第24話 お手紙

 それから私はなるべく息を殺し、目立たぬよう慎重に生活をしていた。授業にちゃんと耳を傾け、普通の学生のように過ごす。

 いろいろ気にかけてはいたがジャクリーヌもあれから目立った動きは見せていない。それなりに効果があったのかもしれないが、目を合わせてもちょっと睨みつけてくるようで怖い。嫌われてしまったかもしれない。


 あの日ジャクリーヌ達と言い争ったことは、噂として風の速さで広まっていった。

私としても、自分の無関係を証明したかった分、その噂による効果というのも期待したいところではあったが、どうなのだろう。


 相変わらずエリーゼもベッツィも、私が挨拶しても黙ったまま目を伏せてお辞儀をしてくるだけの日々は続いていた。これはとてもさみしい。


 殿下は……。どうなのだろう、私とジャクリーヌがそこまでの関係が無いのは分かったのだろうか。挨拶をしても、あの時のような強い嫌悪感を見せることは無かったが、殿下から話しかけてくることは無かった。

 

 

 それでもアマリアとテリー、ドリューの三人が居れば学園生活は普通に送れる。



 王立学院は、転生前の高校時代とはだいぶ違うなと感じていた。イメージでいうと大学でも行っているような気分だ。

 授業の講義はさすがに騒いでいれば怒られるが、眠っていても本を読んでいても基本的に放っておかれる。

 一つの授業の時間も、高校時代とは違って長い。一時間半くらいあるだろうか。


 授業の描写は小説にも有った気はするがそこまで詳しく書かれているわけでもなかった。そして、イベントのあるような部分だけが切り抜かれていたため、普段私はどうしていれば良いのかも悩む。


 設定では成績も優秀で……。だったことを考えると酷いプレッシャーよね。



 いつも後ろの方に座る私からは、皆の動きはだいぶ見えている。皆、ある程度座る位置は固定され始め、真面目な子らは前の方に、授業をあまり聞かない子達は後ろの方、といった景色になってきている。


 ……うん、私の位置は不真面目なポジションだ。テリーとドリューも一応はノートを取っているがちゃんと話を聞いているかと言うと微妙なところだ。

 ただ、アマリアはちゃんとやっている。私は邪魔をしないようにそっと教室を見つめていた。



 教室の演題では、実験装置のようなものが並べられ、先生が実験をしながら説明をしていた。


「良いですか。この様に火を燃やすことで、空気中の魔素が消費されるのです。その魔素の枯渇した空気の中に蝋燭を入れると……。この様に蝋燭の火も消えてしまうのです」


 なんと一年の授業では化学らしき授業も行われているのだ。火の魔法を使うにしてもその燃焼のメカニズムなどを知ることで具体的なイメージを魔法に乗せられるという話だった。


 ただ……。前世の記憶のある私には、どう考えても酸素が燃焼して二酸化炭素が発生しているだけに思うのだが、本当に魔素が関係あるとでもいうのだろうか。

 魔法という現象があるためにどうも科学が発達しきれていないといった感じに思える。


 最初はおかしくて、授業中に笑いを堪えるのが大変だったが最近は慣れてきている。


「ウィナは、あまりノートとらないんだね。特に魔素学は一度もメモをしているのを見たことが無いよね」

「え? ま、まあ……。多分ここらへんは家庭教師に教わっていたから、ね」

「なるほどね。でも魔素学はちゃんとやらないと、魔法の威力が伸びないと言うからね、大事だと思うよ」

「うん。そうね、ありがとう」


 魔法を使うというのはこの世界では、地球の読み書きとまでは言わないが、四則演算くらいに必須な物だ。やはり皆、結構真面目に聞いている。


 ――でもなあ。ちょっと稚拙で。


 こんな事を言ったら怒られるけど、この世界では磁力でもなんでも魔素で説明してしまうのだ。『理科』を履修していた私にはかなり忍耐のいる授業になってしまう。


 殿下も真面目に話を聞いている様子も、ここからだとよく見える。隣のクルーガーはちょっと退屈そう。クルーガーは完全に戦士タイプなので魔法を使うキャラでないのでそれは分かる。そしてその前には、エリーゼが真面目な顔で授業を聞いている。


 ――良いなあ……。私も仲良くなりたいなあ。


 この期に及んでまだそんな事を考えているのかと思われるだろうが、こればかりはしょうがない。


 

 この授業が終われば明日はお休みだ。と言ってもまだ街に出ていくなどは出来ないが、一日ベッドの上でのんびり出来ると思えば少し楽しみだ。


 ……ん?


