第13話 授業の始まり
入学式の次の日は一日休みがあり、その翌日から授業は始まる。
私はその授業の始まる前の最後の休みを利用して、ミネルバ様を尋ねて三年の学生寮へ顔を出した。しかし、ミネルバ様は長期休みを利用して隣国へ行っているということで、まだ学園には戻っていなと言われてしまう。
小説内ではミネルバ様は隣国の王子と結婚する設定だったのだが、今からもうその王子と会ったりしているのかもしれない。
王家の親族である公爵令嬢ということで、その結婚には政治的な絡みも発生する。公務の一つとして学園を休むことも公休扱いになるのだろうか。
ミネルバ様とお会いするのが楽しみだったのだが、そういうことならしょうがない。私は自室でダラダラと一日を過ごした。
学院の講堂は、日本の大学のように扇形の段々の机が教授陣を囲むようになっている。そして成績などによるクラス分けも無く、学年の全ての生徒が一つの教室で授業を受ける。
生徒の席も決まっているわけでもなく、それぞれが好きな席に座っている。おそらく前の方には比較的真面目な生徒が多いのだろうか。私は最後列の隅というやる気の少なめな場所に陣取り、ボケっと講堂内を見つめていた。
見つめる先は当然主役の二人の席である。小説での最初の授業シーンと同じく、エリーゼの横に殿下と近衛騎士団隊長の息子、クルーガーが座っていた。
クルーガーも殿下の幼馴染の一人だ、夏季の避暑地にはクルーガーも行っており、二人の関係も知っている。作中では殿下とエリーゼが二人になるための手助けなどもする頼りになる存在だ。
なかなかのイケメンであるため殿下にも負けない人気を持っていた。
私はそんな三人の姿を見ながら自分がどうしたら良いのか悩んでいた。
殿下とのダンス、そして親しげに隣で授業を受けるエリーゼに女生徒達のヘイトも当然集まる。特に悪役令嬢が中心となり酷いイジメも行われるのだが……。
私がそういうシーンを成立させるなんてことはありえない。変なフラグでも立ったら大変だ。だけども私の感知していないモブキャラの中にだって、エリーゼに対して良い気をしていない女生徒はそれなりにいる。そんな生徒たちの行動まで抑えるてしまって良いのか。そういう悩みもあるのだ。
良くも悪くも、イジメに耐えるヒロインというのが二人の恋をより燃え上がらせるスパイスになっているのだ。
……かと言ってイジメを見逃せるのかと言えば自信はない。
「ふぅ……。難しいわ」
思わず漏れる独り言に隣で真面目に授業を聞いていたアマリアがこちらを向く。アマリアが私の視線の先を見て一瞬固まるのがわかる。
「ウィナ……。たまたま二人が隣になってるだけだろう。あまり気にしないことだ」
「え?」
「ん?」
「あ、そうね。うん。気にしていないわ」
「そ、そうか。それでも悩みがあればなんでも言ってくれ。……まあ。まだ知り合って間もない私からそんなこと言われても迷惑かもしれないが……」
「そんなこと無いわ。私はアマリアの事、生まれる前から知っていたような気がするわ」
「ははは。大袈裟だな。でも。確かに出会ったばかりでこんなに打ち解けた相手は初めてかもしれないな」
実際、アマリアは貴族としては少々変わっている。気の荒い辺境の地で、常在戦場みたいな環境で生活をしていたのもあるのだろう。隣国と接することのない内地の貴族とは心持ちが全く違う。
それでも、貴族としての教育は受けてきたのだろうが、上品でいらっしゃるお嬢様たちとはなかなか気を合わすのは大変なのかもしれない。
最初の授業が終わると、テルーとドリューの二人が近くにやって来る。不満げな二人の顔を見ればやって来た理由は明白だ。エリーゼと殿下が親しくしている事への不満だろう。
「平民の分際で殿下の隣に座るなんて……。一度お教えしたほうが良いと思いませんか?」
「テルー。平民の分際、なんて言葉を使うのはやめなさい」
「しかしっ――」
「少なくとも我がアンバーストーン侯爵領の人間に、そんな言葉を言ってほしくないの」
「は、はい……」
ふう、まずはここからか。この国が階級社会である以上、しょうがないのだが。この子たちにはそういう考えを減らしてほしい。
「テルー。私たち貴族は、平民の方々が働いて稼いだお金を頂いて生活しているの。確かに身分というのはあるわ。でも国というのは人々が居てこそ成り立つ。分かるわね?」
「はい」
「ドリューにも覚えておいてほしいの。この学院に推薦されるような優秀な国民は、国のために大いに役に立つ人材になる可能性があるって言うことを。平民だからといってエリーゼを蔑んだり、そういうのはやめてほしいの」
「わ、わかりました……」
言葉だけの話。テルーとドリューの心にどこまで染み込んだかは分からない。でも、少しづつそういう考えが根付いてほしいなって思う。
「ふふふ。それに最初にあそこに座ってたのはあの子よ? 殿下は後からあの場所に来たのよ? 言い換えればあの子は被害者じゃない? テルーは隣に殿下が座られて、あっち行ってくれなんて言える?」
「わ、私なら……。自分から席をお譲りして……」
「そうね……。でも貴族のルールは貴族の中でしか通用しないものよ」
「は、はい……」
テルーが戸惑いながらも俯く。そんな姿を見ると、私を慕ってくれているのに言い過ぎたのかと少し後ろめたい気持ちにもなる。私は思わず両手を伸ばしテルーの両頬を指でつまんだ。
「な、何を!」
驚くテルーに私はにっこり笑う。
「貴女は何をしにここへやってきたの?」
「べ、勉強を……」
「それは二の次じゃないの? 貴女はここで良い殿方を見つけて幸せな人生を共に送る準備をするのが一番の仕事でしょ?」
「え? えっと……」
「そんな顔していたら、殿方だって貴女の魅力を見つけられないわよ?」
私は優しく言いながらその手を離す。
「ほら、笑って御覧なさい。とっても素敵な笑顔を持っているのだから」
「素敵な、笑顔ですか?」
「そうよ。ドリュー。貴女もよ。二人ともとっても可愛らしいんだから。人は意地悪な事を考えると意地悪な顔になってしまうのよ。もっと楽しく学院生活を過ごしましょうよ」
「は、はい……」
ドリューも困ったように必死に笑顔を作ろうとする。そんな二人をみながら、二人には少しだけ話しても良いかな。なんて思う。
「私も殿下も、自分たちが知らないうちに。知らない相手と許嫁の関係にされたの。確かに殿下は素敵な方だけど、それってとてもつまらないと思うの」
「つまらないなんて……」
「だから、二人では、自由に学院生活を送ろうと話はしてあるのよ。だから殿下に私以外の女性の影があるとしても、それはそれで私たちの中では公認という事なのよ」
「ほ、本当なのですか?」
「そう、でも内緒よ? 二人とも親にはその話をしていないのだから」
「い、言えませんよ……まさか、そんな……」
「という事でこの話はこれでおしまい。もうじき次の授業が始まるわよ」
「はい……」
二人は驚いたような、戸惑うようなそんな顔で自分たちの席へ戻って行く。こんな事を言って良かったかは分からないが……。ま、なるようになるわ。
「……本当に、そんな話が?」
隣で話を聞いていたアマリアが信じられないといった顔で聞いてくる。
「ええ。それに……平民と王子の身分差の恋……。ロマンチックだと思わない?」
「ううむ……。む、難しい……」
腕を組んで目を閉じるアマリアの横顔は、やはりイケメンであった。
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