第20話 呼び出し


 やがて午前の授業が終わり皆が教室から出ていく。

 悩み疲れてお腹が減った私もまた、昼食をとるためアマリア達と共に教室から出ていく。


 私たちが受講時に使ってるこの教室のある校舎は、同じ様な教室が四つあり、各学年ごとに一つづつある。ただ上の学年になると選択科目や専門科目などがあるために実際はあまり使われていないというが。

 それでも授業時間に関しては四学年共通になるので、昼食事の混雑はかなりのものになる。


 当然食堂もそれを考慮した設備になっているので、いっぺんに大人数に対応できるようにはなっているが、授業が終わった後に少し時間を取れば混雑のピークを避けたりすることである程度回るようにはなっている。


 ただ、人気のメニューは比較的早く品切れになったりするため、腹ペコの男子などはチャイムと同時に食堂にダッシュしたりするようだ。


 私達もお上品な貴族の令嬢とは言え、育ち盛りの若者だ。アマリアだって、昼の時間となれば少しウキウキしがちだ。


「さあ、今日は何を食べようかな」

「アマリアはいつだってお肉でしょ?」

「いつもじゃないよ、偶には魚だって食べるよ」

「一度ムニエルを食べているのを見たけど……。それ以外はお肉よね?」

「う、ううむ……。そうかなあ」


 ま、誰でも好みはあるからね。私みたいにお魚もお肉も両方取って食べれば悩まないんだろうけど、残念ながらアマリアはそこまで大食漢ではないから。



 いつものようにテリーとドリューも一緒に教室の扉から出ると、横から声をかけられる。


「ウィノリタ様」


 ん?


 私が立ち止まり横を見れば、そこに少し不機嫌な顔をしたクルーガーが私をじっと見ている。


「えっと。私、ですか?」

「ええ……」

「……何か?」

「こちらへ」

「え?」

「こちらへ」


 どうやら私についてくるように言ってるようだが、クルーガーは言葉少なく、なんのことかさっぱりわからない。私が困ったようにアマリアを見れば、アマリアも苦笑いをしながら視線を返す。


 クルーガーは私がついてこようとしないのを見て、更に眉間のシワが深くなる。


「こちらに、と」

「ですから。なんのことかさっぱり分からないのですが」

「……殿下が、お待ちです」

「へ? で、殿下が?」


 ようやくクルーガーの口から「殿下」の言葉が出てきて、話が少し見えた。小説の中ではそこまでクルーガーは無口なキャラではない。この感じだと、クルーガーも私に良い印象を持っていないのだろう。



 クルーガーの親はロイヤルガード、つまり国王の親衛隊の隊長を努めている。そういった背景もあり、同じ年齢のクルーガーが殿下の幼馴染として、幼少の頃より遊び相手として共に育ち、そして殿下の護衛を兼ねて常に側にいる。


 実際家の格で言えば、侯爵家の我が家の方が圧倒的に上になるのだが、現状殿下の言葉を伝えている段階で、立場は私のほうが弱くなる。


  ただ、いくら私でも、クルーガーの態度には少しムッとする。といっても私は逆らうすべも無くクルーガーの後についていくしか無い。けして「けっ。ガキの癖に偉そうな顔しやがって」なんて言えやしないの。


 私は三人に先に食堂に行くように伝え、クルーガーの後をついていく。




 クルーガーは振り向くことも、口を開くこともなく黙って歩いていく。後ろから見るクルーガーは殿下より身長はあるのだろう。まだ私と同じ、まだ中学生の年齢なのに随分と背中が広く感じる。


「どこに、行くのですか?」

「……」

「えっと……」

「……」


 反応が無いのが分かってて質問するのもなかなかしんどい。

 授業中は色々考えていたため記憶が薄いが、殿下も授業には出ていたはずだ。授業が終わるとクルーガーに私を連れてくるように伝え、自分は先に現地に向かったのだろうか。

 ということは人前であまり話せない話なのだろう。


 ――もしかして許嫁の解約?


