第21話:プロパトール

「うおぉぉぉぉお!!」


不良達が一斉に俺とアスカに襲い掛かってきた。アスカは、俺を庇うように立ち、不良達の攻撃をことごとく防ぐ。その事に不良達は、アスカに実力を理解したのか、間を広く開けていった。


「カッカカカ、あの時の女だな? 俺の脚の骨をへし折った」


葉月翔太がそう叫ぶとアスカがジロリと翔太の顔を睨みつけた。そして、葉月翔太がクイっと首を横に向けると、不良の一人が気を失った茜を引きずるように連れてきた。


「動くなよ。動いたら、どうなるか……解るよな?」


葉月翔太は、どこからか取り出したナイフを気を失っている茜の頬にそえた。


「茜……くそっ!」

「燐、この状況は、拙い。一度逃げるべきだ」


アスカは、そう言ったまま葉月翔太の視線を逸らさない。


「それは、却下だ」

「何故?」

「ここで逃げれば、茜がどうなるか解らない」

「……」


アスカは、じっと葉月翔太を睨みつけたまま。俺は、この状況を打開する方法を必死なって考えていた。考えろ、状況を認識しろ、こんな時こそ、爺ちゃんが言ってた「行動原理の認識」を。


「燐、もう逃げる所は、ないんだ。大人しくしてろよ。クックククククッ」

「翔太……お前」


葉月翔太は、皮肉な笑みを浮かべたまま、ナイフの刃を茜の頬から胸に移動させ、まさに刺してしまうぞっと挑発をかける。


「アスカ、なんとしても茜を助け出したい」

「ああ、そうだな……」


アスカは、そう言ってフラリと動いた。一瞬の出来事だった。気がついた時には、アスカは、葉月翔太の目の前に居て、ナイフの刃を右手で握り締めて居たのだ。


「なっ!!」


葉月翔太は、驚いた様に声を上げる。当然だ。俺も驚いた。アスカにあんな隠し技があったなんて始めて知ったからだ。しかし、どうやって。


「クゥゥゥゥ、ああ、そうかい。女、お前も普通じゃないなぁ! だったらぁ!!!」


葉月翔太は、そう叫んでナイフを離し、アスカから距離をとるように後ろに飛び退いた。そして、ズボンのポケットに手を忍び込ませ、筆箱ぐらいの大きさのケースを取り出した。そのケースを開いて、葉月翔太が取り出しのは、何かの液体が入った注射器だった。


「カッカカカ、これで終わりだ。これで俺は、誰にも負けない。なんにでも勝てる!!」


葉月翔太は、そう叫んで手にした注射器を自分の胸に突きたてた。そして、ガクンと崩れ落ちそうになる身体を葉月翔太は、辛うじて支えている様子だった。


「グオォォォォォォ!!!」

葉月翔太は、叫ぶ。まるで獣の様に叫んだ。それは、注射の痛みからだろうか。いや、もっと根元的な叫びだ。ハラリと葉月翔太の上半身を包んでいた包帯が剥がれていく。筋肉の膨張に押し広げられて剥がれていく包帯姿の葉月翔太は、どこか獣の様でもあった。







 葉月翔太の身体は、1周り大きくなった様に見えた。今まで包帯で隠されていた葉月翔太の身体が俺達の目に真実を映し出す。翔太の胸に刺された注射器がポロリと抜け落ちた。翔太の腕は、金属で出来た鉄の塊の様だった。いや、腕だけでは無く、両足、腰から胸にかけて金属らしき機械的なものに見えた。辛うじて生身の部分だと確認できるのは、胸まわりと翔太の頭ぐらいだった。


「なんだ?……あれは」


周り居た不良達も翔太の変貌ぶりに腰を抜かしてる様子だった。口々に「気味が悪い」だの「不気味」だのと呟いていた。


「クックククク、これこそ……この姿こそ力だ!! 世界を覆す力だ!!」


翔太が叫ぶ。そして、翔太は、ブンっと右腕を横に凪ぐと横に居た不良の一人が激しく吹き飛んだ。そして、後ろの壁に叩きつけられてグッタリと動かなくなった。


「うわぁぁーーー!!」


最初は、何が起きたのか理解できなかった不良達もそれを見て恐怖を覚えたのだろう。次々に13番倉庫から逃げだし始めた。気を失った茜を捕まえていた不良に一人も茜の身体を投げ出すように逃げていく。その事に俺は、茜の側に走ろうとした所をアスカに腕を捕まれて止められた。


「なんで? アスカ!?」

「駄目だ! 燐、逃げるのが先だ。アレは、プロパトールだ!」


俺は、どうしてアスカが止めたのか理解できなかった。だが、次の瞬間には、俺の身体は、アスカの肩に軽々と抱えられていた。


「逃げるぞ」


そして、信じられないスピードでアスカは、俺を抱えたまま13番倉庫を飛び出したのだ。






「どうして、逃げたんだ!? まだ、茜があそこに居るんだぞ!!」


俺は、声を張り上げてそう叫んだ。13番倉庫から少し離れた場所で俺は、アスカと向き合って居た。


「あの者は、普通ではなかった」

「だからこそだ。だからこそ、アスカ……お前の力が必要なんだ」


そうだ、茜を助ける為には、力が必要だ。あの翔太に対抗できるのは、アンドロイドであるアスカしか居ない。


それに……。


「それに……茜は、俺の家族なんだ。俺がやっと手に入れた家族なんだ」


俺は、思わずそんな言葉を口にしていた。


「落ち着け! 燐、逃げ出した時、私達を追ってあの者が倉庫から飛び出したのを確認している。おそらく、私達を今も探しているのだろう。茜は、あそこに居れば、安全だろう」


