第3話 王都へ

 侯爵専用の豪華な馬車は揺れも少なく快適な旅を演出する。

 向かい合い四人がゆったりと座れる座席に、間にはテーブルも設置できるのだけど、今はテーブルは畳んでいる。

 その理由? 靴を脱いで向かいの椅子にデーンと足を乗せる為。


 快適を追い求めたらこうなった。


 ブツブツとハンナが文句を言うが、一週間も馬車に揺られるのだ。譲れない。


「ハンナもやればいいのに。快適よ?」

「ミュラー様に見られたら恥ずかしいので」

「婦女子のくつろぐ車内をのぞき込むような野暮な方では無いはずよ」

「そうかもしれませんが……」


 ミュラーは護衛騎士団の隊長だ。三十歳程の渋いお兄さん。私はハンナがチラチラとミュラーを見ているのを知っている。がっしりとした体に野性味あふれたイケメン。意識しちゃうのはしょうがない。


 ふふふ。乙女よね。


 そんなことを考えながらチラリと壁に書けられたフェリックス王子の肖像画に目をやる。

 部屋に置いてきたつもりだったのだが、ハンナが目ざとくそれを見つけ車内に持ち込んだのだ。


 さわやかな笑顔で私を見る肖像画の主は、小説を読んでいるときはときめく存在だった。私もヒロインに感情移入をし、疑似恋愛を楽しんだ相手だ。


 だけど……。


 この立場になるとわかる。


 ……こいつは厄介な存在だ。


 と。


 私は手を伸ばし、肖像画に布をかける。


「何を、してるんです?」

「こいつが私をじろじろ見てるのよ」

「はぁ~。いい加減に受け入れてください。殿下はとても素敵な方と聞いていますよ?」

「私は自分で素敵な方を探したいの。王妃なんて堅苦しい立場も無理よ」

「もう……。自覚をもってください」


 馬車の中は声が外に漏れないようになっている。それでも二人きりの時にみせる砕けた感じを出さないハンナに、私は舌をだして応じる。

 ハンナはそれを見て目を丸くする。眉を寄せて怒ったようなしぐさをするが、私はそれを無視して窓の外に目をやった。


 おそらく本当ならハンナもお堅いメイドだったのだろう。しかし子供の頃から私と一緒にいる為少しずつ砕けてきていた。

 二つ年上という事もあり、時にはお姉さんぶるが、私にとっては気の置ける友達のような存在だった。




 そう言えば……。

 出発の日に大量の手紙が届いていたのを思い出す。座席の後ろにある荷物に手を伸ばし、手紙の束を取り出した。



 当然ながらこの世界はインターネットも無ければスマホもない。一般的な通信手段は手紙になる。会ったことのない貴族の令嬢同士が手紙のやり取りでお互いの親交を深めたりする。


 この国の貴族の子は大抵、王立学院の高等部に進むことになる。王都近くに住む貴族たちは王立学院の初等部にも通うが、私のように辺境の貴族はそういうわけにも行かない。

 大抵が地元の都市にある初等部に通うか、もしくは私のように家庭教師に勉強を教わる。


 アンバーストーン公爵領にも当然初等部はあり、私も本当ならそこに通う予定だったのだが、例の取り巻き達と親交を深める気にもならず、私は家庭教師に勉強を教わっていた。


 

 それでも取り巻きの二人は定期的に私に手紙をよこす。流石に無視は出来ないため私も返事をするのだが。

 そういった対応が、どこで間違ったのか私の神秘性というポジティブなベクトルを作り出し、手紙の文面は完全に私の信者の様な文だ。


 他にも同い年の子たちとは手紙をやり取りしていた。


 だけど殆どが、王子と許嫁となった私へのおべっかが中心で、あまり気持ち良いものでもなかった。


 それでも気の合いそうな相手も何人か居る。


 その内の一人がシルバーレイク家のアマリアだ。アマリアは今年、私と一緒に王立学院へ入学する。まだ会ったことが無いが今から会うのが楽しみ。

 アマリアは小説の中では割と主人公の少女側の生徒だったんだが、小説の中でも優しい良い子だったし。主人公に意地悪をする悪役令嬢に真っ向から対立する正義感の強い子だ。仲良くなれたら嬉しいなって思っている。


 そしてもう一人、ウィンスロー公爵令嬢のミネルバ様。文面から感じられる雰囲気はまさに気品溢れるお姉さまだ。王子の従兄弟になる令嬢の中の令嬢だ。予定では王子と私は結婚をしない予定だが、ミネルバ様には嫌われたくないと思ってるの。


 手紙を一枚一枚確認しながら目を通していく。

 その姿をじっと見ていたハンナがポツリと呟く。


「殿下の手紙が来ていないのですか?」

「うーん。無いわね。でも殿下はもともと毎年誕生日に手紙をくれるだけだし」

「それは、ウィナが手紙を書かないからじゃないんですか?」

「私も殿下の誕生日にはお祝いの手紙を書いてるじゃない」

「……それ書いているの私なんですが」

「ハンナもまめねえ……」

「はぁ……私にはなんでそんなに殿下がお嫌なのかわかりません」

「でも、殿下だって同じ様なものでしょ? 毎年筆跡が違うわ」

「あら、殿下の手紙はちゃんととってあるのですね」

「流石に捨てるわけには行かないでしょ? 筆跡が違っても毎年文面は同じなのよ? <誕生日おめでとう、良き一年であるように。> 一文字も変わらないのよ? 嫌味としか思えないわ?」

「ははは……。きっと照れ屋なんですよ」

「どうだか……」


 ハンナは困ったように私を見つめる。


 それにしても手紙を開いていると車内が香水の匂いで臭くなる。誰が始めたのか分からないが、手紙にそっと香水の香りをつけるというのが流行ってるらしい。

 香水の匂いなんて、私には自己満足にしか思えない。それもいろんな匂いが混じるものだから迷惑にしかならない。


 私は立ち上がって屋根についている窓を開ける。馬車の窓ははめ殺しになっているのでここから換気するしか無い。


「ハンナ、後でこの手紙は燃やしましょう」

「良いんですか?」

「皆、入学のお祝いが書いてあるだけですもの。一度読めば十分よ」

「ふぅ。ちょっと貸してもらっていいですか?」


 そう言うとハンナは手紙の束を受け取り中を確認していく。

 そして、その宛名を確認すると、ノートに何やらメモをしていく。


「なにをしてるの?」

「一応手紙を頂いた方々の名前を記録しておきますので、学院であったらお礼ぐらいしてくださいね」

「あらまあ。よく出来た子だこと」

「できの悪い主人を持つと大変なんですよ」

「あーら。ミュラーに聞かれたら大変よ?」

「遮音の魔道具が働いているので大丈夫ですよ」

「換気で天窓を開けてありますよ?」

「え!?」


 ハンナが慌ててミュラーの方を見る。


 ハンナとこういった軽口をたたきあうのは嫌いじゃない。私は笑いながらアマリアとミネルバ様の手紙をそっと自分のかばんにしまった。


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