第4話 王都に着いて

 私達の馬車は国の主要街道を進んでいく。

 低級な魔物がたまに出てくることはあるが、ミュラー率いる護衛騎士団は問題なく進んでいく。


 そう、ここは単なる中世的な世界観と言うよりファンタジーな異世界に近い。その為、当然のように魔物も出る。それに小説の主人公であるエリーゼは、聖女として神聖魔法をに秀でているという設定まである。


 ちなみに、エリーゼは地方の学院から優秀な人材として庶民ながら推薦を受け、学院に入学してくる。

 庶民という立場であるため、王子との間には身分差が大きく立ちはだかるが、学院生活の中で神聖魔法に秀でている事が判明し、やがて聖女として認定を受ける。

 教会から祝福された聖女という立場は、庶民と王子という身分差を見事にクリアしてしまうのだ。


 恋愛小説というジャンルであったため、小説の中ではそこまで戦うシーンなどがあるわけではなかったが、一応そういう世界だ。悪役令嬢のウィノリタは元々成績も優秀、魔法を使わせても優秀、非の打ち所のない女性だ。魔法を練習し始めると、この体のポテンシャルは実際かなりのものだと感じていた。


 生き残るには自衛も必要になる。


 それに、……大好きな父親を死なすわけにはいかない。


 悪役令嬢には不幸な設定もいっぱいあった。


 ……。


 ……。


 一週間の長旅もいよいよ佳境にさしかかる。

 この頃になると、ハンナも靴を脱いで足を伸ばし、私と同じように向かいの座席に足をかけるようになっていた。


 ふふふ、可愛いヤツよ。


 私達は本を読んだり、カードゲームで時間を潰すが、狭い馬車の中での生活に限界が来ていた。そんな中、とうとう王都が見えてくる。


 御者に王都が見えてきたと言われた私は、馬車の天井の窓を開き顔を出す。生暖かい風が頬を撫でる中、私は初めての王都を必死に探す。


 馬車は少し小高い坂を登りきり、ちょうど王都を見下ろす感じで馬車の進行方向に巨大な王都が見えてきていた。

 王都は建物が密集し、まるで島のようだった。


「すごい……」

「わぁ……」


 ハンナも私の隣で顔を出し、その規模に驚いている。


 アンバーストーン侯爵領の領都もそれなりの規模はあるが、ここは桁違いに大きい。都の周りには一面の穀倉地帯が広がり、多くの小作人達が労働に励んでいた。



 王都の門をくぐると、ごつごつとした石畳に変わる。馬車の往来も想定された街づくりがされているようで、広い道を進んでいく。


 ……。


 ……。



 私たちは入学式に遅れないようにと、ゆとりをもってやってきたため、まだ寄宿舎には入れない。私は王都の中にあるアンバーストーン家の別邸に三日ほど滞在することになる。


「贅沢ね。普段住まないのにこんな家……」

「それはもう、侯爵様ですから」


 呆れたように呟く私にハンナが笑いながら答える。こんな家があるなら寄宿舎などいらないようにも思えるが、高等院の学院生は寄宿舎で生活するのが決まりとなっているのだからしかたない。


 普段、侯爵家の人間が住まないのに、ちゃんと家守の人も雇われており、ささやかな庭の木々もキッチリと整備されている。雑草一つない見事な物だ。

 護衛のミュラーたちの部屋まであり、学院に入学する日まで私の警護は続くようだ。


「ふぅ……」


 ようやく馬車の旅も終わり、ホッとした私たちは疲れた体を癒すために風呂に入る。


「私たちがお風呂から上がったら、護衛の方々にもお風呂を使うように言って」

「良いのですか?」

「もちろん。一週間も馬に乗って揺られていたのよ? 少しはねぎらいたいわ」

「分かりました、喜ぶと思いますよ」


 個人宅には勿体ない広さの風呂に浸かりながら、私は今後の予定を模索する。


 正直、十年もこの世界に居れば小説の内容などかなり忘れてきてしまっている。それでも秘密のノートに覚書をしてあるが、一体どうすれば私の不幸フラグが折れるのか見当もつかない。

