1.09 ハジメの家族 ~共依存~
子どもたちの友達が来て四人揃ったみたいなので、俺とアレックスは席を外す。
白熱した戦いもこれでお預けだな。はー、楽しかった。
それにしても、ゲームを通してずっと思っていたことがある。
遊んでいる間は大人びたアレックスも、見た目通りの子どもらしさを感じられた。
この異世界は前世と比べて、あまりにも子どもたちの成長が早熟だ。
小さな時から親の手伝いをして、十歳にもなれば見習いとして働きだす。
このくらいの年齢の子どもには、子どもらしく外で遊んでいてほしいのだが……。
しかし、そうも言っていられないのが現実で、働くことが推奨されて、最悪の場合強制されてしまうのがこの世界の普通である。
世の中どうしようもないことがあるのは、前世と変わらないな……。
俺が子どもの時はどうだったかと思い出していると、アレックスが声をかける。
「ハジメはすごいな。<魔物盤>があれば、戦争における軍師が一気に増えるぞ」
「そんな風に思っていたのか、アレックス? 本当に子供らしくない……」
「子どもらしくない? あと二年で成人するからそれは当たり前じゃないか?」
「ああ、子どもらしくないね。まあ、そういう世界だってのは理解しているが……」
「そういう世界?」
「いや、こっちの話だ。<魔物盤>は純粋に楽しむために再現したんだ。俺が大好きだったゲームってのもあるがな」
少しだけ昔を振り返り、前世で戦ってきたプレイヤーたちに思いを馳せる。
彼らは今頃どうしているだろうか?
急にいなくなった俺のことには気付いてくれただろうか?
いくら考えても仕方ないな。俺は死んで、ここで生きていくしかないのだから。
俺の言葉に違和感を感じたアレックスが何やら真剣な顔で尋ねてくる。
「ハジメはもしかして、その、異界の旅人なのか……?」
「なんだ、その異界の旅人ってのは?」
それから聞いた話は、この世界に降り立った異世界人の建国物語だった。
異世界の知識を使い、色んな場所で知識を披露しては、そこで暮らす人々の日々の生活を豊かにして回ったそうだ。
ふらふらと旅をして、異界の知識を振りまく。
その姿から<異界の旅人>と呼ばれるようになったらしい。
そして、最後には建国するまでに至ったその人は、最後の時まで「うまいカレーが食べたい」と言い残して、永遠の眠りについた。
誰もがその人に敬意を払っていたため、必死でカレーを再現しようとしたらしい。
だが、結局似たようなものまでしか出来ず、完成しなかったそうだ。
たぶんだけど、その異世界人は日本かインドとかその辺りの人だったんだろうな。
俺は<ダンジョンマスター>の力で、ある程度自由にモノを生み出せる。
この力がなければ食事に苦労したと思うから、女神様にはちゃんと感謝しよう。
話を戻すと、俺の言葉の端々に違和感を感じて、俺とユイ姉がこの世界の住人ではないことにアレックスは気がついたみたいだ。
まあ、違和感くらいは感じるだろうな。あれだけ不思議な力を使うんだし……。
<異界の旅人>なんて知識があれば誰だって気づくだろう。
アレックスは俺たちが異世界人だとわかって、悲しそうな顔をする。
だいたい考えていることはわかるが、お前がそんな顔する必要はないのにな。
ここでの生活も充実し始めて、毎日楽しく過ごしているから何の問題もない。
恐る恐るといった様子で、アレックスが質問してきた内容はやはり家族のことだ。
「その……、ハジメたちにも家族と呼べる人たちが向こうにいたんじゃないのか?」
「母親は小さい頃に亡くなった。父親はまともではあったが、ロクデナシだったよ。ユイ姉に関しては本人の口から聞いてくれ。たぶん互いに愉快な話じゃないからな」
「何があったんだい?」
「俺の話をすると、父はいわゆるエリート……優秀な人だったんだ。だけど、家庭を顧みない人で、生活や育児に関することはすべて母に任せていた」
「家庭を、顧みない……」
「この世界では戦争があるせいか、だいぶ命が軽いよな。だから、親たちは子どもを宝として大事にする。もちろん、箱に入れてしまうほど大事にする余裕はないみたいだけどさ。でも、子どもには愛情をたっぷりと注いで、近所の人と互いに助け合う。俺にはそれがどうしても、その、……少し羨ましく感じてしまうんだよ」
中学に入るまではたしかに母は生きていたが、俺が入学してすぐに亡くなった。
俺が小学生の頃には、すでに母は体調を崩していたから限界だったんだと思う。
父も気づいていたはずだが、家に帰れば食事と風呂を済ませて寝るだけだ。
本当に少しずつ、少しずつ弱っていく母を見るのはつらかったな……。
いつからか、母は俺に料理などといった家事全般を俺に教えるようになった。
そのときの母がどう思っていたかはわからない。
だけど、俺はつらそうにする母の代わりになれることをとても喜んだ。
だから、友達付き合いは最低限だったし、近所付き合いもユイ姉だけだ。
そのユイ姉とも当時は疎遠となってしまい、俺は孤独な戦いを強いられる。
今思えば、当時の俺は周囲を頼ることをせず、視野が狭い生意気な子どもだった。
早く大人になりたい年頃だ。周りに頼るなんて恥ずかしいと思っていただろうな。
今だからこそ当時の俺に「早くユイ姉を頼るんだ!」と言いたかった。
お前を理解して、手を引っ張ってくれる温かい存在がそばに居ると伝えたい。
当時の俺を見て涙を流して、全力で助けてくれた唯一の大人。それがユイ姉だ。
あの時も俺を抱きしめてくれたっけ?
