第11話 歓迎パーティー1
しばらくして私が落ち着いたのを見て、ハンナはシャワーを浴びるように言う。
涙でグチャグチャになった顔をしっかりと洗い、ようやくサッパリとした気分になる。
「少し、顔色を良く見せた方が良いですよね……」
化粧台の前に座る私にハンナがメイクをしてくれる。ハンナのやるように任せながら私は鏡に映る自分の姿をまじまじと見ていた。
私はそのままハンナにドレスを着付けてもらう。
ドレスは暗めのエンジ色をした落ち着いたドレス。スタンダードなAラインでくるぶしが見えるくらいの丈だ。ハンナは私に着付けをしながらも必死に気持ちを上げようと声をかけてくる。
「うん、よくお似合いです。自信持ってください」
「もう少し明るい色の方が良かったかな?」
「ウィナの黒髪には、このくらいシックな方が合いますわ」
姿見の前でチェックをする。殿下と踊るのだ。悔しいが、なんだかんだ言って私の本心ではよく見られたいという思いが残っている。……もう、取り返しのつかないところまでやってしまった感はあるが。
しばらく色々と悩みながらだが、着飾った自分を鏡を通して見つめ、必死に整えてくれるハンナに支えられ、私は少しづつ気持ちは前に向いていた。
いずれにしても、許嫁の関係をやめたい気持ちは伝えられた。殿下にとってもその話はいい話じゃないのか?
これで許嫁の関係を無しにしてもらえれば、私が不幸へと進むフラグが折れるのではないかと。単なる同窓生の友達として、大好きな殿下とエリーゼの恋路をひっそりと応援していられるかも知れない。
まあ、親は悲しむかも知れないけど。小説通りの悲しい結末を回避できることを考えればこっちの方が幸せなのだ。
着付けが終わった頃に、アマリアが迎えに来る。
アマリアは紺のタイトな体のラインの出るドレスを着ていた。うーん。なんとなく意外な感じがしてマジマジと見つめてしまう。
「な、なんだい。ジロジロ見て」
「うーん……」
「へ、変かな?」
アマリアは少し恥ずかしそうに私を見返す。
「アマリアは……。タキシードとか着てくるかと思ってたから」
「な、何を言ってるんだ。女だぞ。私は」
「そうだけど、いっそアマリアに私の王子様になってほしかったなあ……」
「良く言うよ、ウィナには殿下がいるじゃないか」
「うーん……」
「……どうした? 上手くいってないのか?」
アマリアは入学式の私の様子などを見ていたのだろう。何か感じることがあったのか、そっと聞いてくる。
「上手く言っていないというより……。直接お会いしたのは今日が初めてだしね」
「そ、そうか……。まあ学院生活は長いんだ。焦らなくても」
「……そうね」
私達は一緒に階段を降りて大講堂へ向かう。
途中、入り口で待っていたテルーとドリューとも合流する。イメージの悪い二人だが、二人共可愛らしいドレスに身を包み、期待に胸を膨らませている感じが初々しくて可愛らしい。なんとしても変な方向に行かないように、私が抑えなくては。
一体どれほどの人員を動員しているのだろう。
大講堂は午前の入学式のときから完全にその雰囲気を変え、しっかりとしたパーティー会場になっている。
料理なども用意され始め、BGMとばかりに楽団が静かな音楽を奏でている。
会場の周りを見れば、ソワソワと新入生たちが大講堂の壁際で知り合った者同士で固まってその時を待っていた。
アマリアに、殿下と踊らなければならない話をし、先生たちに言われた位置で待機をする。後からやってきた殿下も私のすぐ近くで、殿下の幼馴染であるクルーガーと共に雑談をしながら待機をしていた。
殿下は時々、探るようにこちらをチラチラ見ている。私はそれに気がつくと先程の事を謝罪するかのように小さくお辞儀をする。殿下は不機嫌そうに私を見ていたが、黙って視線を外し、すぐにクルーガーとの雑談に戻った。
やがてボガード先生がパーティーの開催を宣言し、パーティーが始まる。どこの世界でも偉い人は長くつまらない話をする。学院長なんて、午前の入学式と丸かぶりの話を永遠とだ。
