1.02 退屈の限界
激闘の親子喧嘩から遡ること、数か月前――
女神様のおかげで俺たちが異世界に転生してから、もう二か月くらいは経ったか。
異世界の曜日(?)感覚が未だ身につかず、日付の感覚も家出を続行中である。
地下ダンジョンで一緒に生活するようになった住人たちにでも聞けばいいのだが、「そろそろ覚えてくださいよ」という呆れた眼を向けられるのがつらいところだ。
「ハジメちゃん、今日はどうする? お姉ちゃんはお散歩に行こうと思うんだけど」
今日の予定を聞いてくるのは、俺と一緒に転生した幼馴染のユイ姉だ。
セミロングのダークブラウンの髪と日本人らしい瞳の色は黒。
俺より三つ年上で、一般的な女性より低い身長を気にしている。
首を傾げる姿があざとく可愛いが、長年一緒にいるのでドキドキはしない。
「ユイ姉はこの世界にだいぶ順応してるよね? 俺はまだ外が少し怖いよ」
目にかかるほど長い髪の隙間から俺は散歩の提案を断ろうとする。
異世界に来ても、未だに引きこもり体質が直らない。
ようやく地下の住人たちと会話をまともに出来るようになったところなのだ。
対人コミュニケーション能力のレベルがあまりにも低すぎて悲しくなるね。
「うーん、魔法なんていう不思議な力をもらえたからね。使いこなしたいんだー」
「ハア。それじゃあ、いつまでもユイ姉の後ろに隠れ続けるわけにはいかないから、俺も一緒に散歩に行きますかねっと」
ユイ姉は<マジックマスター>という能力を転生する際に女神様からもらった。
どうやら散歩のついでに魔法の練習がしたいらしい。
俺も<ダンジョンマスター>を女神様からもらっている。
だが、使える場所が限定的な能力のため、普段はユイ姉に守られっぱなしだ。
『じゃあ、みんなでおっきくなった世界樹の下でご飯食べようよ! あっ、ハジメはお弁当とお菓子も忘れないでよね! 今日はクッキーがいいわ!』
俺とユイ姉の会話に口を挟むのは、異世界の生活をサポートする妖精のナビィだ。
手のひら程度の身長で、背中の羽で空を飛ぶその姿はまさしく妖精と言える。
だけど、こいつが残念妖精だとわかる今なら女神様にチェンジを申し込みたい。
これは名案だ!と瞳を輝かせて、ナビィは俺に弁当を作れと急かし始める。
魔法の練習に軽く散歩をするだけのはずが、なぜかピクニックになってしまった。
たしかに、俺はユイ姉よりは料理が出来るさ。
お菓子も<ダンジョンマスター>の能力でお手軽に作り出せるよ。
だけど、ナビィさんや。ちょーっとばかし図々しくありませんこと?
このぐうたら妖精の存在も扱いにもずいぶんと慣れてきたとは思っているが……。
――女神様、妖精の人選ちょっとミスってないですか?
内心そう思わずにはいられなかった。
実際、役に立つ場面は今まで多々あったよ? ホント、ホント。
そこは認めるしかないんだけどさぁ……。
ああ、お菓子ね。何がいい? ビスケットで前哨戦? ……ったく、わかったよ。
彼女のおかげで救えた命もあったし、彼女に導かれてダンジョンの住民も増えた。
これらの功績を考えれば彼女を褒めるべきだと思うけど、褒めたくない俺がいる。
たぶん、普段の残念な言動と行動が原因だと思う。
……はいはい、次はお茶ね。今、お湯沸かすから、少し待てってば。
――そういうところだぞ、ナビィ。
俺たちが生活する地下のダンジョンは、地上と同じように昼も夜も存在する。
転生した当初と比べたら、ダンジョンの環境は随分とよくなったと思う。
<ダンジョンマスター>の力を使って、天気なんかも制御中だ。
天候や気温は地上とほぼ一緒にして、極端な雨期とかは避けるようにしている。
女神様から転生時に渡された<世界樹>も住人が増えてすくすくと成長中だ。
渡された<世界樹>は、苗木程度の大きさで本当に頼りない木だった。
それが今では遠くから見上げないと天辺が見えないほどに成長している。
<世界樹>は地下に住む人々が放出する魔力や空気中の魔力を吸収して成長する。
成長した<世界樹>が空気を浄化しながら、吸収した以上の魔力を放つ。
おかげで、俺の<ダンジョンマスター>の力を使うための魔力には困らない。
転生したばかりの頃は地下で生活するには衣食住の何もかもが足りなかった。
そこで<ダンジョンマスター>の出番だ。
たぶんだけど、女神様が生活するための魔力は用意してくれていたんだと思う。
衣食住の生活物資をその魔力で生み出して、俺たちは細々と生活を送っていた。
地下に住民が住み始めてからは、彼らのために野菜や香辛料の種を渡す。
もちろん、<ダンジョンマスター>の力で生み出したものだ。
畑で取れた余剰の作物は、たまに我が家におすそ分けしてもらうことがある。
色んな家からおすそ分けしてもらうとかなりの量になってしまう。
そのため、入れたものは時間停止するというチートな倉庫を用意した。
これで中のものは腐らないし、何か困った時にはここから食料を出せばいい。
他にも、無限に回収し続けられる岩塩の塊なんていうユニークなものまで作った。
これは俺たち以外の地下の住民たち用だ。
塩が取れる海はこのダンジョンにもさすがにないからね。
果樹園を主にして森林を作って、最近はせっせと草を生やして草原を作っている。
荒れ果てた荒野だったダンジョンも緑あふれる場所になったとナビィが喜ぶ。
ここまで環境を整える道のりは本当に長かった。働きまくったと言っていい。
……だから、そろそろいいよね? もう我慢しなくてもいいよね?
これだけ働いたんだから、俺が思うゲームセンターを作っていいよね!?
ユイ姉と遊ぶボードゲームも楽しいよ? でも、俺は前世のゲームが遊びたい!
転生直前にゲームの大会で日本一になった喜びがまだ忘れられない。
頭を使う戦いの中でしか味わえない、あの震える高揚感をまた味わいたいんだ。
それに、この異世界は娯楽があまりにも乏しすぎる。
人々は生きるために働くのが精いっぱいで、娯楽?何それ?状態なのだ。
地上はそんな人たちで溢れているが、地下だと退屈でやることがない時間が多い。
畑仕事もそこそこな住人たちからも何かないのかと何度も相談を受けている。
なので、いい機会だから俺は大々的にゲームセンターを作ろうと思ったわけさ。
異世界的に言うならば遊戯場になるかな?
<ダンジョンマスター>である俺が作るゲームはきっと異世界でもウケるはずだ。
前世では電子的だったが、今世では魔力的なゲームを作ることが出来る。
あれこれと計画を立てて、ゲームの内容を考えていく。
労働からの反動でハイな俺の頭からはアイデアが次から次へと湧いてくる。
だが、異世界の住人にもわかりやすく受け入れられるようにと慎重に事を運ぶ。
そうして、ゲーム案がまとまる頃にはさらに一か月が過ぎていた。
ゲームの内容が決まり、あとは実際に建物を作ってみるだけだ。
さあ、住民たちを満足させる驚くような
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