 ちまちまと悪役令嬢のやりそうなことを潰していくくらいが関の山だ。




 護衛の人たちも遠慮はするものの、一週間も一緒に旅をしていれば私の性格など理解し始めている。

 パーティーも出来そうな広い食堂で食事まで共にする。


 私はハンナをミュラーの隣の席に座らせたときのあたふたぶりを楽しみながら、皆で旅の労をねぎらう。


「長旅ご苦労様でした。皆様のおかげで安全な旅をすることが出来、感謝しております」

「いえ、我々は貴き血を護るのが仕事、お気になさらずに」

「ありがとう、ミュラー。道中に用意していただいた食事も美味しかったですが、今日の食事は王都の名産などを用意していただきました。ぜひ沢山食べていただき旅の疲れを取ってください」

「このような場に我々も招いていただき、恐縮です」

「恐縮しないで、この都会の人たちの中で、田舎から出てきた私たちは同志ですから」

「ははは。いやはや。ウィノリタ様は本当に変わったお方だ」

「ふふふ。あのお父様とお母様の娘ですから」


 流石に護衛の任務中という事でお酒は断られたが、皆で王都の料理を堪能する。その後私たちは早めに床に就き、ぐっすりと眠った。


 ……。


 ……。


 朝、ベッドから飛び降りた私はグッと体を伸ばしながら窓の外を眺めていた。


 この屋敷は貴族街にある。貴族街の敷地にも限界があるためかなり密集はしているが、窓から見える家はどれも立派で素敵な家が多い。改めて王都の賑わいに心を弾ませる。


 洋服は昨日ハンナがクローゼットに全部かけていた。すぐに寄宿舎に行くから良いと言ったのだが、こうして吊るしておいた方がしわも伸び、服には良いらしい。

 私はクローゼットの中から少しアクティブな服を選ぶと着替え、リビングに向かう。


「あら? ウィノリタ様。今日はお早いんですね」

「いつも遅いみたいに言わないで頂戴。ハンナが早すぎるのよ」

「いつも私が起こしに行くまで寝てるじゃないですか」

「……ま。今日は王都の街を歩いてみたいの。ふふふ。今朝は朝食もいらないわよ」

「え? パンはすぐに用意できますよ?」

「王都のカフェーでモーニングを取るのが最近の流行りらしいの。せっかくだから行ってみようと思って。さ、ハンナも着替えて頂戴」

「ええ? 私も行くんですか?」

「当たり前でしょ? 一人じゃつまらないわ」

「ほんとにもう……。私は、このままで良いですよ?」


 ハンナは自分のメイド服をつまみながら答える。


「何言ってるのよ。そんなメイドの格好した子なんて引き連れて歩きたくないわ。友達として一緒に歩きましょう?」

「……毎度毎度この子は……」


 呆れたように私を見つめるハンナに私は黙ってウインクを送る。


「ふぅ……。服なんてメイド服しか持ってきていませんよ」

「えー。何それ。じゃあ私の服でも良いじゃない。背格好も似たようなものだし」

「分かりました。そこまでおっしゃるのなら何かお借りしますわ」

「ふふふ。楽しみね」

「私は不安しかないですけどね……。でも私に合う服なんてあります?」

「問題ないでしょ? でもまあ私の方がウエストもキュッとして脚もスラーっとしているけどぉ。まあハンナもなかなかの物よ?」

「……おそらく胸がきついような気がしますね」

「むぅ」


「ぶほっ……」


 丁度厨房から珈琲を片手に出てきたミュラーが私たちの会話を聞いてむせる。気が付いたハンナが顔を真っ赤にし慌ててタオルを片手に近寄る。


「な、仲がよろしいようで」

「すいません……子供の頃からの付き合いで……」


 苦笑いをするミュラーの服をタオルで拭きながら必死に言い訳をしているハンナの姿がまた可愛いらしく、私はニヤニヤと見つめていた。


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