第26話 お茶会 2
それにしても、殿下の私服姿は久しぶり。と言っても一度街の中で逢っただけだけど。三つ揃えのシングルのスーツ。色もグレーの落ち着いた色。それも若いくせにちゃんと似合っているからずるい。
後ろを歩く私はダブルのスーツ。まるで殿下の秘書になった気分になる。
「ここだな」
「はい。社長」
「ん?」
「いえ、なんでも……」
階段を登り、なんとかラウンジまでやってきた私達は、学院の部屋としては少々重厚感のある扉をの前に居た。ここが指定された部屋だった。扉にはミネルバ様の手紙にある部屋の名前、「モズライト」と書かれている。間違いないだろう。
早速開けようとして、ラウンジの扉に手を掛けた殿下の動きが止まる。
「……」
「どうなさりました?」
「ああ……。一つ大事なことを忘れていた」
「大事な、事?」
また何か釘をさ刺されるのだろうか。私はぐっと身構える。しかし、殿下の口から出たのは意外な言葉だった。
「ルー姉に、言ってはいけない言葉がある」
「言ってはいけない?」
「ああ……。何があってもルー姉に、可愛い。と言うなよ」
「可愛い? ミネルバ様に対してそのような言葉を言うわけがないではないですか……」
全く殿下は何を考えてあるのだろう。目上の人に対してそんな。
「お前だから言うんだ、その見た目に反してだいぶ抜けているからな」
「失礼です。そんな……」
「大丈夫ならいい。開けるぞ」
そういうと殿下は私の声を待たずにドアを開いた。
ラウンジは中世的なゴージャスな物かと思いきや、グレーを基調としたシックな部屋だった。高級ホテルのラウンジの様なソファーが置かれ、カーテンの開かれた窓からは王都の家々が見渡せる景観だ。
そんな部屋のソファーには既に先客が居た。扉が開くのに反応した男性がゆっくりとこちらを向く。なんとなく浅黒い感じで、南方系の顔立ちをした男はこちらをみて嬉しそうな顔をする。
「おお、リック。久しぶりだなあ」
「ヴォグさん? ……そうか来ていたのか」
「ああ、嫁の通う学院というのも見てみたくてな」
なんだろう、殿下に対しても対等な感じで……。ヴォグ? ……まさか。
その男性を再び見れば、胸のあたりに国内ではまず見ない紋章が掲げられていた。そう。隣国の王家の紋をあしらったものだ。つまり……。ヴォルフガング・ステイモア。隣国の第三王子だ。
そして今、ヴォルフガングは「嫁の」と言った。間違いないだろう。他国の王子だ。私は少し気持ちを引き締める。
「うんうん、リックも素敵な女性を連れてきたな」
「とんでもございません。お初におめにかかります、ウィノリタ・アンバーストーンと申します」
「なるほど、君がウィノリタ嬢か。ミネルバから話は聞いている」
「お恥ずかしいです。お耳汚しにならなければ良いのですが」
「はっはっは。随分と気に入られているようだぞ」
ヴォルフガングは豪快に笑う。見ていて気持ち位くらいだ。そして……。
――そうだ。ミネルバ様は……。
部屋の奥の方に目を向ければ、ちょうど一人の少女がお盆を手にこちらに向かって歩いてきた。ミネルバ様の御付きの子だろうか。
それにしても、私はその少女の美しさに愕然とする。
まるで、お人形さんのよう。というのはまさにこの少女の事を表現するために生まれた言葉なのかもしれない。そう思えるほど、整い、白く透き通るような肌に、大きめの目がキラキラと宝石のように輝いていた。
「あらまあ、ミネルバ様のメイドさんかしら? なんて可愛――」
「ウィノリタ!」
「へ?」
私がその少女に声をかけた瞬間、殿下の鋭い声が飛ぶ、私は慌てて振り向けば怒りの眼力を最大にして私を見つめている殿下が居た。そして、プルプルと小刻みに首を横に振る。
――え? ま、さ、か……。
途端に先程の殿下の注意事項が頭をよぎる。
――可愛いと言ってはいけない。
……。
私は嫌な予感の中、ゆっくりと少女に向き直る。そこにはピクピクと引きつった笑顔の少女が私を見上げていた。
「……良いのよ。大丈夫。何か言い間違いをした。それだけ。ね?」
「は、はい……」
「私は四回生。貴女よりも四つも大人なの。わかるわね?」
「す、すいません」
「別に謝ることじゃないわ。ちょっとした勘違いだもの。お手紙の友達とようやく会えたのだから今は素敵な気分よ……」
「ははは……」
確かにミネルバ様は四回生だから、私より四つも上なのよね……。それなのに何? この異常な可愛らしさ。まるで年上感がないわ。
私はミネルバ様を見下ろしながら、こんな子が結婚? などという不謹慎なことまで考えてしまう。
そしてその視線をヴォルフガングに向ける。
ヴォルフガングは苦笑いをしながらウンウンとうなずいていた。
……。
……。
私の頭の中で想像していたミネルバ様と、全く違ったミネルバ様の登場に少しパニックになったが。少しづつ現実を受け入れていく。
確かに、ミネルバ様は主人公と絡むこと無く卒業していく存在だ。もしかしたら結婚して外国へ嫁いでいく話がどこかに書いてあったのかもしれないがその容姿などの記載はまったくなかったと断言できる。
殿下の言うことがようやく理解した私は、できる限り普通に接する。その可愛らしさに思わずニヤけそうになってしまうが、それも良くないのだろう。
容姿のコンプレックスは本人にしかわからないものだ。なるべくそれを感じさせないように。だわ。
「ヴォルはもう紹介したわね。そして、ミーシャは私の同じ学年で仲良くしてもらっている友達なの」
「ごきげんよう。今日はルーもウィノリタさんに始めて会えるととても楽しみにしていたの。緊張してしまうかもしれないから私に付いてきてというくらい」
「ちょっと、ミーシャ。そんなんじゃないんだからね」
「はいはい。分かってますよ」
二人は確かに気心のしれた友達のようだった。むしろこの場では、気心の知れるような仲間が居ないのは私だけかもしれない。
殿下は、ミネルバ様の従弟になるわけだし、ヴォルフガングはミネルバ様の婚約者。そして、親友のミーシャ。
少しだけ孤独を感じないでもないが。
「そろそろお湯が湧くころね。それでは始めましょうか」
こうして学院に来て始めてのお茶会が始まった。
※あーん。まにあわない
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