第25話 お茶会

 部屋に帰り、手紙を開く。そこには見慣れたミネルバ様の文字が並んでいた。形もバランスも素晴らしい、丁寧で綺麗な字体が並ぶ。そしてそこに乗るのは優しい言葉の数々。


「ああ。お姉様って呼びたいわ!」


 ベッドの上でミネルバ様の手紙を胸に抱き。私は幸せな気分に浸っていた。


「もう、いつまでそうやって居るんですか」

「うーん。ご飯の時間まで?」

「放っておくと本気でそうするのよね……この子」


 お茶会は明日の午後二時半で指定されている。場所は学院にあるラウンジの一つだった。


 元々王立学院が貴族の子供達の社交場として考えられていたため、お茶会などの開催に使えるラウンジが何個かある。

 身分のあるミネルバ様が開催するのだ、おそらく会話なども周りから聞こえない場所を選んでいるのだろう。


 小説の中では、貴族たちに嫌がらせされる中、エリーゼがお茶会の幹事をする羽目になと言うイベントはあった。しかしその時は悪役令嬢による嫌がらせが発生し、すべてのラウンジが予約で埋まってしまう。

 小説では困ったエリーゼが、中庭で急遽お茶会を行うという話だった。そのために小説内にラウンジはあまり出てこない。


「ねえ、何を着ていこうかしら」

「ミネルバ様のお誘いでしたら、それなりの格好をしたほうがいいと思いますが」

「うーん……。そうね、シックな感じで行こうかしら」

「いいと思いますよ、初めてお会いするのでしょ? 何か服装に関して書いてありませんか?」

「何も書いてないわね。これは……私のセンスを見ようと言う事かしら」

「そこまで考えてはおられないと思いますよ」


 お茶会と言えば基本的にドレスが多いだろう。ただ同じ社交場でも、夜に開かれるパーティーとは違い、昼に行われるものなのでガッチリした正装というわけでもない。


「あ、あれはどうかしら。ほらチェックの?」

「チェックのドレスなんてありましたっけ?」

「ドレスじゃなくて、スーツよ。パンツルックの。あれ可愛いけどなかなか着る場所が無くて」

「ええ? でも始めてお会いするならドレスが無難じゃないですか?」

「いいの。決めたわ。出来る女性を演出したいのよ」

「出来る女性、ねえ……」

「……なにか?」

「いえ。いいと思います」


 チェックのスーツは、ブラウンベースでチェック柄のダブルスーツだ。少しパンツはピッタリとしたデザインで女性らしい体のラインを出すため、男装といった雰囲気にもならない。

 これは完全に私の前世の記憶なども織り交ぜて作ってもらった服で。一応父親が着ていたスーツを見て、自分も似たようなのを着たいと、出入りの仕立て屋に無理してお願いした物だ。


