1.07 王子アレックス

「やあ、ハジメ。あの時の約束を果たしてもらいに来たよ」

「……忘れていてくれたらよかったのに。それにしても、どうしてここに来ることがわかったんですか?」


「ダッセルの商会にいる子に王族命令だよ?と言って、無理に教えてもらったんだ。だから、ダッセル。従業員を責めないであげてね? 僕が無理を言ったんだから」

「事情は分かりました。従業員を責めることは致しませんことを誓います」


 この王子様――アレックスはどうやら権力で情報を抜き取ったようだ。

 従業員さん、可哀想に。

 ダッセルさんもこのあと漏洩対策するんだろうな、残業確定お疲れ様です……。

 膝をついて粛々とアレックスに誓っている。



 アレックスとは以前にダッセルさん含めて、とある問題でお世話になった。

 この商品を卸したのは誰だ!? 本当にお前なのか!? ってね。

 その際に活躍したのが、アレックスが作った魔道具だ。


 真偽を見極める水晶のおかげで、俺たちの証言が真実だと証明された。

 おかげで、アレックスとの仲が深まったというわけなんだが……。


 ――正直、王族なんていう偉い人と仲良くなんてなりたくなかったよ。


 そして、あの時の約束は反省すべき対応だったと今になって後悔している。

 俺の性格上、あれは仕方がないと諦めるしかないんだけどさ。


 アレックスがその商品だったゲームの話をするから、それに俺が反応してしまい、饒舌になって地下ダンジョンの存在を口から滑らせてしまう。

 それでダンジョンに食いついたアレックスに、招待する約束までさせられた。

 まんまと口車に乗せられたと言っていい。



 だけど、あの頃ならよかったけど、今は住人も増えてるし、どうしようかなぁ?


「それじゃあハジメ、ダンジョンに連れて行ってくれるかな?」

「いいですけど、その……、護衛さんたちも連れて行く気なんですか?」

「護衛だからね。僕から言っても離れてはくれないよ……」


 なんだかアレックスも窮屈そうな生活を送っているみたいだな。

 前世で引きこもることになった俺に通ずるものを感じてしまう。


 それを見たユイ姉が心配そうに小声で話しかける。


「……大丈夫かな、あの護衛さんたち」

「うーん、問題を起こすようなら出ていってもらうよ」

「わかった。じゃあ、お姉ちゃんは地下の人たちを守れるように立ち回るね」

「ありがとう、ユイ姉」


 ダッセルさんとはギルドの中で一度別れて、地下ダンジョンに向かうために拠点としているダッセルさんの家に向かう。

 アレックスや護衛たちに、注意事項の説明もしたかったが後回しにした。




 彼らを連れて家の中に入り、玄関ホールからさっさと地下に転移してしまう。

 急に転移したことで護衛たちが慌てているが気にしない。

 俺は注意事項というか、警告をしておくことにした。主に護衛たちに向けてだが。


「なっ、景色が変わった!?」

「ここが、ダンジョンだというのか?」

「へー、思っていたよりも綺麗なところだね」


「念のため先に言っておくが、からな? アレックスに敬語を使うのもやめさせてもらう。じゃないと、住民たちが何をするかわからないからな」


「どういうことだい、ハジメ?」


 地下に案内した途端に口調を変えた俺に驚かないのはアレックスだけだ。

 後ろの護衛たちは、俺の言葉で不愉快そうに顔を歪めている。

 ユイ姉がその様子に殺気立つが、まだ抑えてほしいので軽く手をあげて制す。

 まだあいつらは武器に手をかけたわけじゃないからな、もう少し様子見しよう。


 俺はアレックスと護衛たちにもわかるように丁寧に説明を始めた。


「ここで生活する住民たちは、元々はこの国の民だと思う。でも、色々な理由で生活できなくなったり、追い出されたりしている。それから、お前たちが起こした戦争に巻き込まれた難民や戦争孤児だって、ここには大勢いる。そんな人たちをまとめて、俺はこのダンジョンで保護している」


「貴様は何を企んでいる!」

「国家転覆でも狙っているのか!?」

「……」


「だからな? お前たちみたいな上流階級である貴族たち、それも国を動かせる王族に対して、ここの住民はよく思っていないんだ。『なんで守ってくれなかったんだ』『どうしてこんな思いをしなくちゃいけないんだ』ってな」


