1.08 謝罪と感謝と……

「住民の皆様、僕の護衛が不快な思いをさせて申し訳ありませんでした!」


 アレックスはただ真摯に謝る。

 地上では王族という身分だけど、ここではそんなものは関係ないと頭をしっかりと下げている。


「僕の力が及ばず、彼らを制御できないままに皆様を傷つけようとしたこと、本当に申し訳ありません!」


 十数歳の子どもが、大人たちの過ちを謝っているのだ。

 この姿に住民たちからアレックスに同情の視線が集まる。


 だが、俺はそれがただのポーズだとわかっているので、念のため警告しておく。


「言っておくが、これは頭を下げて謝れば済むことじゃないのはわかるな? あいつらみたいな護衛や貴族は、まだこの国には大勢いるはずだ。だから、あんな浅はかな考えをする奴らを、追い出すつもりで国を動かしてくれないと困る。……俺もここを守るために何をするかわからんからな? そのつもりでいろよ?」


 地下の住人たちは俺の言葉を厳しすぎると思う反面、ここに追いやった奴らのことを考えて複雑なようだ。

 まあ、住人に向けて、俺が言いたいのは簡単に絆されるなってことだな。



 アレックスは俺の前に跪いて手を取る。その手に額をつけて感謝と誓いを述べる。

 あとから聞いたが、これはこの国で最上の敬意を払う重い行為なんだそうだ。

 そんなのいきなりされても知るかよ……。


「わかっております。許しを得られてよかった。いくら感謝をしても、足りないほどです。……ラムール王国、第一王子アレックスが誓います。僕が王太子となり、国王となった時には必ず膿を吐き出し、風通しの良い国にすることをここに宣誓します」


「その言葉を信じるよ。さあ、立ってくれ。みんなで遊戯場に行こうぜ?」


 アレックスを立ち上がらせると、恐る恐る獣人の子どもたちがアレックスを囲む。

 彼も彼で困惑しているが、その表情はとても柔らかい。

 子どもたちもさっきの護衛たちとは違うとわかって、手を引っ張って先導する。


「アレックスさま、あそびにいこ!」

「ここでは『様』はいらないよ? あ、でもうるさい大人たちがいるときはつけた方がいいかも。あいつらは形式にこだわるからね。本当に、嫌になるよ……」


「アレックスはたいへんなんだな? 遊んでむずかしいことは忘れようぜ!」

「ふふっ、みんなで何して遊ぶんだい?」

「アレックスを入れて、ちょうど四人だから……<魔物盤>であそぼ!」

「<魔物盤>?」


 そこで俺を振り返らないでくれないかな、アレックス。

 あとで説明してやるって……。




 アレックスたちを先に遊戯場に行かせて、立ち止まっているユイ姉に近づく。

 どうしたのだろうかと思って、声をかけようとしたのだが……。

 急にガバっと顔を上げて、あのユイ姉が頬を上気させるほどに興奮している。


「『判断が遅い』だって、『何をするかわからんからな?』だってさ! オマケに『その言葉を信じるよ』だって! 私のハジメちゃんがカッコよすぎるぅ!」


「待て待て待て! 興奮しすぎだ、ユイ姉! それに俺はユイ姉のものじゃない!」

「えー、お姉ちゃんのハジメちゃんでしょう?」

「んぐっ。それは、その、そうだけどさ……」


「んふふっ、ハジメちゃんはお姉ちゃんのものー!」


 先ほど使った俺の言葉を繰り返すユイ姉に頭を抱える。

 とろけるようにニヤニヤした顔で、俺の横腹を指で突いてくるのが鬱陶しい。

 それを遅れてやってきたナビィが、さらに揶揄い始めて収拾がつかなくなった。

 はぁ、アレックスのあとをさっさと追いかければよかったな……。



 ◇◇◇



「ハジメ、なぜこんなに面白いものを、もっと早く教えてくれなかったんだい!?」

「いや、知らんがな……」


「アレックスすごーい!」

「掲示板の一番上にいるよ!」

「アレックスはすごい操作が早いんだよ、ハジメ!」


 子どもたちの説明では<魔物盤>のルールがわからなかったようで、アレックスは先に携帯機の落ちものゲームで遊んでいたみたいだ。

 すぐにルールを理解したアレックスは、ランキングの上位をさっそく目指す。

 そして、あっという間にトップに躍り出たらしい。


「これはすごいな。子どもが数字と名前だけだが、文字までこれで覚えている」

「本当にすごいのは、それで覚えられる子どもたちだよ」


「お母さんに褒められたのよ、アレックス!」

「ぼくも名前書けるようになって嬉しくて、他の文字も覚えるようになった……」

「お、オレだって、簡単な計算できるようになったし!」


「みんなすごいね? その調子で両親の役に立てるといいね」


 子どもたちが嬉しそうに頷くのを、柔らかく細めた瞳で見つめるアレックス。

 しばらくして、ランキングのリセットが入って、<魔物盤>をやろうと言い出す。

 俺が来たことで<魔物盤>が遊べると、子どもたちが嬉しそうだ。

 アレックスへのルール説明は、子どもたちが俺に任せた!と言うので任された。




 ゆっくりプレイできるように、俺はテーブルでゲームの設定をいじっておく。

 設定が終わったらアレックスの後ろに回って、説明を続ける。


「まず配られるカードを取ると、駒が出てくる。それを盤面に好きに配置するんだ」

「うーん。じゃあ、この木こりにしてみようかな?」


「わたしはスライムちゃんよー!」

「ぼくは、このネズミかな……」

「オレはオーガだ!」


 うんうん、子どもたちも好きに選んだようだな。

 って、子どもたちの戦いでこっそり賭けを始めるな、そこのダメな大人ども!

