第12話 歓迎パーティー2

 ボガード先生の狙い通り、舞踏会は動き始める。

 少しづつ踊り始める会場を、私は隅でじっと見つめていた。


「流石だね。完璧な仕事をこなしたという訳だ」

「もうぐったりだわ」


 私の隣でアマリアが心底感心したと言う感じでつぶやく。アマリアはこういう舞踏会が苦手だと言っていたが、これだけの美人だ。いつ男性から声がかかるか解ったものじゃない。


 テルーもドリューもお目当ての男性を探して会場を散策している。会場には当然エリーゼも居る。小説では、ドレスがないために制服で参加しているエリーゼが、周りの令嬢たちから、くすくすと笑われるシーンがあったが……。

 二人にはちゃんと変なことをしないように釘はさしてある。


「身長が高いくせに、こんなヒールを履いているからね。殿方も見下されながら踊るのは躊躇するだろう」

「うーん。そんなの関係ないのに。殿方だって、これからどんどん身長は伸びていくわよ」


 なるほど、身長か……。まだまだ成長期の若者がそんな事でこんな美人を見逃すとは。若さゆえの過ちとも言うべきか……。


「さて……私は食事でもしようかしら」

「もう踊らないのか?」

「殿下の許嫁にダンスを申し込む猛者が居るとでも?」

「はっはっは。そうだったな」


 そう。それでも今の私はまだ、殿下の許嫁だ。


「アマリアがタキシードを着てきてくれたら、私は喜んで踊りましたのに」

「勘弁してくれよ」


 アマリアは困ったように答えた。


 会場の両脇にはバイキング形式で料理が並べられている。踊る相手の居ない生徒達などはとりあえず腹を満たそうと食事をしている。

 会場の右側のテーブルに近づいていくと、一人ポツンと食事をするエリーゼの姿があった。

 おや? と会場を見渡すと、踊りの輪の中にベッツィの姿が見えた。


 ――そうか、あのシーンか。


 私は一瞬エリーゼに近寄ろうとするが、小説を思い出し足を止める。


「ん? いかないのか?」

「あちらのほうがまだ、手つかずの料理が多そうじゃない?」


 訝しげに聞いてくるアマリアに答えると、そのまま会場の反対にあるテーブルに向かう。


 小説では、声をかけられたベッツィが踊りに行き、ぽつんと一人寂しく食事を取っているエリーゼに、殿下が近寄りダンスに誘うというシーンがある。王子と踊ろうと集まる令嬢達が悔しそうにそれを見つめるというシーンは気持ちがスカッとする名シーンだ。


 私は料理を皿に載せながらチラチラとエリーゼの方を伺う。しかし料理を取り終わってもまだ例のシーンは始まらない。

 そのままアマリアを誘い、壁沿いに置いてある椅子に腰掛け、特等席でエリーゼを見つめる。あのシーンが目の前で見られると思うと、ワクワクが止まらない。


「ん? あの子が気になるのか?」


 私の奇行を困ったように見つめながらアマリアが聞いてくる。


「ふふふ。見てて、今から素敵なシーンが見られるわ」

「素敵なシーン? ん? 殿下?」


 見ているとようやく、クルーガーを引き連れた殿下がそっと近づいていくのが見えた。殿下は少し恥ずかしそうに、料理を選んでいるふりをしながらチラチラとエリーゼを見ている。


 その時、一人の令嬢がエリーゼとぶつかる。どうみてもわざとぶつかったようにしか見えないが、令嬢は怒ったようにエリーゼに何かを言っている。

 ペコペコと令嬢に謝罪をするエリーゼに、すっと殿下が近づいていく。そして令嬢に向かって何かを言う。


 ――これだけ人が居るんだ、接触くらいでそこまで言わなくてもいいだろう?

 ――で、殿下……。は、はい。

 ――ふむ、舞踏会に制服というのも良いものだね。

 ――リッ……いえ、殿下……。

 ――エリーゼ、だったね。たしか優秀な成績で地方の初等院から推薦されたと聞いたが。


 声は聞こえなくても、セリフは私の頭にある。十年近い月日で忘れたと思っていたが、こういった印象的なシーンは完璧に覚えていた。


 初めて出会ったような会話をしているが、実は殿下とエリーゼは幼少の頃からの知り合いだ。小説の中では喫茶店でバイトをするエリーゼと客としてやってきた殿下が再会するというのが、小説内で最初に二人が出会うシーンなのだが。


 実はもっと以前より二人は知り合っていたという設定。


 毎年殿下が夏に避暑のために訪れる高原が、エリーゼの生まれ故郷だ。二人は夏の間、共に遊び、いつしかお互いを異性として意識していく。けして知られては行けない秘めた思い。お互いに意識しつつも、こうして初めて会ったかのように話すよそよそしさが、小説を読んでいていじらしく、ときめくのだ。


 ――ああ。尊い……。


 周りがざわめく中、殿下がエリーゼの手を取って踊りに誘う。


「しかし、私はダンスなど……。 なに、そんなに難しいものでもないよ。ほら手を肩に……。 こう? ですか?」

「ウ、ウィナ?」


 私は興奮のあまり、二人を見つめながら、二人が話しているだろうセリフをつぶやいていた。気がついたアマリアがためらいがちに声を掛けてくる。

 私は慌てて誤魔化す。


「え? ああ……。ほら、殿下とあの子のやり取り、見ていたらこんな会話をしてそうだなって」

「な、なるほど……。確かにそんな会話をしているようにも見えるな」

「でしょ? エリーゼさんはきっとダンスなんてしたことないと思うの。それが殿下に誘われて、どうして良いか分からずにパニックになってるように思えない?」

「そうだね。たしかにステップが全くの素人だ」


 そんなエリーゼに殿下は足元を見ながら、簡単なステップを教えていく。イチ、ニ、サン。イチ、ニ、サン……。ただそれを繰り返す。やがてエリーゼも少しづつそのステップに慣れ、足元を見ていた顔が徐々に余裕が出てきて、殿下に向くようになる。そして二人はゆっくりとサークルを描いていた。


 それだけで美しいエリーゼと殿下は光り輝く。


 きっと私はだらしない顔で、ニヤニヤしながら二人を見つめていたのだろう。再びアマリアが心配そうに聞いてくる。


「ウィナ。大丈夫なのか?」

「え? 何が?」

「何がって……。それにしても殿下は。ウィナが居るというのに別の女性と……」


 私のことを思ってか、不満げに呟くアマリアに、私は慌てて言う。


「殿下は私だけのものでは無いのよ。この国のすべての民のものよ」

「ウィナはそれで良いのか?」

「ええ。当然でしょ? 私は許嫁であるかもしれないけど、まだ婚約はしていないのよ」

「ウィナ?」

「ふふふ。変かしら?」

「……私には、難しくて良くわからない」


 困ったように見つめるアマリアに、フォークで刺したローストビーフを突き出す。


「ほら、美味しいわよ」

「あ、ああ……」


 ローストビーフを口にするアマリアから目を離し、再び二人を見る。もうダンスは終わったようだ。楽しそうに話しながら脇へ下がる殿下が一瞬こちらを見た。


 私と目があった殿下は、一瞬目を見開いた後、気まずそうに私から視線を外す。


 ――ふふふ。私は知っているのですから。遠慮はしないでください。


 私は心のなかで殿下にそう語りかけた。

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