第18話 理解の及ばぬ所
自室でのお茶会の翌日、まだ私はエリーゼとの事を引きずっていた。
エリーゼは私の推しの一人だ。当然エリーゼとは仲のいい友達になりたい。
小説を読んでいた時、私はエリーゼの気持ちとなって殿下に恋をし、貴族たちの虐めにも耐え、誰にも後ろ指をさされないようにと勉強も頑張った。そして、聖魔法の特性があることをしり、聖女認定を受けるための試練もこなした。
この世界に転生してから、ずっと私は殿下に嫌われてしまう事だけを想定して、あれこれと悩んでいた。その為、エリーゼに嫌われる事なんてこれっぽっちも想定していなかった。
考えてみれば当然の話しなのに。今更ながら私は酷い悲しみを感じていた。
翌日、昨夜はなかなか夜寝付けずにいたのもあり、寝ぼけ眼のままハンナに髪を整えてもらう。
「ごめんね……。ちょっと昨日夜寝れなくて」
「大丈夫ですか? そうでなくても朝弱いのに」
「べ、別に朝弱いわけじゃないのよ? あまり早く起きるとハンナ達も早く起きなくちゃいけなくなっちゃうでしょ? ……つまり、そう言う事なのよ」
「……何言っているんですか? 起こしても起きないくせに。何年一緒にいると思ってるんですか」
「う……」
私のような個室の場合、メイドが朝の食事を用意することも出来るのだが、寮ではなるべく朝食は食堂で取るようにと言われている。少し着るものを整えた私は一階の食堂へ向かった。
私が食堂の中に入ると、視線が集まるのを感じる。他の生徒達が昨日の火傷を気にしてくれるのだろうと思うのだが、興味半分という感じもあるのだろう。
私に気が付いたテリーとドリューがすぐに駆け寄ってきた。
「ウィノリタ様。ああ、良かった……。もう火傷は問題無いようですね」
「ふふふ、皆大袈裟なのよ。ちょっとスープが目に入って染みたくらいなのよ?」
やはりあの後授業を休んだこともあり、だいぶ大事になっていたようだ。私は二人を心配させないように笑って答える。なんにしろ心配してくれるのはありがたい。すぐに私も料理をトレーに乗せ食事を始める。
食事をとりながら、食堂の中を見回すがエリーゼの姿は見えなかった。先に食事をしていたアマリアも私の視線を追って食堂を見回す。
「そうだね、もう食事を終えたのかな?」
「うん……」
……。
……。
授業中も、私はチラチラとエリーゼの方に視線を向けてしまう。視線の先にいるエリーゼは、隣に座るベッツィとコソコソと何かを話していた。
――何を話しているんだろう。
ベッツィはエリーゼの一番の親友だ。貴族ではないが、王国でも有数な商会の娘ということで、多くの貴族とも懇意にしており、貴族の多い学院で、エリーゼに色々な事を教えてくれたりする。
ベッツィもエリーゼと同じく貴族ではないが、イジメられるような描写はまったくない。金というのは身分に負けないくらいの力があるというのを強く感じさせる。
性格もさっぱりしていて、気持ちも優しい良い子だ。見ていると、どうやら落ち込んでいるエリーゼを励ましているようにも見える。
昨日のことをまだ引きずっているのだろうか。
と。その時ベッツィの視線がこちらに向く。
――え?
一瞬私と目があったベッツィは、まるで嫌な物を見たとでも言うように眉を寄せ視線を外す。
――どういうこと? ……私?
私はベッツィのリアクションが何を意味するのか分からず、戸惑う。
「どうした?」
「え? いえ……。何でもないわ」
ベッツィの態度に表情を硬くしていたのだろうか。アマリアが心配そうに声をかけてくる。本当にアマリアはよく気が付くし、優しい子だ。でも、私の悩みはおいそれ話すなんていう事は出来ない。出来やしない。
それはそうだ。この世界が私が前世で読んでいた小説の中だなんて……。
私はアマリアに何もないと笑って応える。アマリアもそんな私に気にする事無く再び前を向く。そっとエリーゼとベッツィの方を見るが、もう二人も授業に集中しているようだ。
――もしかしてベッツィにも嫌われてるの? 私……。
それは良くない。女子同士の好き嫌いは周りの影響も受けやすい。
私は授業が終わり、教室が少し騒々しくなる。生徒たちはその場で友達と話をしたり、用を足すために外に出る者などがいる。
ふとベッツィが教室から出ていくのを見た私も、なんとなく教室から出ていく。ベッツィはどうやらトイレに向かうようだ。
私は、そっと後ろからついていき、トイレの洗面所で髪を整えるふりをしながらベッツィを待つ。
……。
やがてトイレから出てきたベッツィは私の顔を見て表情を硬くする。やはり、私にあまり良いイメージを持って無さそうだ。
でも、ここは引けない。大事な推し活の為だ。何気ない振りで、鏡越しにベッツィを見つめながら話しかける。
「こんにちわ」
「こ、こんにちわ……」
「えっと……。確かベッツィ、さんだったわね?」
「は、はい……。どうして名前を?」
「え? えっと……。そう。ロートハール家の事を知らない者はいないわ」
「そ、そうですか……」
危ない。ベッツィ・ロートハール。誰もが知っている商会というのに救われたわ。ベッツィも顔の表情は硬いままだが、名前を知っていることに対しては違和感なく受け入れたようだ。
「その……。エリーゼは――」
「あの子は良い子ですっ!」
私がエリーゼの名前を出した瞬間、ベッツィは言葉を遮るように声を荒げる。
その勢いに私は思わずベッツィを見つめる。
「えっ。そ、そうね」
「もう、やめてあげてくださいっ!」
「え? な、何を……」
「何をって……。いえ。なんでもありません」
「ちょっ。ベッツィ――」
「失礼しますっ」
そう言うと、ベッツィは振り返りもせずに洗面所から出ていく。ベッツィは怒っているというより、無力感をこらえたような悔しそうな顔をしていた。
私はあっけに取られてそれを見つめるだけだった。
――え? 何?
これじゃあ、本当に私が悪役令嬢みたいじゃない。
私は一人ぽつんと鏡を見つめていた。
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