第27話 お茶会 3


 お茶会では主催のミネルバ様が細かく私達の気を利かせ動いてくれる。用意されたお菓子はあまりこの世界で見たことの無いものだった。

 カラフルな透明感のあるサイコロ状の固形物で、一見グミとか寒天を使ったゼリーなのか、それともお餅のようなものなのか。


 各々が自分の取皿にお菓子を取っていく。私は自分の分を取ろうと手を伸ばしたところでふと、自分の立場を考える。


 ――やっぱり、ここは殿下のを?


 そう思った私は、殿下の皿にお菓子を取って載せていく。色とりどりのお菓子が並ぶが、確か殿下の好きな色は緑だったか。緑を中心に殿下が好みそうな色の菓子を何個か取る。


 ――それから、お茶は確か……。


 小説の設定では、殿下のお茶の好みはかなりマニアックに書かれていた。アマリアと同じミルクを先に入れる。そして、砂糖は角砂糖半個分。これも先入れだ。


 中世を舞台にしたファンタジー恋愛小説で、角砂糖というのはどうなのか分からないが、この世界では庶民は砂糖の塊を自分たちで砕いて使い、貴族などは角砂糖を使うというのが一般的だ。


 私は角砂糖を一度自分の取皿に置き、砂糖用のトングで半分に割る。そして殿下のカップに入れた。


「ん?」


 それを見て殿下が驚いたように言葉を漏らす。その声に私の手が一瞬止まる。

 小説の知識で殿下の好みは知っていたが、今の私が知っていたらおかしいだろうか。少し逡巡した後に、私は再びその手を動かす。


 もう、今更だ。知ってるんだからやってあげればいいわよね。


 ミルクのポットに手を伸ばし、カップの中にミルクを入れていく。


「ん?」


 今度は私が言葉を漏らす。ミルクは普段使っている牛のミルクとまるで違う。少し黄色味がかった色で、不思議な光沢がある。

 しかもヨーグルトかと思えるほどのモッタリ感で、一瞬生クリームなのか? と戸惑う。その場合のミルクの量は少し減らしたほうが良いのだろうか……。


「ふふふ。アウドムラの乳なのよ」


 私の戸惑いに気付いたのだろうか。ミネルバ様が私に教えてくれる。


「アウドムラの……そんな貴重な!」

「良いのよ、ウィナと始めてのお茶会だもの。そのくらいは手配させて」


 アウドムラは、神獣とも呼ばれ、国の管理下にある嘆きの森に住んでいる。そしてその乳は森の管理官により定期的に搾乳され、王家に提供されるもので、侯爵家たる我が家でもとても手に入るような物ではなかった。


 これが公爵の……。いや。ここには殿下も居るし、エンバラ王国の王子も居る。普通にこういった食材が出てもおかしくないのかもしれない。


 私は、同じミルクであればと、そのまま角砂糖が隠れるくらいのミルクを入れる。


「うーん。そうね、リックのお茶はウィナにお願いしようかしら」

「あ、はい」


 お茶会では最初のお茶は幹事である開催主が入れるのが普通なのだが、私の様子を見てミネルバ様がその役を任せてきた。

 断る事もできずに私は、そっと丁寧にカップにお茶を注いでいく……。


「どうぞ……」

「あ、ああ……」


 上目遣いに殿下を見れば、少し戸惑ったような返事が帰ってきた。


 ――でしゃばりすぎたかしら……。


 上品な紅茶の香りの中、私は自分がどうしたら良いのか未だに見えないでいた。


 ……。


 そして私のカップにも紅茶が注がれ、お茶会は流れるように始まっていく。


「ふふ、お茶が冷めてしまうので手短に。やっと学院へ帰ってきて、ミーシャと再開できたこと、ウィノリタとようやく出会えたこと、とても嬉しく思います。今日はゆっくりと楽しみましょう」


 簡単に挨拶を済ませたミネルバ様が私をみてにっこり笑う。

 それだけで蕩けるような気持ちになる。まさか、殿下とエリーゼ以外にもう一人の推しが出来るとは……。


 始まると私は早速気になっていたあのカラフルなお菓子に手を伸ばす。フォークを刺すと軽い抵抗感を残しススっと入ってく。密度は結構高いのか思ったより重量感を感じる。そして食べて驚く。なんと、味は完全に羊羹だ。


 思わぬ味覚に、私は懐かしさに包まれる。


「どうかしら。美味しいでしょ?」

「はい。このお菓子って、街で流行っていたりするのですか?」

「うーん。特に流行ってはいないわね。ヴォルが作ったのよ」

「ヴォル様が?」


 驚いてヴォルフガングの方を見る。確かにこの国ではなかなか見ないお菓子だ。異国のお菓子と聞けば納得は出来るが、それを王家の人間が作るとは……。

 ヴォルフガングは少し恥ずかしそうに答える。


「父にはよく怒られたけどね。厨房に出入りするなんてって」

「そ、それはそうでしょうね」


 この世界ではなかなか珍しいかもしれない。確かに料理を趣味にする人間は居るには居るが。でも、日本のような飽食の世界ではない。料理を趣味として出来るのはかなり豊かな人たちで無いと無理なことも確かだ。