 でも、入学後一ヶ月は私たち新入生は学園からも出られないし、外との連絡も基本的に禁止されている。逆に学園に国王が訪ねて来るなんてことはあるのだろうか。


 クルーガーが喋らないものだから余計に邪推がすすんでしまう。

 私達は普段授業をしている校舎を出て、隣りにある校舎に入っていく。そこは専門科目などを学ぶ小さい教室がある校舎だ。


 今は私達は学年全体で講義を受けているが、魔法学など適性試験をした後は、専門科目など、適正ごとに分けた組分けで授業が行われるようになったりする。そんな校舎に国王などが居るはずもない。



 やがて、クルーガーは一つの教室の中に入っていく。


「……連れてきたぞ」


 小説の中でも殿下とクルーガーは二人だけの時などはお互いにタメ口で会話をしている。幼馴染というのもあるが、殿下にとっては唯一の親友がクルーガーというのもある。


「ああ、ありがとう」


 殿下は教室の机の一つに腰掛けて私の方を不機嫌そうに見つめていた。


「な、なんでしょうか……」

「ふぅ……。もう少しまともな奴だと思っていたんだがな」

「えーと……」

「この学院は、もう二十年も前から一般庶民も受けいれている。その理由は分かるか?」

「それは……。貴族以外の優秀な人材を見つける、ためですか?」

「そうだ。我々の学年にもそういった庶民が居る」


 そっちだったのね。……ということはジャクリーヌの話だろう。

 ベッツィだけじゃなく、殿下までそれに気がついたということだろうか。私は身を固くし殿下の言葉に警戒する。


「お前は私との許嫁関係の解消を希望しているんじゃなかったのか?」

「は、はい……」

「ではなぜだ?」

「なぜ……とは?」

「入学式のパーティーで踊ったのが気に食わなかったのか?」

「ど、どういうことでしょう」

「授業で、隣りに座ったことか?」

「な、何を言ってるか――」

「エリーゼだ。エリーゼの事だ」


 やはりエリーゼの事だ、しかし私にはなんて答えるべきか、検討もつかなかった。黙り込む私に殿下の視線が突き刺さる。


 それでも殿下は、エリーゼの名前を出したことに少し後ろめたさもあるのだろうか、深く深呼吸をして落ち着こうとするのがわかる。


「……お前を、医務室に連れてった私は、とんだ間抜けと言うことか」

「申し訳ありません。お手を煩わせてしまい……」

「ルドバーン伯爵家はアンバーストーン侯爵の傘下だったな」

「! し、しかし私は――」

「仲間同士の茶番に付き合わされたという訳か」

「ち、違いますっ!」

「どう違うというのだ」

「私はジャクリーヌさんとは面識が無くて」

「……白々しい」


 うう。王子の目は完全に私を黒と踏んでいる。私は無力感に目を閉じてしまう。


「足を引っ掛けて転ばし、手に持っていた料理が侯爵令嬢を汚す……。セリーヌがどの様な気持ちになるのか。よくもまあこんな陰険な事を考えられてものだ」

「わ、私はそんな事しておりません!」

「ジャクリーヌが仲間とトイレで話をしているところを聞いたものがいる」

「なっ……。で、でも……」


 最悪だ……。


「良いか、今後また同じ様な事をしたら私が許さぬからな」

「……」

「わかったのか?」

「……」

「返事も出来ぬのか? 約束するんだ」

「やっても居ないことをもうするなと言われても、お約束できません」

「何っ?」


 駄目だ、ここで引いたら私がジャクリーヌに指示した事になってしまう。それだけはどうしても避けたい。私は、殿下と許嫁関係を解消したくても、殿下に嫌われたくは無かった。


 譲れない思いもあり、私はじっと殿下の目を見つめる。愛するセリーヌを虐められたという怒りもあるのだろう、殿下もじっと私を睨みつける。


 ……。


 視線を外したら負けのような気持ちの中で、私はじっと殿下の視線を受け続けた。悔しさで目に涙がたまり、それが頬を流れても、私は視線をそらすことはなかった。


 その時ふと、殿下の視線が揺らいだ。

 

「いずれにしても、婚約の解消までの関係だ……。それまで大人しくしていろ」


 そう呟くと、殿下はクルーガーと教室から出ていく。



 誰も居ない教室で。私は取り残されていた。


 ――辛い。


 殿下の推しをやめれば……。こんな思いはしなくても良いのだろうか。私もどこか緩いところが多いのは分かっている。中途半端に小説の読者気分でこの世界を楽しもうとしている部分もあるのは否定できない。


 ……どうしたら良いのだろう。


 私は一人、涙を流していた。

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