 俺は彼らに気付かれないように、頬を引くつかせながらもゲームを進行させる。


「出てきた敵らしきものを倒したが、この三枚のカードは?」

「それは自陣の駒の成長の方向性を決めるものだ。これとさっきの駒を選ぶのをあと二回繰り返すから、大事に選べよ?」


「なるほど。見た目で言えば、剣が攻撃力、盾が防御力、杖が魔法関係かな?」


「アレックス、見ただけでわかるんだ。すごーい! 私は杖かなー?」

「うーん、ぼくも杖を選んでみようかな……?」

「オレは剣を選ぶぜ! 攻撃あるのみ!」


「じゃあ、僕は盾を選んでみよう」


 へえ、アレックスは慎重派なのかな?

 男の子だったら、剣だったり杖だったりを選ぶかなと思ったけど、守りに入るか。


 その後も駒を選び、成長カードを選んでと繰り返す。

 そして、総当たりの対人戦にゲームは進む。


 アレックスが選んだ成長カードは三種類をそれぞれ一回ずつ選んだようだ。

 駒は木こりをメインにして、盾とメイスを持ったタンクという壁役と二人で前衛を務めて、後ろに回復を使う魔術師がサポート役として配置している。


 盤面を見る限り、アレックスはバランス型の戦闘スタイルみたいだ。

 仲間と連携を取って、一体ずつ確実に駒を落とす戦略を選んでいる。

 これがハマるかどうかは、ほかの子次第だな。


「うおっ! あのスライム、分裂を繰り返しているぜ?」

「だけど、オーガと木こりは確実に増えたスライムを減らしてるぞ!」

「あのネズミは何してるんだ? 一度噛みついたら、あとは逃げ回ってるけど……」

「噛まれたら毒状態になるみたいだぞ? それで、逃げてる間に毒が回るみたいだ」


 観戦している大人たちが解説してくれるからとても助かる。

 これでギャンブルしてなきゃ、尊敬したいかもって思うのにな……。



 戦っている彼らの中で、俺と同じ戦闘スタイルはあのオドオドした子だな。

 ああいった少しテクニカルなのが俺の好みだ。……陰キャって言うな、そこ。

 もちろん時と場合によるのが、このゲームのいいところである。

 ゲーム中は相手の選んだ駒を見てから、自分の駒を選んでもいいのだ。


 相手の陣営を確認して有利を取れる駒を選んだ方が、一般的には強く立ち回れると前世でも言われていた。

 当たり前だが、制限時間が存在するのでそこも注意したい。

 置きたい駒を時間内に盤面に置けずに負けることだってあるのだ。




 さて、そんなことを考えている間にゲームはどんどん進んでいく。

 最初に敗北したのは、オーガを選んだ男の子だ。


「くっそおおおお! ネズミは逃げるし、スライムは増えるし、木こりは回復する! オーガだけじゃ対処できねえよ!」


 うん、これは仕方がない。この順位は順当だな。

 次に負けたのは、俺と同じ戦闘スタイルのオドオドした男の子だ。


「ううっ、スライムに数の暴力で押し潰された……」


 逃げ回る毒ネズミじゃ、分裂するスライムとは相性が最悪だろうな。

 これもどうしようもない。


 最後に残ったのは、高速分裂するスライムを操る女の子。

 それと、高速で斧を振る木こりに育てあげたアレックスだ。


「最後は、分裂と処理の高速対決か……」


「おおおお! 分裂してもどんどん斧で潰されてるぞ!?」

「でけえスライムが小さくなっていくぞ!」

「だけど、木こりだって消耗するはず……って、なんで平気そうなんだ!?」

「前の壁役と後ろの回復役、それに罠を張る役が木こりをずっと支えてるんだ!」


 最後のスライムが斧に潰されたことにより、勝者はアレックスとなる。

 いい戦いを見れてよかった。観戦している大人たちも満足そうだ。

 アレックスのバランスと仲間に頼る戦略が、綺麗にハマった形で強かったな。


「わーん、わたしのスライムちゃんがー!」

「ごめんね、つい熱が入っちゃった」

「……ううん、いいよ。でも、次は負けないから!」

「ふふっ、僕も負けないように頑張るよ」


 女の子と健闘を称え合う姿に賭けをしていた大人たちがコソコソと散っていく。

 まあ、そこに奥さんたちが笑顔で「何をしていたのかしら?」と説教を始め出す。

 あれは因果応報とでも言うのだろうかね?

 美容品を夫に交換してもらって、ホクホク顔の女性陣は本当にたくましいな……。


 それにしても、初見プレイであれだけ戦えるアレックスと戦ってみてえな!

 子どもたちに「混ーぜて!」とでも言って、一緒にプレイさせてもらうか?

 さすがに子どもっぽすぎるかな?



 その後、子どもたちと混ざって、俺はアレックスと一進一退の戦いを繰り広げた。

 アレックスが強くて、滅茶苦茶楽しかったとだけ報告しておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る