第29話 独白

 一体何度目だ。

 こんな気分で寮に戻るのは。


 今日は休みの日ということもあり、一階の食堂でお茶などを楽しむ学生も多い。ガヤガヤと人の気配のする食堂を尻目に、私はそっと顔を伏せながら一気に自分の階へと駆け上る。


 と、階段を駆け上がったところで、階段から降りようとする人影が現れた。


 アマリアだった。


「あっ……」

「おかえり。ん? ウィナ? お、おい。どうしたんだ?」

「な、何でも無いの」


 きっと酷い顔をしている。私はアマリアの脇を走り抜けようとする。


「待って」


 その時、アマリアの伸ばされた手が私の腕をグッと掴んだ。


「私は大丈夫だってっ!」

「ウィナ。私達は友達だろ?」

「そ、そうだけど……」

「たった三週間程度の間だけど、ウィナの事は友達だと思ってる」

「わ、私だってっ」

「ハンナのように長い付き合いは無いし、大したことは出来ないかもしれないけど、何かしてあげたい。そんな顔をしたウィナを放っておけない」

「アマリア……」


 そう。アマリアも最高に良い子だ。小説の中では悪役令嬢に酷いことをされるエリーゼを真っ向から手を差し伸べてくれる。正義感のあふれる子だ。

 だから、私は学院にやってくる前からアマリアが大好きだったし。ずっと会いたかったんだ。


 アマリアの優しい表情に、つい心が緩む。


 同時にずっと堪えていた涙が、頬を伝う。


「……愚痴、聞いてくれる?」

「ああ、聞く。」

「お茶も飲もう?」

「うん、良いよ」

「甘いのも食べたい」

「ははは。それじゃあウィナは部屋で先に楽な服にでも着替えていて。私は食堂でお菓子を取ってくる」

「うん。待ってる」


 入学から一か月は私たちは街へ出て行ったりすることは出来ない。その為、食堂ではこの一か月間は食事時間以外にもお茶やお菓子は食べれるようになっている。

 つい今も、夕食前に小腹が空いたアマリアが何かつまむものでも、と下に降りようとしていたようだった。


 

 ……。


「大丈夫! 大丈夫だから!」


 部屋に入って早々、ハンナが慌てたように駆け寄る。この後にアマリアが来てくれる。やっぱり相談できる友達がいるというのは心の支えになる。

 ハンナだって、相談できる大事な友達だと思うけど。ちょっと過保護だから結局いつも甘てしまう。


「大丈夫って、ウィナ。お茶会で何かあったの?」

「……すぐにアマリアが来るから」

「アマリア様が?」

「うん。そしたら、ハンナにもちゃんと話す」

「……わかりました」


 ハンナは着替えを手伝おうとするが、すぐにアマリアが来るからと、お茶の用意をするようにお願いする。洋服くらい脱げるし。


 ジャケットを脱ぐとちゃんとハンガーにかける。これをやらないとうるさい人がいるから。そしてシャツは……。ボタンを少し外して脱ぐ……。

 

 あ、駄目だった。


 もう一度着直して、今度は全部のボタンを外していく……。タイトな服は無理が出来ないのよね。


 視線を感じて後ろを振り向けば、お茶の用意をしてるはずのハンナがじっと監視してる。私はあっかんべーをしながら、パンツも脱ぐ。


 着替えは既にハンナが用意してあった。薄手のワンピースにカーデガンを羽織る。ほぼ家着のようだけど。アマリアなら気にしないわ。



 そうこうしているうちに扉がノックされる。扉を開けると、両手にスコーンが盛られたお皿を持ったアマリアがいた。


「それで、何があったんだ?」

「うん……」


 さて、どこから話せば良いのか。

 私のとなりでは、ハンナも椅子に座って聞く気まんまんだ。


「実は……。殿下との許嫁の関係を解消しようと決めたの」

「へ?」

「ど、どういう事だ?」


 二人共、その一言で顔色を真っ青にする。それは当然だ。殿下と結婚するということは将来の王妃になることを意味する。これはとても名誉な事でもあるし、それを断ろうなんて普通じゃない。しかも王子はイケメンで性格の評判もいい。誰もが羨む事だ。


「しかし、決めたと言ってもウィナの方からそんな事は言えないだろう?」

「うーん……。入学式の日に言っちゃったわ」

「な、なんだって? 二人であんな素敵なダンスをしたじゃないか。一体……」


 もう始めて会った時にその話が出ていた事に、アマリアが愕然とする。だが、ハンナは思い当たったようだ。


「入学式の後……。あの時もウィナは泣きながら部屋に戻ってきたわね」

「な、泣いてないわよ」

「その時なのね?」

「……うん。オープニングダンスを頼まれて、私は断って、その事で殿下と揉めたの」

「揉めた時に、解消を言ってしまったのね?」

「うん……」

「ああ、ウィナ。貴女ずっと殿下との結婚を嫌がっていたけど。それ本心からだったのね?」

「そ、そうね……」


 私の言葉にハンナは両手でこめかみをグリグリとマッサージしながらため息をつく。ハンナは基本的に我が家、アンバーストーン家の立場で物を考えるのだろう。侯爵家が王家からの縁組を断るなんて言語道断だ。

 とんでもないことをしてしまったと困惑している。


 魂が抜けているハンナを置いて、話は続く。もちろん許嫁の解消の本当の理由などは言えない。言うのは時系列的な話になってしまう。


「それで、今日、殿下がミネルバ様に許嫁の解消の話をしたの。陛下の許しをもらうのに少しでも仲間が欲しかったみたいで」

「ウィナ、話は分かったが……。しかし私にはウィナがとてもショックを受けているように見えたんだ。……本当に許嫁を解消したいのか?」


 話を聞いてたアマリアが私の目をじっと見つめて聞いてくる。

 その真摯な目に私は思わず目をそらしてしまう。


「本当は、殿下が好きなんじゃないのか? 許嫁の解消だって、本当はしたくないんじゃないのか?」

「……本心なの、これは」

「だったらなんで……」

「私は殿下が好き」

「……」

「でも結婚はしたくないの」

「ど、どういう事だ? 王家の重圧とか、そういうことか?」


 言うべきか。言わないべきか。……悩むところでも無いのか。もうアマリアは大事な相談相手。


「……ここだけの話。殿下には心に決めた相手がいるの」

「なっ……。そんな……」

「分かるでしょ? 私は……。そんな結婚耐えられない」

「そういう、事だったのか」

「ごめんなさい、色々心配をかけてしまって。でも。ほら。私達は若いのよ? まだまだ色々なお相手と出会えるチャンスはあるわ?」

「うん……。そう、だな」


 ようやくアマリアも話が繋がったと感じているのだろう。本当に悲しそうな顔で私を見つめる。私は立ち上がりギュッとアマリアを抱きしめる。


「大丈夫……。私は大丈夫……」

「だが、あまりにも――」

「私にはアマリアのような友達が居るのよ。それって……。こんな事も消し飛ぶくらいの幸せなことなの」

「ウィナ……」


 アマリアを抱きしめながら、ハンナの方をみる。ハンナはなんとも言えない微妙な顔で私を見つめていた。


「ふふふ、ごめんね、私にはハンナも居たわね」

「私は……。そうですね。ずっとウィナの側にいますから」

「二人共ありがとう」


 悩みというのは、誰かに喋るだけでその重さをかなり減らすことが出来る。

 自分が転生者なんてことは言うことは出来ないが。喋れる中で十分に吐き出すことが出来た。


 大丈夫。


 きっと明日は、楽しい。

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