第28話 お茶会 4
※今回の話を読む前に……。前回の投稿分に関して1000字以上の加筆を行っております。ちょっと二人の絡みを足した感じです。
25人程度のPVではありますが、改稿分まだ未読の方はどうぞ。
―――――
私達の表情を見ればすぐに気がつくのだろう。少し私達をからかうような調子で聞いてきたミネルバ様とヴォルフガングだったが、すぐに様子が変だと顔を曇らす。
「……あら。あまりうまくいってないの?」
「そ、その。この学院に来て始めて殿下とお会いしたので、まだ、その……」
慌てて私はごまかそうとする。
「うーん。そうね。まだ一ヶ月経ってないから街にも出れないのよね。デートしたりは、それからかな?」
「そ、そうですね――」
「ウィノリタ、良い」
ミネルバ様の質問に必死に答えようとした時、その言葉を殿下の言葉が遮った。
冷たく、重い、心に来る響きで。
「殿下?」
「ルー姉には言っておこう」
殿下は心を決め、全てを語ろうと私を見る。それに反して私の心はザワザワと乱れていく。
「言っておく? 何かしら」
「俺達は、……許嫁の関係を解消するつもりだ」
ミネルバ様としても予想外の返答だったのだろう、驚いたように目を見開く。
「解消? 本気なの?」
「こんな事、冗談では言えない」
「だけど、ウィナもそれは了承してるの?」
驚いたようでミネルバ様が私に尋ねる。当然その答えは「はい」だ。
しかし、何故か私の口はその言葉を紡げなかった。
たった二文字の言葉が。とても重く感じてしまう。
「あ、あの……」
……なんで?
これは私から言い出した事。殿下との婚約を避け、断罪ルートから抜ける。そして、エリーゼと殿下の幸せを、見守ること。
それなのに、私はセリフを忘れた女優のように、泳ぐ目でミネルバ様を見つめていた。
「どういうことなの? リック」
「違うっ。二人で話して決めたんだ。そうだろ? ウィノリタ」
ズン……。
殿下の言葉に私は心を震わせていた。
答えなくてはいけないのは分かっている。しかし言ったら終わる。そんな思いが、不思議と恐怖を感じさせていた。
……それでも私は殿下の顔を見て必死に答える。
「そ、そうです」
……言えた。これで良い。
私たちをじっと見ていたミネルバ様は黙ったまま目を細める。
やがてため息交じりに言葉を吐き出した。
「そう、なの……。陛下はそれを?」
「外出の許可が降り次第、父に許可を得るつもりなんだ」
「しかし、陛下それを許可すると思って?」
「そ、それが、二人の気持ちなら。無理やり結婚までさせることは無いだろう?」
「……そうかしら?」
「ん。どういうことだ?」
「陛下とウィナのお父様は学院の同級生という話は?」
「……聞いている」
「陛下は元々王位継承権は二位だった。そしていまだに王兄を持ち上げる派閥があるということは?」
「……分かっている」
「単純な話として、貴方たちの申し出は自分たちの気持ちだけの話なのよね。だけど貴方たちの関係はそういった政治的な絡み、陛下とアンバーストーン侯爵との関係もあるの。そんな大事なことが簡単に覆せるのかしら?」
「……」
……え? 王子の意向で許嫁の関係を簡単に解消できると思っていたのだけど。
ミネルバ様は瞬きもせずに殿下をじっと見やる。まるで困った弟を見つめる姉のようだ。そして表情を緩めると、優しく尋ねる。
「……ふぅ。リック。貴方好きな方がいるのね?」
「え? いや……」
「私には嘘をつかないで。それ以外、考えられないでしょこんな話」
「…………ああ。そうだ」
ズキッ。
――え? なに? 今の。
殿下がエリーゼの事を好きだという話なんて、ずっと知っていたことじゃないの。なんで私は少しショックな気持ちになっているの?
戸惑いの中、ミネルバ様は今度は私にも同じ問いをぶつけてくる。
「それで、ウィナ。貴女も好きな方がいるの?」
「い、いえ……」
「ふふふ、貴女も同じ答えを? 居ないのに許嫁を解消したいの?」
「わ、私は……」
好きな人? それはどういう存在?