アスカは、冷静な態度でそう言った。彼女の冷静さは、俺にとって救いだ。熱くなった俺の思考を正しく導いてくれる。


「ああ、そうか……そうだな」


俺が顔を上げそう言うとアスカは、少し安心した様子で言葉を続けた。


「あれは、何か理解しているか?」

「解らない……翔太があんな姿になるなんて……俺の理解を超えている」

「あれは、プロパトールと呼ばれるものだ。あの者は、人体の約60%以上のサイボーグ化手術を受けている。おそらく、あの時あの者が注射した液体には、パラサイト型ナノマシンが入っていたのだろう」

「なんだ……それは?」

「パラサイト型ナノマシンは、人体と機械の神経をより強固に繋ぐ性質がある。また、拒絶反応さえ押さえ込み、人体の筋肉を肥大させる。サイボーグ手術を受けた者があれを摂取すると飛躍的に身体機能が向上するのだ」

「アスカ、どうして……そんなに詳しい?」

「その技術は、アル・デュークのものだからだ。私のデータ・ベースにそれに類似した出来事が多数存在する」


アスカは、静かにそう言って周りを警戒する様に見渡した。


「それは、アル・デュークが絡んでいると言う事か?」

「おそらく、その可能性が高い」


あの翔太のサイボーグの身体は、アル・デュークのものだとすれば、アル・デュークの狙いは、何だろう。翔太の俺に対する気持ちをアル・デュークは、利用している? アル・デュークの狙いは、アスカかもしれない。


「そうれは、そうだとして。翔太を止めなければならん。アスカ、お前なら翔太を止められるだろう?」

「それは……無理だな」


アスカのその返答は、俺の予想だにしないものだった。史上最強のアンドロイドであるアスカがあのサイボーグ翔太を止める事ができないと言ったのだ。俺は、一瞬自分の耳を疑ったほどである。


「どうしてだ? お前は、アル・デュークのアンドロイドに負けた事がなかったじゃないか」

「あれは、サイボーグだ。アンドロイドではない。それに……燐、お前は、私にあの人間を殺せと言うのか?」


アスカは、少し怒った態度で俺に迫る勢いで睨みつけた。


「殺せなんて言っていない。ただ、行動不能にして欲しいだけだ」

「同じ事だ。アレは、手加減するには、強力すぎる。私が全力をだせば、殺してしまう。私は、この街に何をしに来たのか忘れたか?」

「……」

「第一の目的は、人間社会の観測。第二にアル・デュークのアンドロイドの排除。私は、人間を傷つける事は、出来ても殺す事は、許されていない。人間を殺す……それは、私にとってのルール違反なのだ」

「ルール違反だと……」

「そうだ、ルール違反を犯せば、私の存在意義が失われる。それは、アンドロイドにとっての死だ。私と言う固体は、大きく分けて4つのブロックに別れている。一つ目は、身体、二つ目は、それを制御する制御ブロック。三つ目は、私を認識する人格。四つ目は、記憶を司るデータ・ベースだ。ルール違反を犯せば、私の身体は、停止してしまう。その制約は、私の人格とは、別の制御ブロックに組み込まれている。私が殺したいと思った所で身体が動かなくなってしまうのだ。だから、人間を殺すと言う行為は、自らの首を絞める事になる」


アスカは、少し辛そうな表情を浮かべて、淡々とそんな事を語った。アスカは、人間を殺せない。それは、理解できた。しかし、今の現状は、アスカの力がなくては、どうしても好転しない事も事実だ。


「それは、わかった。しかし、翔太は、どうしても止めなくてはならん」

「まだ、わかってないようだな。あのプロパトールは、人間を殺す事のできないセムリア製アンドロイドに対するアル・デュークの罠なのだぞ!!」

「だが、それでも……茜の居る倉庫に行けば必ず翔太は、待ち伏せている。奴は、そんな奴だ。茜を救い出すには、翔太を……止めるしか無いんだ。だから、アスカ……お願いだ。力を貸してくれ!!」


俺は、深くアスカに頭を下げた。アスカの力が無くては、翔太を止める事が出来ない。それは、アスカが協力してくれなければ茜を助けられないと言う事だ。そして、協力したとしてそのアスカの身に危険が及んでしまう事もわかる。それでも俺には、アスカに頼み込むしか方法が残されていないのだ。アスカは、溜息を吐き出すような動作を見せると少し皮肉な笑みを見せた。


「燐、お前がそこまで言うのなら。出来る限りの協力は、しよう。だが、さっきも言ったとおり、アレを止める事は、私には、不可能だ。しかし、アレの気を逸らす事は、できるかもしれない」


アスカのその言葉に俺は、笑みを浮かべていた。アスカの協力を得られた喜び、それ以上に家族を失わずに済むと言う安堵間が俺を支配していた。

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