第14話 食堂でのイベント

 学院の食堂は学院全生徒を受け入れる為かなりの大きさを持つ。

 宿舎と同じように、周りに調理場があり、お盆を持った生徒たちが並んで好きな物を取って行くスタイルだ。ただ、その規模は寮の数倍もある。


 食事のチョイスも人それぞれで個性が出て面白いが、若者は得てして栄養的なバランスを考えない部分もある。このシステムが健康管理的に良い物なのか微妙なところだ。


 私も食べたいものを次々と皿にのせていた。宿舎でそう言った光景を何度か見てきたアマリアなどはもう気にしてはいなかったが、初めて見る上級生たちには二度見される。気にしないけど。


 一杯になったトレーを手に、どこで食べようかとお盆を手に食堂内を見回すと、少し離れた場所に席を確保していたテルーとドリューが手を振っていた。私とアマリアは早速そこに向かう。


 私がアマリアといつもいる事もあり、二人もだいぶアマリアとは馴染んでいる。アマリアもとってもいい子だから、二人にも良い影響を与えてくれるんじゃないかな。自分としてはなかなか良い傾向だと思う。


「それだけで足りの?」


 私がドリューの皿を見ながらつぶやくと、不満げにドリューが答える。


「ウィノリタ様は沢山食べても太らないから羨ましいです」

「私だって……。少しは太るわよ? きっと」

「全然そういう風には見えないです。何か隠れて運動とかなさっているんですか?」

「運動は、やってないわね」

「ほら。やっぱり羨ましいです」

「ははは。でも、ほどほどにね、成長期にはちゃんと栄養を取らないと」

「うーん……。クレープは悩みましたけどね」

「分かるわ。でもちょっとあの行列は……。ねえ」


 クレープは毎日あるわけでは無いが、生徒には一番人気の品物だ。注文を受けてから作るので少し行列が出来てしまう。特に上級生たちが並んでいると私たち新入生は少し気後れしてしまうのもあるのだろう。あまり新入生で並んでいる子は少ない。

 ドリューは少し残念そうにクレープの列に目を向けていた。


 ……うーん。


「よし、私も食べたくなってきたわ。ドリュー行くわよ」

「え? だけど……」


 私は立ち上がって通路に出て向かいに座っていたドリューを手招きする。少し悩んでいたドリューもそれならと立ち上がりかける。


「きゃっ!」


 その時横で女性の小さな悲鳴が上がった。なんだ? とそちらを向いた時。宙を舞うお椀が私めがけて飛んできた。

 お椀は、中に入ったスープごと私にかかる。熱々のスープだ。その熱さに思わず私も悲鳴をあげる。


「きゃっ!」

「ウィナ!」

「ウィノリタ様!」


 それを見ていたアマリアやドリューが悲鳴のような声を上げる。私は目に入ったスープが染みて目を開けることが出来ない。


「おい! 大丈夫か?」

「え、ええ……大丈夫よ……」


 駆けつけた男性が心配そうに声をかけながら、ハンケチで私の顔をぬぐう。目を閉じたままの私は大丈夫だと返事をしながら、熱さに耐えていた。


 ……あれ?


 私は何とか、スープが掛からなかった方の目を開ける。

 目の前には心配げに私の顔をぬぐう殿下がいた。


 ――まさか!


 視線を下げれば転んだエリーゼが愕然とした顔で私を見ている。


 ――やっちまったぁ!


 ここは平民と馬鹿にされるエリーゼが、食堂で足を引っかけられて転ぶというイベントだ。それを目撃した王子が颯爽とエリーゼを助け起こして……。のはずなのに。


 必死に起き上がったエリーゼが私に謝罪をする。


「ウィノリタ様! 申し訳ありません!」


 ああ……。違うのよ。ここはエリーゼが謝る場面じゃないの……。私は熱さより大事なイベントを潰したという、自分のしでかした事態に、怯えてパニックになる。


「だ、大丈夫よ! 私こそ不注意で! 気にしないで。さ、殿下! エリーゼさんが転んでしまっておりますよ」

「な、何を言ってるんだ。……痕が残ったら大変だ。医務室へ行こう」

「そ、そうですね、エリーゼさんの膝が擦りむいているかも! 美しい脚に傷が残ったら大変ですわ! 医務室へ連れてって上げて――」

「私は大丈夫です!」

「え、でも……エリーゼ、我慢しないで」

「ウィノリタ。何を言ってるのだ? お前の火傷の事を言ってるんだ」

「や、火傷? こんなの何でもありませんわ!」

「なんでも無いわけがあるか!」


 必死に殿下のベクトルをエリーゼに向けようとするが、上手くいかない。私は自分がなにを言っているかもだんだん分からなくなってくる。


 その時、突然私の体が浮き上がる。訳の分からないことを言って拒絶する私に業を煮やした殿下が、……まさかのお姫様抱っこである。

 見上げれば殿下の美しい顔が少し怒ったように見え、抵抗できなくなる。それどころか私は、思わずドキドキして見つめてしまっていた。


 あ、そんな場合じゃない。


「あ、アマリアぁ~」

「殿下の言うとおりだ。医務室に行ってこい」


 援軍は居ない。

 このままではエリーゼのみじめな気持ちが救われない。どうしたら良いのだろう……。


「アマリア……。エリーゼをお願い」

「エリーゼを?」

「脚をひっかけられたみたいで……あの子のせいじゃないの」

「……何?」


 エリーゼの後ろでは、脚を引っかけた女生徒が顔を真っ青にしていた。でも今はそれは置いておいて……。


「私の食事、捨てないでね」

「あ、ああ……」

「冷めても後で食べるから……」

「いい加減にしろ!」


 殿下が怒ったように私の言葉を遮り、食堂の入り口の方を向く。見ていた女生徒が先日のダンスの時のように、私をお姫様抱っこしている殿下に憧れのこもったため息をつく。


「あ、歩けますから」

「良いからその口を閉じろ」

「う……」


 殿下の言葉は静かだが、口答えをさせない圧がある。私はそのまま殿下に抱かれたまま食堂を出て廊下を歩いていく。

 

 ……男の人って。こんな体ががっちりしてるんだ……。なんて馬鹿なことを考えながら私は何も出来ずに運ばれていく。


 すれ違う生徒たちがなんだ? と振り向くのが少々恥ずかしい。


「殿下……。やっぱり恥ずかしいです」

「……ちゃんと行くか?」

「行きますからっ!」


 ようやく地に足を下ろした私は、顔を真っ赤にして殿下をにらみつける。殿下は素知らぬ顔で私に尋ねた。


「で、医務室はどこだ?」

「……はい?」

「入学したばかりでまだ学院の事は分からなくてな」

「私だって同じですよっ!」




※全然読まれんw

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