第22話 ジャクリーヌ
私が食堂に戻ったときにはもう、三人は食事を終え話をしながら食後の紅茶を飲んでいた。三人とも特に何も聞いてこない。そういった貴族の社会の暗黙のルールには助かる。
何と言っても殿下からの呼び出しだ。おいそれと「なんだった?」なんて聞けるはずもない。
殿下とのやり取りで少なからずショックを受けていた私だが、イライジャの登場でよく分らない感情になっていた。三人が遅れてきた私の食事に付き合ってくれると言うので言葉に甘える。
学院の昼休みは二時間もある。多くの学生が食事を終え、食堂の中も人が減っているが、カフェ代わりにゆっくりお茶を飲みながら談笑しているグループもある。
ただこんな時間だとカウンターで食事を取っていく生徒も少ないのだろう。売り切れだったりで補充もままならず、残された食事を取皿に盛っていく。
――こんな時でも食べれるのね。
私は自分のトレーを見つめて思わず苦笑いをしてしまう。そんな私にアマリアが声をかけてくる。
「あまり良いの残って無かったかな?」
「そうね。少し遅い時間だものね……。でも量があれば良いわ」
私は席につくとむしゃむしゃと食事を始める。
と、食事を終えたのだろう、殿下とクルーガーが自分の食べたトレーをカウンターに返却しているのが見えた。
……。
あえて視線が合っても気まずい。私はすぐに目をそらし食事に集中する。
ジャクリーヌと話さないと駄目かな……。めんどくさい。
「ウィナ、そんな食べて午後大丈夫なのか?」
「あ、午後は操体だっけ?」
食べているとアマリアが呆れた様に言う。確かに午後は操体の授業だった。操体とはいわゆる体育だ。これも一年のうちは武器など持たずに体の使い方を中心に学びましょう、という授業で、戦闘の基礎訓練のようなものだ。
確かにあまり食べすぎると動きづらいかなと目の前の食事を見つめる。一人お茶だけじゃなくアイスも食べていたドリューが不思議そうに聞いてきた。
「そうです。ウィノリタ様、そんな食べて走れるんですか?」
「うーん。おかわりはやめておくわ……。でもアイスはちょっと食べたいかなあ」
うん、やはり食事は心の栄養まで取れる。
私は気にすること無く食事を平らげ、食後にアイスも楽しんだ。
……。
……。
ようやく授業も終わり、私はまっすぐに寮まで戻る。
「おかえりなさい。って、ウィナ。ベッドに飛び込む前に制服脱いでって言ってるでしょ」
「んぐっ」
私の動きを素早く察知したハンナがベッドに倒れ込もうとする私の前に立ちはだかり制服を脱がす。私は下着姿のまま、そのままベッドにダイブする。
ハンナはそんな私を見てため息付きながら制服を衣紋掛けに吊るす。
「何か紅茶でも淹れますか?」
「甘いの飲みたい」
「はいはい、でも今日は甘いケーキ買ってきましたよ」
「おおお」
やっぱりハンナ大好きだ。
それにしても……本当に今日はつかれた。昨日から色々なことがありすぎる。私は柔らかい布団に顔を埋めて頭の中を整理する。
どうしたら良いんだろう。もう新しいいじめっ子と友達になりたくない。出来れば目も合わせたくない。
でも、テリーやドリューの様に話せばわかる良い子なのかもしれないし。
うーん。
ただ、自分としてもエリーゼと殿下の恋の障害を取り除いていくことが本当に良いのかもわからないのだ。もちろん私が断罪されるような方向は是が非でも避けるつもりだけども、小説の内容と大きく変わることで、二人の恋が不完全燃焼になって、ドラマチック感が消えるのも怖い。
「余分に買ってきたので、もしよろしければアマリア様にも声をかけますか?」
「ああ……。そうね、アマリア何しているんだろう。えっと。テリーとドリューの分もある?」
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、呼んでこようかな……」
「良いですけど、この部屋から出るならちゃんと服を着てくださいね」
「わ、わかってるわよ」
……。
アマリアは真面目ね。帰宅して予習なのか復習なのか分からないが机に向かって何やら勉強をしていた。アマリアに手が空いたら私の部屋に来るように言い、自分はテリーとドリューを呼んでくるわと下の階に降りていく。
そう言えば二人の部屋を訪れるのは始めてだ。少しドキドキしながら廊下を歩いていく。やっぱり上の私達の部屋と比べてドアの間隔が狭い。二人部屋だったりするのに狭いのね……。
ま、階級社会には慣れたわ。学院の寮でこれはどうかと思うけど。
二人の部屋の番号は聞いてある。しかし部屋の扉をノックするが反応がない。居ないのかなと、もう一度ノックをしようとしたとき、廊下の奥の方で少し揉めるような声が聞こえた。
ん?