私は爪をいじりながら退屈な時間がすぎるのを待っていた。
と、視線を感じて殿下の方を見ると何やら口をパクパクさせて言っている。
<ちゃ ん と は な し を き け>
おそらくそう言ったのだろう、私は慌てて手をおろし、スッと背筋を伸ばして学院長の方に向き直る。
――うっわ。めんどくさい……。
きっと自分を飾る花の一輪くらいに思っているのだろう。でも今は、殿下の求めるままに上品なレディーを演じなければ。
私は心を無にして退屈な時を耐え忍ぶ。そして、とうとう私達の出番がやってきた。
先程までの不機嫌な顔はどこへやら。完璧な笑顔で殿下が私に微笑みかける。
「一曲。よろしいですか?」
演技だと知っている私でもクラっとしてしまうくらいの優雅さだ。近くに居たテルーとドリューなど「キャー」なんて嬌声をあげてる。会場全体の視線が一瞬で私達二人に集まるのを感じる。私も思わずボーッと差し出された殿下の手を見つめてしまう。
……。
「よろしいですか?」
手を見つめたまま動かない私に、少し神経質そうな殿下の声が聞こえる。私はハッと上を見上げれば、こころなしか殿下の笑顔がひきつっていた。
「え、ええ。も、もちろんですわ」
私は慌てて殿下の手を取る。殿下はそのまま大講堂の中心まで私をエスコートする。
「お。早速王子が一人の女性をエスコートしてまいりましたね」
サクラバレバレなのだが、ボガード先生は場を盛り上げようとマイクで喋る。だが、そんな物はもう必要なかった。涼し気な表情で私に微笑みかける殿下と、必死でクールに笑みを返す私。
作中でも、このシーンは会場をうっとりとさせるそんな美男美女のダンスシーンだ。
女生徒達はうっとりと殿下を見つめ、男子生徒達は羨ましそうに私達を見つめる。
――大丈夫。踊れている。
見た目の裏腹に私は必死でダンスの先生に教わったステップを頭の中で反芻しながら踊っていた。手から伝わる殿下の手の感触、私の腰に回された殿下の手のぬくもりが、私の集中を乱そうとするのだ。
――ああ、やっぱっり素敵……。
必死に殿下を拒絶するが、なんだかんだ言って殿下は私の推しの一人だ。ジーンと心が麻痺してしまう。心がふわふわとし、それでも必死に踊りに集中しようとした時、ポツリと殿下の声が耳に届く。
(あれだけ言ったんだ。スッキリしたか?)
(え?)
私は驚いて殿下の顔を見つめる。殿下は踊りながら、口も動かず。言葉を続けた。
(私の許嫁は嫌なのだな)
私はビックリして殿下を見つめた。作中でも殿下は悪役令嬢に冷たい態度を取るシーンはあったが、他の者に対しては完璧な人格者であり、優しい男性だった。
……もしかしたら、自分なりに私の言葉を受け入れたのだろうか。
じっと見つめ返してくる殿下に、私はコクリと小さくうなずく。
(……そうか)
(申し訳ありません)
(いや……。私にも心に決めた女性が居るんだ)
周りの人間にはただ、二人が笑顔で見つめ合い踊っているようにしか見えないだろう。だが、確実に王子は真実を口にする。少し申し訳ない感じで私に告げる。
――知っている。
知っては居たが……。なぜか胸が苦しくなる。そんな感覚に戸惑う私は思わずステップを誤る。
ギュッ。
つま先に殿下の脚を感じ、慌てて殿下を見上げる。
(ダンスは侯爵家で習ったんじゃなかったのか?)
(申し訳ありません!)
笑顔のままだが殿下の顔はピクピクと恐ろしい雰囲気を漂わせている。それでも何事もなかったかのように殿下は私をリードし続ける。
(許嫁の件、私がなんとかする)
(え?)
その時、演奏が終わり、会場が拍手の渦に巻き込まれる。
――あ……。
殿下の手が、私の手から離れていく。
私は少しそれを寂しく感じていた。
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