私は前世で、この世界の本を手に取り。読みふけった。小説の主人公であるエリーゼ視点で世界を見つめ。エリーゼと一緒に恋をする。そしてその相手は、フェリックス王子。
それって……。私の恋と別なの?
ずっと解消したかった許嫁の関係が、現実味を帯びる中、私は自分の気持ちが分からなくなっていた。
「ウィノリタ。お前から言い出したのだろ?」
言葉を詰まらせる私に殿下の声が聞こえる。
そう、私が言い出した話。
……。
「私は……。殿下の許嫁として認定されてから、殿方と話すことも出来ず……」
「……ん? そうね。でもそれは貴族として産まれた貴女の義務でもあるのよ」
「……はい。でも……」
目の前のミネルバ様は、貴族として、王族として、政略結婚が決まっている。相手となるヴォルフガングとは今はいい関係築いているが、元々は私と同じように見も知らぬ相手との結婚が早くから決まっていたのだ。
そんなミネルバ様に、自由な恋愛をしたいなどと……。
「……」
「……ふう。まあいいわ。二人とも許嫁を解消したい気持ちは変わらないのね?」
「……はい」
「でわ。どうして貴女は涙を流しているの?」
「え?」
ミネルバ様に言われ、ようやく気付く。手の甲に落ちた涙。私の頬を伝う涙。
余裕をなくした私は、それすらも気が付かないでいた。
「こ、これは……。何でも無いですっ。目にゴミが入っただけですっ」
「そうね。うん、ごめんなさいね、色々言って」
「いえ……」
「……わかったわ。私も出来るならお手伝いします」
「え?」
「良いのか? ルー姉」
「そんな顔見ちゃったんだもの……。仕方ないわ」
ミネルバ様が困ったように笑う。
そっと視線を殿下の方に移せば、殿下も私と同じように困った顔をしていた。
――どんな顔をしていたの? 私。
その後少しお茶会の雰囲気が落ちてしまう。当然だろうが。
なんか、ここのところお茶会をするとそういう事が多い気がする。
……。
……。
それでもミネルバ様や、ミーシャの気遣いでお茶会が終わる頃には気持ちは少し楽になっていた。
ミーシャとヴォルフガングはミネルバ様の片付けを手伝うからと、私達二人は先に帰るように言われる。
と言ってもだ。
誰もいない廊下を二人で歩いていくのは精神的に重すぎた。
カツカツ……。
無人の廊下の中を、わたしたちの足音が響いていた。
この感じ……。なんとなく入学式の後の、ダンスの話をされた時を思い出す。あの時は、私に苛立つ殿下が口を開くこと無く黙々と歩き続け。私は黙ってその後をついていった。
……そして。
ん?
あの時と同じ様に、急に殿下がその歩みを止める。どうしたのかと殿下を見上げれば、なんとも言えない顔で私を見下ろしていた。
「お前が。……望んだんじゃなかったのか?」
「え? ……そうです」
「じゃあ何でっ!」
その語気に思わず私は目を瞑ってしまう。そうだ。確かに私から許嫁の解消は言い出したんだ。それが、あんなんじゃ、殿下が無理やりやってるようにミネルバ様だって思ってしまう。
怒るのは当然だった。
「ごめんなさい……」
俯き、目を閉じ。私はなんとか言葉を絞り出した。
「……」
だが殿下からは無言の返事が届く。その重い沈黙に私は押しつぶされそうになる。
「ごめんなさい……」
「……もういい」
「ほんどに……よぐ……わがらなくて……ヒック……」
「もういい! くそっ。なんなんだっ」
再び前を向き、殿下は歩き始める。
……そう。小説の設定でも、殿下は紛れもなく人格者として描かれていた。悪役令嬢以外には誰にでも優しく、そして立派だった。
今回のことで殿下が、自分のわがままで私を苦しめた。そう感じさせてしまったのかもしれない。
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