第20話:幼馴染

 俺と葉月翔太は、幼馴染だった。葉月翔太と初めて出会ったのは、俺がまだ4歳の頃。俺の唯一の肉親であった爺ちゃんが死んで遠縁の親戚中を『愛人の子だ』と、陰口を言われながら、たらい回しされたあげく、行き着いた小さな研究所で葉月翔太と出会った。その研究所は、研究所とは、名ばかりの所で法律的にも許可あってやって居る所では、なかった。ただ、孤児ばかりと集めて何かを行っていた。管理は、厳しく施設の外へは、一歩も出させてもらえなかった。むろん、義務教育なんてものは無く、研究所と呼ばれる施設に閉じ込められている。そんな地獄のような所だった。その地獄で俺と葉月翔太は、出会ったのだ。




 俺の幼い時は、そう言う時代だった。政治を行う狂った老人達が立て続けに行った売国政策のおかげで、失業率は、30%を超える勢いだったと、当時の新聞を見た事がある。景気が低迷し、北海道と九州は、他国に占領されてしまった。そんな狂った時代で、子供を持つ親達は、口減らしの為に研究所に子供を売る事が続出したらしい。現在では、その事が明るみに出て社会問題化したおかげで、そう言った子供達は、あまり見かけなくなった。




 当時、翔太とは、とても仲がよい友達だった。あの研究所で生きていくには、そんな友達同士の助け合いが必要だったし、自分達の知る仲間が次々と居なくなり、新しい仲間が増えていく中でそんな友達は、貴重な存在だった。俺は、葉月翔太と6年間過ごした頃である。歳は、10歳でもう自分の置かれた状況を理解し、悪知恵を大人顔負けに働かせる事のできる様に育っていた。夜遅く、窓から入り込む月明かりで微かにお互いの顔の確認できる距離に俺と翔太を含めた5人の少年が顔を付き合わせて居た。


「燐? 本当にやるの?」

「ああ、こんな地獄みたいな生活に……もう耐えられない」


翔太の問いに俺は、力強く答えていた。


「そうだな。これ以上、ここに居たら、俺達……何時か殺されるぜ」


5人のうちの一人、井上英雄がそう口を挟んだ。


「燐がヤルって言うなら、俺もやるよ」


この研究所で知り合った北沢豊と桜井忠司が口々にそう口を開いた。この時、俺達5人は、研究所を抜け出す事を考えていた。少し不安そうな表情を向ける翔太に気づき俺は、翔太の頭をなでた。


「そんな心配そうな顔をするな。翔太は、俺が護ってやる。約束したろ?」

「うん」


翔太は、そう頷いて嬉しそうに笑みを浮かべた。







 研究所の敷地は、高いコンクリート壁に囲まれて居た。唯一の出入り口には、警備員が睨みをきかせていて、とても子供が正面突破できる雰囲気では、なかった。この研究所から抜け出す唯一の手段は、コンクリートの壁の近くに生えている大きな木を登り、そこから壁に飛び移るといったもの。多少の危険があるが身軽な子供にとって、木をよじ登る事は、大して難しい事ではなかった。


「燐、早く!」

「豊、忠司、英雄、お前達は、先に行ってくれ」


既に壁に飛び移った3人に俺は、そう言った。俺は、未だに木に登るのを怖がっている翔太をなだめて居た。


「ほら、行くぞ。早くしないと見つかる」

「うん」


俺が先に木に登り、下にいる翔太に手を伸ばした。翔太の手を強く握り締め俺は、木の枝の付け根に翔太の身体を引き上げる。その時、


「居たぞ!! あそこだ!」


と、叫び俺達の方へ警備員が走ってくる。


「チッ……見つかった。翔太、早くしろ」

「待ってよ……」


翔太がもたついている間に警備員の男の一人が翔太の足を掴んだ。そのまま警備員の男は、翔太の足を引っ張り引きずり下ろそうとする。俺は、とっさに翔太の右手を掴んでいた。


「クッ……」


俺は、この時何を考えていたのかは、もう思い出せない。風化した記憶の残片しか思い出せない。だがこの時、俺は翔太の気持ちを裏切ってしまったのだ。あの時、「俺が護ってやるから」と翔太に誓ったのに。俺は、この時翔太の手を離したのだ。俺自身がこの地獄から抜け出す為に翔太を犠牲にした。あの時の翔太の驚いた顔を俺は、忘れる事ができない。そして、6年後。同じ高校で再び翔太と出会えた時は、本当に嬉しかった。生きていただけでうれしかったのだ。しかし、6年ぶりに再会した翔太の瞳には、憎しみの色が滲んでいた。空白の6年間に翔太に何があったのか俺には、解らない。

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