第23話 ジャクリーヌ 2
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐く。そして、ジャクリーヌを見つめる。
ジャクリーヌは少し神経質そうな雰囲気はあるが、割と美人だと思う。でも、やっぱりこういう攻撃的な時の顔は、好きになれない。
「ジャクリーヌさんは、恋をしたことはあるのかしら?」
「恋? はっ。何を言っておられるのです? これは恋などというレベルの話では無いのですよ。まさか、ウィノリタ様は恋をしたいとでもおっしゃるのですか?」
「はい。私は恋をしたいと思っております」
「なっ……。貴女はお立場というのをもう少し考えて頂いた方が良いのではないでしょうか」
「そうね……。でも私も女性ですもの。素敵な殿方と素敵な恋をしたいと思いますわ。ジャクリーヌさんもそんな事考えたことは無いのかしら?」
「その様な事、考えたことなんてありませんわ」
「あら、まあ……。美人がもったいないですわ」
「何をおっしゃって……」
いやだわ、この子……。結婚は政治の道具でしか無いとでも考えてるのだろうか。私はそんなジャクリーヌをなんとなく哀れに感じてしまう。
「恋ってとても難しいものだと思うの。ちょっとしたことで消えてしまうこともあるし、逆にちょっとしたことで燃え上がることもある」
「仰ることがよくわかりません」
「ジャクリーヌさんは、私と言う許嫁が居ながらも、王子の目がエリーゼさんに向かっているとお考えなのですね」
「……殿下は、あの子に優しすぎます」
「よく見てるわね。そうね、……殿下はとても素敵な方ですものね」
「なっ! 私はそんな目で殿下を――」
「良いのです。事実ですから。そして、エリーゼさんもとても美しい」
「……」
「ただ、エリーゼさんは平民という立場。いくら美しくて、二人が惹かれ合っても身分の壁というものが存在します。それは貴女が何をしなくともです」
「わ、分かってます」
「分かってるなら何故?」
「……気に入らないからです」
「それは私達の政治的な話と何か関係あって?」
「……」
「ジャクリーヌさんの言いたいことは分かりますよ。でも貴女の行動は、まるで恋に嫉妬する乙女のよう」
「い、いくらウィノリタ様でも、それは失礼です!」
「ごめんなさい。でも、恋というのは素敵な一面もあるけど、人の心を裏返すような怖いところもあるの。そして、障害が恋を異常なほど盛り上げてしまうこともある……それこそ身分の壁など軽く越えるくらいの」
「……」
「お願いするわ。エリーゼさんにもう少し優しくしてくださる?」
「……」
ジャクリーヌは怒りのこもった目でじっと私を睨みつけてくる。ここまで言ってしまったんだ。嫌われるのは百も承知だ。
しかし、ここが引き際だろう。私はテリーとドリューに声をかけジャクリーヌの部屋を後にした。
……。
……。
部屋に戻ると、既にアマリアがやってきていて、ハンナと雑談をしていた。先にお茶をしているあたり、もうだいぶ私の部屋にも慣れている。
「おーい。遅かったじゃないか」
「ごめん。ちょっと色々合ってね」
「色々?」
「そ、ちょっとお茶をしながらでも。ね、ハンナお願い」
「はいはい」
テリーとドリューはハンナの返事にぎょっとしたような顔をする。それはそうだ。メイドが客のアマリアと普通に談笑し、私の言葉に「はいはい」と言う返事をする。ハンナもすぐに自分のミスに気が付き「しまった」という顔になるが……。
「ああ、ハンナはね、私の子供の頃からの幼馴染で、メイドとしてこの寮には来て貰っているけど、私としては友達のつもりなの。驚いちゃうわよね」
「そ、そうなんですね。知らなかったのでつい」
「ほら、私、体が弱くて地元の初等科に行けなかったでしょ? 近い年代の子はハンナしか居なかったから」
「な、なるほど……」
とはいえ、メイドを使うのには二人共慣れているのだろう。ハンナはすぐにいつもの余所行きのキッチリとしたメイドに早変わりだ。
そう言えば、部屋でお茶を飲むのは二人共始めてなのだろう、ソワソワしつつも嬉しそうにしている。
と、ドリューがアマリアのカップを見て尋ねる。
「アマリア様、そのカップは……」
「ああ、これね自前のカップなんだ。ウィナもこういうカップで気楽に飲むのが好きだと言うからね、最近は自分のを持ってきてるんだ」
「そ、そうなんですか……」
二人とも妙に戸惑いながら返事をする。元々二人とも貴族という意識が高いから、こういう器にはやっぱり抵抗があるのだろうか。
「元々うちは辺境伯だからね、恥ずかしながらあまり礼儀作法に厳しくないんだ。いつ戦闘が起こるかわからない土地だから、優雅にお茶会と言うのはなかなかね」
「なるほど……」
と、そこへ今度はハンナが私達の分のカップをテーブルに持ってくる。それをみてやはりテリーとドリューは戸惑いの表情を見せる。
「やはり、ウィノリタ様もこれで……?」
「そう、私もあまり堅苦しいのは苦手なのよ」
「そうですか……。でも学院のお茶会が解禁されても、これは避けたほうが良いかもしれませんね」
「え? そうなの?」
来月。つまり入学から一ヶ月経つと私達も外出が出来るようになる。その後から私達も正式なお茶会が解禁される。
そのお茶会は今こうやって飲んでいるみたいな自由にお茶を飲むというより、幹事がお客様を招いて行う、貴族同士の正式な社交活動のお茶会の事を指すが。
そしてそのお茶会は開催する幹事が食器なども用意するため、私は勝手にこの自分流のお茶会を広めようかと思っていたのだけど……。
「特にジャクリーヌ様にこのカップをお出ししたら、きっとお怒りになられますよ」
「ああ……。確かに堅物だものね」
「それもそうですが、こういったカップは庶民の使うものですよね」
「そうね、街で皆が使うものを選んだつもりよ」
「ですので、ウィノリタ様は侯爵家の方ですので……」
「ん? でも使いやすいものを選んでいるのよ?」
「……もしかして、ウィノリタ様はギルバード家のお茶会事変をお知りならないのですか?」
「お茶会事変? いや、なんかそんな話、歴史で習ったような……」
そう言うと二人はそのお茶会事変と呼ばれる事件について説明してくれる。
それは、昔、ギルバード伯爵が、敵対する派閥の貴族を招いてお茶会をした時に、全てこの様な庶民が使う茶道具などを使いもてなしたという。
そしてそれは、お前は貴族じゃないという相手に対しての痛烈な蔑みの意味として使われている。
「そ、それって教科書とかにも乗っているの?」
「はい……」
「誰でも知ってる話なのね……」
話を聞いていて私の首筋に嫌な汗が流れる。
昨日エリーゼがこの部屋にやってきた時、この話をわかったのだろうか。
……少なくともベッツィにはこの話はしているに違いない。そしてベッツィは小説の中でもお茶会に関しての指導をエリーゼにしてくれるという役回りだ。
……やっぱり誤解を与えてしまってるかもしれない。
私は色々なミスが少しづつ積み重なっているのを感じていた。
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