 俺の説明をちゃんと理解できているのはアレックスだけみたいだな。

 後ろの護衛はダメだ、さっさと地上に戻ってもらおうかね。

 俺が行動を起こす前に、獣人の子どもたちが俺とユイ姉に向かって走り寄る。


「ハジメー、あそぼー!」

「ユイ姉ちゃん、また面白い話聞かせてー!」

「この人たち、だーれ?」


「なっ、ここには亜人までいるのかっ!」

「獣モドキまで飼っているとは……」

「……」


 護衛のその言葉に、一瞬で子どもたちが泣きそうな顔になる。


 ――俺やユイ姉の服を掴んで後ろに隠れる、今にも泣きそうな獣人の子どもたち。

 ――それを汚らわしいとでも言うような目で見るアレックスの護衛たち。


 アレックスはこの対比を見て何を思うのだろうか? 口を挟まないのが気になる。

 大声を出した護衛のせいで、近くにいた住民たちが何の騒ぎかと集まり始めた。



 まずは子どもたちに向けて、安心するように言って頭を撫でてやる。

 それから護衛たちを睨みつけながら、俺は口を開く。


「あんたら、さっきの俺の言葉の意味を理解できていないのか? 『俺はここで一番偉くて、ここにいる住民たちは俺が保護している』って言ったはずだぞ」


「くっ……」

「アレックス様! こいつは危険です! 今すぐ捕まえて処刑すべきです!」

「……」


「捕まえて処刑ですって!?」

「おい、アンタら。何の権限があって、ハジメを捕まえるつもりだ? あぁん?」

「そこのお坊ちゃんまで、ハジメを悪く言う気かい!?」


 ……住人たちにも火が付いてしまったようだ。

 これはもう簡単には止められないな。住人に危険が及ぶまでは静観するけど……。

 さて、お手並み拝見といこうか。アレックス?


「貴様、王族であるアレックス様になんて口を利く!」

「全員まとめて不敬罪で処刑にするべきです! アレックス様!」

「……」


 アレックスが黙っていると、獣人の子どもたちが大人たちに囲まれて安心したのか護衛たちに向かって声を荒げる。

 その内容はひどいものばかりだ。


「お前たちはぼくたちをいじめる!」

「お父さんやお母さんを返して!」

「オレ知ってる! 貴族はオレたちを獣の血が混じった卑しい奴だって言うんだ!」


「うるさい、うるさい!」

「もう我慢ならん! 汚らわしい獣モドキなど、ここで処分してくれよう!」

「っ! まてっ……」


「判断が遅いぞ、アレックス」


 護衛たちが腰の剣に手をかけたので、俺は彼らを瞬時に地上へと送り帰した。

 今頃はダッセルさんの家の玄関ホールで、アホ面晒して呆然としているだろう。

 ついでに、ユイ姉に結界を解くように言っておく。

 子どもたちが近づいた時から、ユイ姉はずっと結界を張っていたようだからな。




 この惨状にアレックスは項垂れている。住民たちの彼を見る目は厳しいままだ。

 こちらからは顔が見えないが、力のない自分を悔やんでいるんだろうな。

 止められなかったと内心で反省しているのかもしれないが……。


「アレックス、随分と護衛に舐められているんだな?」

「……ハジメにはわかってしまうか。彼らは僕に

「ああ、見ていて不快だったよ」

「彼らは僕を上には見ていない。ただの上司の子どもとでも思っているんだろうさ」


 やるせないな、こういうのって……。

 それに普段から護衛があれじゃ、アレックスのストレスはかなりのものだろう。

 躾のなっていない犬が言うことを聞かないで、その牙でむやみやたらに周囲に噛みつくみたいなもんだ。


 それで飼い主が悪いって言われるんだぜ? やってられんだろ。

 周囲は躾けろって言うけどさ、んだ。

 それでいて、あいつらは主人が偉いから何をやっても許されると勘違いしている。

 もう手が付けられんだろ、そんな無能は。




 とにかく、住人たちはまだ気が立っている。

 まだアレックスが自身で乗り切らないといけない場面なのだが……。

 どうやってこの状況を切り抜ければいいかなんて俺にはわからん。


 だからまあ、これが終わったらストレス発散にでも付き合ってやるとするかね。

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