 ようやく授業が終わりぞろぞろと皆が帰りの準備をしている中、殿下が立ち上がって私の方を向いた。先日酷く怒られたばかりの私は思わず身を固くし、警戒してしまう。


 ――な、なに?


 そのまま殿下がこっちにやってくる。視線は私に固定されている。間違いない。私も慌てて立ち上がり殿下を迎える。


「ウィノリタ嬢、少し良いかい?」

「な、何でしょう……」


 私の付近に座っていた他の生徒たちやアマリア達を意識しているのだろうか。ちょっと気持ち悪いくらいの爽やかな笑顔を見せつけながら私に声をかけてくる。

 これは怖い。私は引きつった笑顔でなんとか対応する。


「うん、少しいいか?」

「ええ、大丈夫です」


 私は返事をしながら殿下の次の言葉をまつ。しかし殿下は少しスマイルをピクピクとさせながら同じ様な言葉を繰り返す。


「……いや、話があるんだ」

「えっと? ……あっ! はい。すいません。大丈夫です」


 考えてみればそうだ。他の女生徒たちがうっとりした目で殿下を見つめ、男子生徒は何の話だろうと興味本位で耳を澄ましている。内容にもよるがなかなか人前で話を続ける状況ではなかった。特に私たちには言えない事もある。


 そんなことにも気づかなかったなんて。


 私は慌てて立ち上がり殿下の方に向かうと、殿下はそのまま付いてこいとばかりに、生徒のいない教室の隅まで歩いていく。歩きながらふと不安げにこちらを見つめるエリーゼと目が合う。


 もしかしたらジャクリーヌからのいじめが止まって、その話とかなのだろうか。


「私が話があると言ったら、すぐに来い」

「す、すいません」

「……まあいい。これを」

「? ……これは?」


 殿下の声は相変わらず棘があったが、先日の攻めるような口調では無い。なにかと思っていたら懐から一通の手紙を取り出し私の方へ向ける。


 手紙を受け取るとすぐに名前を確認する。


 ――ミネルバ……様?


 間違いない、筆跡もいつものミネルバ様の物だ。私がこの学院にやってくるにあたって、アマリアと並んで是非ともお会いたかった方だ。

 ミネルバ公爵令嬢。殿下の従兄弟たちの一人でもあり、小さい頃から手紙のやり取りをしていた方だ。


「これ、開けてよろしいのですか?」

「構わないが、後でゆっくり読んでもいい」

「そ、そうですね」

「お茶会の招待だ。返事は出席で出している」

「え? でもまだ新入生はお茶会を開いてはいけないのでは?」

「それは開催に関してだ。上級生から招かれる分には問題ないんだ」

「なるほど……。え? 出席で?」

「相変わらずリアクションが遅いな。当然だ。ミネ姉の誘いを断れるはずはないだろう?」

「は、はぁ……」


 さすが王子様だ。私の予定など聞きもしないで出席にするとは。まあ、ベッドで寝ている予定だったから良いのだけども。



 私たちのお茶会の許可が下りないのがまだ先だというのは、街に出れるようになって茶会の道具など、あれこれを買えるようになってからという前提がある話だ。

 それにしてもいよいよミネルバ様が帰ってくるのか、週末がちょっと楽しみになってきた。



※やばい。カクヨムコンの締め切りに間に合うのか。

 ていうか、明日「最強ランキング~」の二巻が発売になるんだった。

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