どうやら一番奥の部屋だ。他の部屋の子もドアをそっと開けて様子を伺っている。私は嫌な予感がして奥に向かって歩いていく。
「――ですから、それはウィノリタ様が望んでいないのです」
「望もうと望まないと関係ないじゃないの」
「な、なぜですか?」
「派閥の問題よ、貴方達子飼の貴族でも自分の親の勢力が大きくなることの重要性はわかるでしょ?」
「しかし……。御本人は迷惑――」
「これで殿下とご成婚なされば我々の立場はより強くなるのです、学院生活は遊びじゃないのよっ」
うわっ。何よこれ。最悪じゃない。半開きのままのドアから中を覗くと、テリーとドリューが一人の女生徒と言い争っていた。
一瞬部屋の中に入って良いのか悩んだが、完全に私の話をしている。もちろん行くべきだろう。
「三人とも落ち着いてくださる? 外まで声が聞こえてますわ」
「!」
「ウィノリタ様……」
私は部屋の中に入りそっと戸を閉じる。部屋の中にはジャクリーヌとテリーとドリューの三人だけだった、ベッドは二つとも使用感もあり、おそらく同居の部屋の住人はどこかに避難しているのだろう。
狭いとは言え、貴族の子どもたちを預かる施設だ、自分が思っていた以上に立派な部屋だった。
「ふぅ……。なんとなく話は予想付くけど……」
「す、すいません」
「いえ。テリーもドリューも私のことを考えて動いてくれてるのね」
「はい……」
「だけど、私のことに関しては勝手に動いてほしくないの」
「……すいません」
そうだ。小説の中でもこの二人は私のために、勝手にエリーゼをイジメてしまう。それが私のためだと信じて疑わずに。今回もそういった理由はあったのだろう。
まあ、ジャクリーヌの事を聞いた事もあり、その動きに頭を悩ませているのは二人に言ってしまった自分にも問題はある。
「ジャクリーヌさん」
「なんでしょう」
「貴女の気持ちは分かるわ。確かに私は許嫁ではあるけど、別に婚約をしてるわけでもない。そして私の結婚が派閥の優位性を作ることも」
「そうですね。もう少ししっかりしてもらいたいものです」
「うっ……。その点は謝るわ。だけど、こういう問題を学院に持ち込むのは止めてほしいの」
「ウィノリタ様は学院生活が単なる勉強の場だとお思いですか?」
「え……?」
「アンバーストン家には御嫡子がおられません。今はウィノリタ様のご成婚が我々には最も大切なのです。あのような庶民にそんな大事な事を邪魔されるわけにはいかないのです」
「それは……」
な、なんのこの子……。ジャクリーヌの言葉はとても子供の言葉に思えなかった。そういう教育をしっかりと受けてきたのだろうか。
断罪イベントを避けるためにやっている私とはまるで別の方向だが、なかなか否とは言いにくい圧を感じる。
しかも私もテリーやドリューには、学院生活で良い人を見つけなさいなどと言っている立場だ。
――や、やるわね。
私はめまぐるしく脳内を回転させながら、言葉を探していた。
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