ちょっと痛かったけど、温かいなと思ったのを今でも覚えている。
――ユイ姉なら必ず助けてくれる。
そう信じてしまうほどには、前世の俺はユイ姉に依存していた。
ユイ姉だけが俺の味方で、ユイ姉だけが俺の理解者。
だから、当時の俺の目にはそれ以外の他人がすべて敵だった。
中学生になった俺は母親を亡くしたのもあって、荒れていたと言えるだろう。
問題を起こしてはユイ姉に謝らせてしまい、なんでユイ姉が謝るんだよ!といつも声を荒げていたのを覚えている。
俺をいじめるあいつらが悪いのに、俺を叱る先生に納得できない。
理不尽な世界だと嘆いて、ここじゃないどこかに行きたいと本気で願っていた。
こいつは敵だ、あいつも敵だ!と本気で思って、最終的に家の自室に引きこもる。
逃げた訳じゃない。俺は自分が自分であるために、自分を守ることにしたんだ!
そう言い聞かせて、ひとり部屋の中でゲームをして自分を慰め続けた。
ゲームの中の俺は主人公で、理不尽な悪をこらしめて世界を救う。
単純明快な世界で過ごした。
そして、自分以外を下に見たいという欲求に突き動かされて対人ゲームを始める。
今なら虚しいと思える行為だが、俺は確かにあのゲームの世界を愛していた。
あのゲームをするためにユイ姉にわがままも言った。
「じゃあ、わがままを聞いてあげる代わりにね、ハジメちゃんの初めてをこれからもらうね」と散歩に行く気軽さでベッドに押し倒され、理解した上で頷いた俺。
ユイ姉からも「お姉ちゃんも、お姉ちゃんの全部をハジメちゃんにあげるからね」と優しく耳に残る甘い声で言われた。
その呟きと共に、俺たちはその日忘れようもない夜を過ごした。
――引きこもり続ける俺をユイ姉だけは理解してくれる。
――あいつはもうダメだと周りが見放しても、ユイ姉だけが味方でいてくれた。
――だから最後の一瞬まで、ユイ姉は一緒にいてくれたんだ。
――ユイ姉が俺にすべてを差し出す。だから、俺もユイ姉に初めてを捧げた。
――共有する秘密。抱きしめた温もり。交わった快楽。
――ゲームはユイ姉からもらったものだ。だから、ゲームは大好きだ。
――絶対に本人には言うつもりはないけど、俺はユイ姉が大好きで愛している。
互いに依存する、共依存の状態だったのは俺も理解していた。
だけど、それをやめることが出来ない環境だったからこそ、俺たちは引き返すことも出来ずにずるずると、何かが狂い始めてしまっていたのかもしれない。
あの時からユイ姉が俺の世界の中心になった。だから、俺の家族はユイ姉だけ。
この異世界では、たったひとりの家族。
お互いに依存して、お互いを想い合う。やや歪な関係。
それでも俺たちがこの関係をやめることはない。
この関係が変わるとしたら、恋人や夫婦といった健全な形になったときだと思う。
今更だとも思うけどな……。
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