 話によると、ヴォルフガングは特にお菓子作りが好きなようで。このカラフルな羊羹の様なお菓子はヴォルフガングの国であるエンバラでは、庶民がお祝いの時に作るお菓子らしい。

 お祝いだからカラフルなのだろうが、色によって味はそこまで変わらない。この世界のお菓子にしては甘みは強めであり、お茶がよく合う。


 そして、そのお茶。


 この紅茶はなんだろう。気になってミルクを入れる前に飲んでみたけど、すごい美味しい。田舎から来た私には知らない銘柄なのだろうか。そんな私の様子をじっと見ていたミネルバ様が聞いてくる。


「どう? 美味しいでしょ。エンバラ産の茶葉なの」

「これもヴォルフガング様が?」

「いえ、ヴォルのお母様、王妃様から手土産にって頂いたのよ」

「なるほど、あまりこちらでは見かけないフレーバーですね」

「そうなの。良かった。ウィナも紅茶は好きなのね」

「はい」


 ミネルバ様が私の顔を覗き込むようにニッコリ笑う。やはりその威力たるや、同性の私がドキドキしてしまうほどだ。


「このお茶、ミルクも合うから入れてみて」

「あ、はい」


 ミルクポットに手を伸ばし、ミルクは先程の様にトロっとした感覚で、ポトンと紅茶の中に沈んでいく。


「すごい……」


 アウドムラのミルクは、見た目ほどコッテリとした感じでもなく、かと言って主張が弱い訳では無い。独特の香りもあり、その香りが紅茶の香りを生かしたままそれを下から底上げするかのような感じだ。


 私は始めての経験に軽く感動していた。



 そして私達は美味しいお茶とお菓子を食べながらゆったりとした時間を過ごす。


 話は主にエンバラへ行っていたミネルバ様の話が中心になっていた。


 エンバラという国名は、元々地方の名前であったという。我が国の南側に沢山の小国が集まる地域があり、そこの複数の小国をまとめてエンバラ地方と言われていた。

 世界の趨勢が少しづつ大国主義に傾く中で、エンバラもまた小国同士を合併させ一つの国家として変遷していく。


 南側にはまだ小国が完全になくなった訳では無いが、かなりの国が集まりそれなりの大きさの国へとなっている。


 我が国は昔からエンバラとは交易も盛んで、関係は良好であった。

 ミネルバ様の婚姻も両国の関係維持のための政略結婚ではあったが、お茶会での二人の関係を見る限り、二人の仲は良好のようだ。


 どうしてもそういった二人の関係的な事を聞いてしまうのは乙女の性だ。他人の恋愛話ほど楽しいものは無いわよね。始めてあった時のお互いの印象とか。


 しかし、二人の反応はそこまで芳しくない。


「ああ、まあ……。始めはな」

「貴方が失礼なことを言うからよ」

「そ、そうだな。ま、まあそれでルーの強さが見えたのもある」


 二人が初めてあった時の話のようだが、何を言っているのかさっぱりわからない。一体何が起こったのか、頭を悩ませていると、殿下が率先して聞いてくれる。


「ルー姉の強さ? どういうことだ?」

「あ、いや、まあ……。なんというかな。始めて会ったときは、その……。結婚するにはまだ若い。そう、学生だからな。まだ学生じゃないかと……」


 ヴォルフガングの言葉が妙に歯に物が詰まったように、言いづらそうだ。


「ま、良いじゃないか」

「まさかヴォル……。あの言葉を?」


 殿下がちょっと怯えたような表情で尋ねると、ヴォルフガングも何か幽霊でも見たような顔でうなずく。


 ――あの言葉って……やっぱり。


「ヴォルが失礼なことを言うのだもの。少しおいたが過ぎたのですよ。ほほほ」

「まさか結界の魔導具が壊れるとは思わなかったよ」

「あれは不良品だったのじゃなくて?」

「王家の人間がそんな物持つわけが無いだろ」


 うわぁ。ガチで攻撃しています。ミネルバ様……。

 初対面で「可愛い」とか言っちゃうのはしょうがない気もするが。むしろヴォルフガングは婚約者が予想以上の子供で、「こんな子供と結婚なんて出来るか」と言った反応だったようだ。


 それが痛いしっぺ返しを食らい、その結果ヴォルフガングがミネルバ様の強さに惚れ込んだという流れのようだ。



 ミネルバ様やヴォルフガングも、そんなふうに自分達の話ばかりしていると、仕返しがしたいのだろう。今度は矛先がこちらに向く。


「で、お前らはどうなんだ?」

「そうよ、リックとウィナ。二人はとてもお似合いよね」

「え……」

「いや……俺たちは……」


 当然のことながら私達は返答に窮する。作り笑いをしたまま殿下の方を見れば、少し真面目な顔をした殿下が何かを思い悩んでいるように思えた。

 

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