第17話 お茶会は突然に

 ハンナが紅茶の用意をしてくれている間に、私は棚から焼菓子を取り出し、小皿に分ける。その間も、横からのエリーゼの視線を感じ、私は微妙に動きがぎこちなくなる。


 ――あのエリーゼが私の部屋に……。


 私は少し舞い上がっているのだろう。だらしなくニヤけた顔で二人の前に小皿を置く。ハンナに目を向ければ、まだお湯が湧くのを待っているところだ。


「えっと……。もう少し待ってね」

「だ、大丈夫です」


 椅子に座り、改めてエリーザに目を向ける。……やばい。やっぱり超可愛い。だけど、そのエリーゼはまだ緊張をしているように硬い表情のままだ。困ったようにアマリアに目を向ければ、アマリアは少し苦笑いをしている。


「ウィナ、ずいぶんと嬉しそうだね」

「そ、そう? ふふふ。新しいお客さんが来たからね」

「ウィナはエリーゼとは知り合いだったの?」

「え? い、いえ……」


 う。


 そうか。一応街のカフェーでは一度会ったけど。あの時は髪を切る前だから……。多分わからないと思うのだけど。

 あまり知ってる感じで話しかけるのは良くないわね。気をつけないと。


 そう思ったときだった。おずおずとエリーゼが言葉を口にする。


「あの……。ウィノリタ、様?」

「何っ! ウィナって呼んで、同じ学院の仲間じゃない」

「そ、そんな。……でも、入学前に、お店にいらっしゃいましたよね?」


 げ、バレていた。なんとなく気恥ずかしい私は必死にごまかそうとする。


「え? そ、そうだったかな……」

「間違いありません。ウィノリタ様、今と髪型が違いましたけど……。そこのメイドさんと一緒に……」

「ははは。そ、そうだったかしら?」

「あんなにチップまで頂いて、申し訳ないです」

「ほほほ……もう覚えていないわよ」


 なるほど、ハンナでバレたのか。私は苦笑いしながら、必死に話を流そうとする。



 やがて、紅茶を入れたハンナがやってきてようやくお茶会の体裁が整った。少し気まずい空気の中、助かったとばかりに私は皆のカップにお茶を注ぎ入れようとポットに手を伸ばす。


「あ、ウィノリタ様。もう少しお待ち下さい。お湯を注いだばかりなのでもう少し蒸したほうが良いかと」

「そ、そうね……」


 急ぎすぎました。

 ハンナに言われ、私は手を戻し肩をすくめながら二人を見る。


 うん。私に言わせればこんなのは別に粗相でもなんでもないのよ。きっと。


 ハンナは私にだけ見えるように眉を寄せ、あたかも「しっかりしなさい」と言う表情をし見せながら、ポットにキルト地のカバーをかけ、その横に砂時計を置いた。


 そうね。ちょっと浮かれすぎ。シャンとしないと。


 私は、サラサラと崩れ落ちていく砂の山を見つめていた。



 まあ、お茶会といっても私はかなりカジュアルな感じでやっている。

 貴族のお茶会というと格式高くて作法も大変と考える人も多いが、私はそういったものがあまり好きでない。むしろ苦手だ。お茶会なんてものは、美味しい紅茶を飲んで、美味しい茶菓子を食べて、楽しい話をする。それで良いじゃないかと思っている。


 この考えが、家庭教師だったウォルシュさんにはだいぶ苦労をさせてしまったけど。一応はこれでも正式な作法は習ってはいる。ウォルシュさん的にはマスターには程遠いらしいが……。

 いずれにしても、正式な作法を知った上で、自分流に作法を崩すというのが、個人的にはオツなのである。紅茶の作法に、茶道の一期一会の精神を組み込んだような、ウィノリタ流お茶会道とでも言おうか。


 ちなみに今紅茶を飲んでいるのはティーカップではない。一般的な庶民でよく使われているマグカップ的な器を使ってる。当然ソーサーなど無く、テーブルに直置きだ。


 実は、はじめはアマリアも私の適当なお茶の楽しみ方に面食らっていたが、アマリアもどちらかと言うと私の感覚に近い。すぐに受け入れてくれた。



 やがて、砂時計の砂が全て落ちきる。そっとハンナに目をやれば、小さくうなずいて合図をしてくれる。


 私はポットのカバーを外し、エリーゼに尋ねる。


「ミルクとお砂糖は?」

「だ、大丈夫です……」


 ふむ。エリーゼはストレート派だったか。いや。でも小説では結構甘いものを好むような描写があったんじゃなかったっけ……。やっぱり、まだ私に遠慮をしているのだろうか。


「あの……。このカップで、ですか?」


 ん? エリーゼは困ったような顔で目の前のマグカップを見ている。おそらくエリーゼならこういうカップでもお茶は珍しくないと思うのだが。この学園に来るにあたり、貴族のお茶会の作法などを勉強したのだろう。


 ふふふ。きっとエリーゼもこういったお茶会の方が性に合うはずよ。


「そうよ。ティーカップも良いけど、ちゃんとしたお茶会っていう訳じゃないしね。気楽に楽しんでほしいの。ほら、お砂糖、もしよかったら使ってね。ミルクも遠慮しなくていいから。アマリアは……先だったわね」


 アマリアはいつも砂糖は入れずにミルクだけを入れる。それも紅茶より先にミルクを入れるのがアマリアのやり方らしく、私がポットを向けた時点でカップには既にミルクがスタンバっている。


 逆に私は、ミルクは後から入れる派なのだ。二人のカップに紅茶を満たした後、私は自分のカップの半分くらいまで紅茶を入れ、そして多めのミルクと、角砂糖を一つ入れる。


 ほんのりとベルガモットの香りがつけてある紅茶は、ミルクとの相性も良く、私のお気に入りだ。エリーゼはストレートだけど、それでも十分に楽しめるはず。


 ……なのだが。


 エリーゼはお茶にも口をつけず、緊張した面持ちで私とアマリアの会話を聞いているだけだった。私はなにか問題があるのかと、思考をめぐらす。

 エリーゼは小説の中ではかなり明るい子であり、貴族にもあまり物怖じしない強さもあったはずだ。


 やはり私にスープをかけてしまい、それの謝罪に来たからなのか……。


 ……。


 ……。


 ……あ。


 ちょっとまって。


 私がこの体に転生し、この体で生きていたからこそ失念していたかもしれない。


 エリーゼは小説冒頭から、殿下に恋をしている。そして、庶民と王子という絶望的な身分差以上に、エリーゼにとって如何ともし難い壁があった。


 『許嫁の存在』


 ……つまり。私だ。


 小説では、恋する相手には将来を決められた人がいる。

 その設定を軸に、叶わぬ恋をする主人公の切ない気持ちが、作品の大事な要素だった。


 その後、聖女に認定され、身分差の問題がクリアになり。悪役令嬢は追放され。二人の恋が実っていく。


 ――私、嫌われているのかもしれない。


 そう思い至った時、私は途端にはしゃいでいた自分が恥ずかしくなる。自分が好きで、推している相手が、私のことを好きだという保証なんて……。


 ――馬鹿だ私。


 その後、私も必死にテンションをあげようとするものの、微妙な空気のままお茶会は終わりまで続いた。

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