 この世界でもズボンを履いた女性は珍しいわけでは無いが、男性の着ているスーツを女性向けにアレンジしたものは見たことがない。


 つまり、ミネルバ様に個性を見せつける良い服ではないだろうか。という算段なのだけど……。


 そう決まると早速クローゼットに行き、下に着るシャツなどを見繕い始めた。




 ……。


 翌日昼前までたっぷりと睡眠を取る。もしかしたらハンナが起こさなければ約束した時間まで寝続けていたかもしれない。私は慌ててシャワーを浴びて食堂に向かう。


 休みの日でも寮の食堂はやっている。いつもと違い、軽めの昼食をとりすぐに部屋に戻る。


「そうか、ミランダ様がお帰りになられたんだね」

「うん、まだ私も手紙でしかお話したことが無いから、もう少し仲良くなったらアマリアも紹介するわ」

「お、ウィンスロー家とはあまり繋がりがないから助かる」

「へえ、そうなのね。確かにシルバーレイク領とは国の反対側だものね」

「そうなんだ。というかうちの親はそもそも他の家との付き合いをあまり真面目にしていないからね。学院にいる間に私が少し頑張らないと……」

「でもアマリアはお兄様が居るのでしょ?」

「兄も、父に似て脳筋だからなあ……。学院に在籍した四年間で嫁も見つけられなかったと母親が嘆いていたよ」

「ふふふ。でも辺境伯様ならいくらでもお話は来るのでは?」

「まあ……。常時戦場みたいな兄たちだからな。ん? 良いなその服」


 アマリアは今日は特に予定が無いということで、一緒に食事をした後に私の部屋でお茶を飲んでいた。私はその横で着替えをしていた。


「へへへ。でしょ? けっこうお気に入りなんだ」

「それは仕立ててもらったのか?」

「そうよ。お父様と同じ生地を使って、おそろいのスーツをって」

「なるほどな。良いね」

「うーん。でもこういう服ってきっとアマリアの方が似合うと思うのよ、今度街に出れるようになったら作りに行きましょ?」

「そうだな……。でも私が着たら完全に男に見えないか?」

「大丈夫よ、ほら。パンツとかも少しタイトにすれば女性らしいラインは出るわ?」

「なるほどな。うん、似合うよ」

「ふふふ。ありがと。アマリアはここでお茶してていいからね」

「流石に家主が居ないのに、お茶なんて飲んでいられないだろ」

「良いの、ハンナのお話相手をしてくれれば」

「そうか?」


 そろそろ良い時間だ。もう一度私は姿見で自分の姿を確認する。鏡の向こうには出来る女風の私が涼し気に笑いかけてくる。


「うん、可愛い可愛い」

「ウィナ、アマリア様が笑っていますよ」

「え? あっ。違うの。ほらこうやって自分が自信を持てる様に暗示を……」

「はっはっは。気にしないで。ウィナは最高に可愛いよ」

「うん。ありがとう。……じゃ行ってくるわね」

「ああ、楽しんでおいで」


 こうして、アマリアとハンナに見送られ私は部屋から出ていく。

 お茶会が行われるラウンジは、校舎の一つに入っている。ミネルバ様は入学したばかりの私がその場所を知らないだろうと、簡単な地図まで付けてくれていた。


 この学院はかなりの敷地があり、様々な施設が充実している。教室などだけでなく、王立学院では四年間の学院生活を終えた後も、研究者として学院の残っている人達もおり、研究施設としての側面もある。


 そのため、学生ではあまり近づかないような建物も多い。




 会場のラウンジのある校舎も今まで入ったことのない校舎だ。


 ――うん。ここで良いんだよね。


 校舎の前で私はウキウキする気持ちを抑えきれず、地図を眺めながら思わず鼻歌まで歌っていた。


「みっともないからやめろ」

「へ? で、殿下?」


 突然後ろから注意を受け、私は慌てふためく。何でこんなところに殿下が?


「す、すいません……」

「まだ私の許嫁なんだ、あまりみっともない真似はやめるんだ」

「はい……」

「それにその服……。まるで男のようじゃないか」

「へ、変ですか?」

「ん……。いや。まあ……。それはそれでいいのか……」

「え?」

「なんでも無い!」


 今日も殿下は不機嫌そうな顔で私を見ている。でも小説の中でも確かエリーゼが鼻歌を歌いながら歩くシーンがあった。でもその時の殿下はそんなエリーゼが愛おしくてたまらないと言った感じで愛でていたはずだ。


 それがヒロイン補正というやつなのかもしれない。ただ……。私の服に関してはもしかしたら気に入ってくれたかもしれない。

 


 私は殿下から逃げるように校舎の中に入っていこうとする、だが何故か殿下も同じ方向に歩いていくる。


「あ、あのう……」

「なんだ?」

「殿下はどこへ?」

「……お前は何を言っているんだ?」

「へ?」

「お茶会に決まっているだろ?」

「ええ? ミネルバ様の? 私だけじゃ無かったんですか?」

「当たり前だ」

「すいません、気づかずに」


 そうか、だから殿下がミネルバ様に私の出席の返事までしたのか。完全に勘違いをしていた。

 私の中でお茶会と言うと女子会的なイメージになっていたため、殿下が出席するだなんてまるで考えていなかった。


 ――うわ……。せっかくミネルバ様と色々話そうと思っていたのに。


 ちょっぴり気が重くなる。いや、殿下が嫌いな訳じゃないが最近怒られる事がトラウマになってしまってる。今だって不機嫌そうにして……。


 そんな私の気など知ること無く、殿下は私の前をさっそうと歩いていく。


 当然殿下も私と同じ新入生だ。ラウンジの場所など知らない。ミネルバ様がくれた案内地図を片手に、思案しながら進んでいく。


 私はその後姿をうらめしそうに眺めていた。

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