第2話 出発

 私の送迎会は家族でひっそりと行われた。


 本当は両親が寄り子の貴族等を招待して、それこそ大々的なパーティーとしてやろうとしていたのだが、必死の思いで止めたのだ。

 寄り子の貴族でも二人、同じ年の女の子がいる。その子達も私と同じように王都の学院に入学が決まっているのだが……。その二人がいわゆる、良くある悪役令嬢の取り巻きキャラなのだ。

 悪役令嬢も私は憎々し気に小説で読んでいたが、作中ではその取り巻きの二人もかなり嫌なキャラとして描かれていた。


 うん。近寄らないならそれに越したことは無い。


 そういう思いも強いのだ。



 食堂につくとすでに両親はテーブルについて私を待っていた。普通なら館の主である侯爵夫妻を待たせるなんてもっての外なのだろうけど、今日は家族だけの会食だ。許されるだろう。

 食卓にはすでに豪勢な料理が並び、美味しそうな匂いを辺りに漂わせていた。


「おお、ウィナ。その可愛い顔を見せておくれ」

「遅くなり申し訳ありません。お父様、お母様」

「良いんだ。気にするな。うんうん、ドレスの選択も完璧だ。なあ、母さん」

「貴方から見れば、ウィナが何着ても完璧なのでしょ?」

「はっはっは。違いない!」


 完全に親ばかの父はこれでも侯爵だ。王国内の侯爵の中でも我が家は完全に武の家系。貴族らしさも少なく、私としてはそこは助かる部分ではあった。

 作中でも、主人公に意地悪をする侯爵令嬢に対するアンチの貴族も存在し、そんな貴族たちは野蛮な家系と言って侯爵令嬢の事を認めない者もいたりする。


「うーん。美味しい♪」

「ありがとうございます」


 丁度ローストビーフを切り分け、皿に取り分けていた我が家の料理長が嬉しそうに答える。


「この家を離れることで、唯一残念なのはサムソンの料理を食べれなくなることだわ」

「光栄です。お嬢様」


 サムソンの料理は本当に美味しい。まだサムソンが見習いだった頃に厨房に出入りしていた私が日本の味付けを教えたのもあったが、完全に私の好みの味付けをマスターしている。


「おいおい、私より料理か?」


 話を聞いていた父がおどけたように言う。


「ふふふ。まさか。お父様……も寂しいですわよ」

「はっはっは。ウォルシュ婦人は心配しているようだが、我が娘ながら立派に育ったものだ。なあ? オリビア」


 父はご機嫌で隣に座る母に話を振る。母親はため息をつきながら父親を横目で見る。


「ですが、王子の許嫁としてはまだまだなんでしょう? 学院でもう少し公女として磨きをかけてもらわないと、王妃になるのですから」

「お母様。しかし私は殿下には一度もお会いしたことが無いのですよ? 気に入られるかどうかもわかりませんわ」

「気に入られるように、と、婦人に公女教育をお任せしていたのよ? こんなにお転婆に育つとは思わなかったわ」

「お父様もお母様も立派な武人です。私も本当はそちらを目指したかったのに……」

「何をおっしゃっているのやら……。誰もがうらやむ王子の許嫁よ? 誇りに思いなさい」

「はーい」


 王子の許嫁は、血が濃すぎる公爵家からはあまり取らない。他国との政略結婚も行われることはあったが、現皇太子に於いてはそんな話もなく、同い年の私が選ばれた。


 侯爵家なら王家の許嫁としても何も問題は無い。しかも四歳でこの世界にやってきた私は中身が大人という事もあり、聡明な令嬢が居るという噂がすぐに広まった。王家が興味を持つのも当然だったのだろう。


 父親がその話を持ってきたとき、私は調子に乗りすぎたことを酷く後悔することになった。





 翌日いよいよ私は出発する。


 部屋の姿見の前でまじまじと自分の姿を眺めていた。艶やかな黒曜石のような黒髪が背中まで伸びている。これも小説の設定として大事な髪色だ。ブロンドの主人公に対してダークなイメージをと、漆黒の黒髪のが選ばれた、ということだろう……。


「……どうせなら金髪とかが良かったなあ……」


 黒髪は日本人だったころと全く同じだ。少しくらい変化が欲しかった。


 整った顔立ちは自分でもため息が出る程美しい。切れ長な目に、すっと鼻筋も通り、ふっくらとした薄唇が上品な顔を演出している。さらにその下地も美しい。黒髪と対照的な真っ白い絹のような肌。転生してこの方、ニキビなどに悩んだことすらない。


 ……でも。


「やっぱり少し冷たい印象はあるなあ……」


 頬に手をやり、ため息をつく。


「殴りますよ本当に」


 私の後ろで腰に手をやり、ハンナが仏頂面で睨みつけているのが鏡に映る。


「だって、そうじゃない? まるで心の無い人形みたい」

「誰もがうらやむ容姿を手に入れて……。そんな事言っていたら世の中の女性に恨まれますよ?」

「ハンナは良いわね。私もそんな愛嬌のある顔に生まれたかったわ」

「……ほんと。ウィナは世の女性の敵ですわ」

「ふう……」


 鏡を見ながらにっこりと笑う。なるべく冷たい印象が薄くなるようにと。笑い方の練習も大事なのだ。


「はいはい。可愛いですよ。さ、もう準備は出来ておりますよ」


 私はハンナにせかされ、長年親しんだ自室に別れを告げた。



 ……。


 ……。


「おお、我が姫。もう一度その笑顔を見せてくれ」


 家の門の前で父親がいつもの親ばかぶりを発揮している。


「お父様、今生の別れでも、嫁に行くわけでもないのですよ? そんな大げさな」

「長期休暇には必ず帰ってくるのだぞ。学院生活が楽しすぎて実家に帰らない子供たちも多いと言うからな」

「ええ。私の家はここですから。そんな心配しないでも良いですよ」

「うむ……立派になってくるのだぞ?」

「はい。素敵な淑女になって戻ってまいりますわ」

「はっはっは。もうお前は立派な淑女さ」


 父親の相手をしているといつまでも出発が出来なそうだ。

 私は無理やり話を打ち切り、馬車の中に入って行く。窓から覗くと目に涙をためた父親が必死に何かを言っている。


 私の隣の斜め向かいに座ったハンナが後ろを振り向き御者に合図をする。


 走り出す馬車に向かっていつまでも手を振る父親に私は小さく手を振った。


 ……。


 馬車には五人の護衛騎士が付き従う。護衛騎士団の隊長は「アンバーストーン家の槍」とも言われる侯爵領最強の騎士。そんな大事な騎士をたかだか娘の学院までの旅に護衛につけるなんて……。


 自分がここまで愛されることに後ろめたさもあったが、十年近く一緒に居れば本当の親のようにも感じていた。


「ありがとうございました……」


 小さくなっていく両親を見つめながら、私は小さな声でつぶやいた。

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