは嬉しかった。もちろん、千聖ちゃんとの2人だけの秘密の会話も続いていた。

【鈴花ちゃん、明日、花火大会だよね。一緒に見に行かない? チサト】

【もちろん! 見に行く! スズカ】


 ――結局、私がまともにグループチャットに参加出来ていたのは花火大会の前の日が最後になってしまった。


 花火大会当日。私はお母さんに「友達と一緒に花火大会に行く」と言ってから家を出た。お母さんも夜勤のシフトを入れていたので、孤独な夜を過ごすぐらいだったら友達と一緒に花火大会に行ったほうが良いという判断だったのだろう。私はTシャツにデニムのパンツというラフな格好で、千聖ちゃんは浴衣ゆかたの格好で花火大会へと出かけていった。夏休みのイベントと言うのは、少年少女を非行へと走らせるという懸念から見張りの先生が周りをパトロールしてくれているのだけれど、当然藤崎先生も見張りとして来ていた。

「藤崎先生、パトロールお疲れ様です!」

「あっ、鈴花ちゃん! 今日は千聖ちゃんも一緒なのね」

「はい! 2人で花火を見に来ました!」

「鈴花ちゃんが友達を連れているなんて、先生ちょっと感激しちゃったな」

「先生、そんなに私が友達と行動しているのが珍しいんですか?」

「ううん、何でもない。鈴花ちゃんは他の人とコミュニケーションを取るのが苦手って聞いていたから、こういうイベントの日でも一人で行動するのかなって思って」

「そんなことないですよぉ。私も友達の一人ぐらいはちゃんと持っていますってば」

「なんか鈴花ちゃんに対して失礼なこと聞いちゃったかもしれない。気を不味まずくしちゃったらごめんなさいね」

「大丈夫ですよ、先生」

「それなら良かった。じゃあ、花火大会楽しんでおいで!」

 藤崎先生の言動に引っかかる部分を覚えつつも、私は千聖ちゃんと花火大会を楽しんでいた。この夏の思い出が、いつまでも続けばいいのにと思いながら、私は千聖ちゃんの手をギュッと握った。

 やがて花火大会も終わって帰ろうとしていた時だった。人混みの中で、私は千聖ちゃんとはぐれてしまった。

「千聖ちゃん、どこ?」

 私は声をかけるけど、千聖ちゃんはどこにもいない。まあいいか。そう思いながら家へ帰ろうと思った時だった。後ろから、誰かが私の腕を掴んできた。それが、私を執拗にいじめている孝彦くんなのは分かっていたのだけれど、私は抵抗することが出来なかった。

「捕まえたぞ、鈴花」

「放してよッ!」

「いや、離さない」

 それから、私は家と逆方向の場所へと連れて行かれた。辛うじて、スマホの電波が繋がる場所だったから、藤崎先生に対して助けを求めようとした。しかし、藤崎先生に電話をしようと思ったら、スマホを取り上げられてしまった。

「俺は鈴花をいじめたくて仕方がない。鈴花を暴行するために、他校の不良たちも連れてきた。これで逃げようものなら、俺は許さない」

「返してよ! 私のスマホ!」

「返さないね。ん? お前、千聖と仲がいいのか?」

「千聖ちゃんは私の数少ない友達よッ! それがどうしたのッ!」

「じゃあ、今から呼び出すか」

「それで放してくれるんだったら、呼んでもいいけど」

 こうして、孝彦くんは私のスマホで千聖ちゃんを呼び出した。電話は、直ぐに繋がった。

「もしもし? 鈴花ちゃん……?」

「いや、鈴花は俺が預かった。命が惜しかったらここへ来い!」

「た、孝彦くん!? まさか鈴花ちゃんをさらったの!?」

「まあ、君の言葉を借りるならそうなるな」

「鈴花ちゃん、よく聞いて。今からそっちに向かうから待っていて。そして、孝彦くん! 鈴花ちゃんに危害を加えたら許さないからねッ!」

「ああ、分かったよ。危害は加えないようにするから」

「う、うん……」

 孝彦くんが千聖ちゃんに電話してから10分ぐらい経っただろうか。千聖ちゃんが走ってこっちに来てくれた。当然、千聖ちゃんは息を荒げていた。

「孝彦くん、あなたの言った通り来てやったわ。とりあえず、鈴花ちゃんを返しなさいッ!」

「そうか。返してほしいのか。まあ、良いだろう。しかし、条件がある。鈴花を返してほしかったら、そのスマホで

 その言葉に、私の心臓の鼓動が高鳴った。一体、どういうことなんだろうか。そもそも、そんなことしたこともないし、やりたくもない。困惑する私に、孝彦くんはピンク色の何かを手渡してきた。

「それは『ピンクローター』というモノで、自分の下着の上に当てて使うんだ。ほら、やってみろッ!」

 私は、穿いていたパンツを脱がされて、下着の状態になった。そして、孝彦くんは震えるピンク色の物体を私の下着の上に当ててきた。今までに感じたことのない感触に襲われる。まるで、地震で揺れるかのように、私の躰は揺れている。そして、ピンクローターの快楽に絶えきれず、そのまま声を上げてしまった。

「あああああああああああああああああっ!」

 私は、一体何をされているのだろうか。なんだか、心臓の鼓動が早くなる。呼吸が、荒くなる。でも、なんだか気持ちいい。不思議な感触に包まれながら、私の躰は震えている。そして、そのまま白目をいてしまった。

「千聖、鈴花の自慰行為は撮影できたか?」

「で、出来ました……」

「じゃあ、それを『2年B組』のグループチャットに今すぐ送信しろッ!」

「や、やめてください! 私がそんな事をするわけないじゃないですか!」

「いや、俺の言ったことは絶対だッ!」

 千聖ちゃんが、孝彦くんに殴られている。私がなんとか止めないと。でも、こんな姿じゃ何も出来ないよ。どうすればいいの?

「た、孝彦くん……。やめて……。千聖ちゃんだけはいじめないで……」

「それがどうしたんだよッ!」

 私は、孝彦くんに殴られてしまった。孝彦くんは空手部なので力も強い。だから、私は何も出来ないまま孝彦くんにひたすら殴られた。そして、震えるような声で千聖ちゃんが言葉を発した。

「ど、動画を送信しました……」

「そうか。なら、鈴花は解放してやる」


 ――千聖ちゃんのお陰で、私は解放された。しかし、それが悪夢の始まりだとは、思ってもいなかった。

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