第3話 気づき

三井家にお世話になり始めて数日がたった。

兄弟のいなかった大地は3兄弟と猫に日々翻弄されながら、少しずつ体調を戻していった。

ある日は双子とキャッチボール、ある日は美奈先導でおままごと。

自分が幼い頃した遊びから時代を感じる最先端のおもちゃまで、毎日毎日飽きることなく3人の子供たちは大地を様々な遊びに誘った。

疲れたら窓際で4人プラス1匹で眠り、1日1日があっという間に過ぎていった。

あんなに毎日見ていた涼の夢もごくたまに見るだけになり、美奈と双子の達也と和也に1日中構われ遊び尽くす日々を送るようになってから強制的に熟睡する夜を過ごすようになった。そんな大地の目の下のクマがだいぶ薄くなったころ、親方が三井家を訪ねてきた。

「迷惑かけてすみません」

親方の前に座ると同時に頭を下げる。そんな大地にいいから顔あげろと変わらない凛とした声で告げる親方。恐る恐る顔を上げるとそこにはいつものしかめっ面ではあるが心配げに大地を見る親方がいた。気恥ずかしさに思わず再度俯く大地。少しの間沈黙が流れ、俊彦が人数分のお茶を持ち大地の隣に座った時

「お前次の現場から復帰するか」

はっと俯いていた顔を上げ親方の顔を見るが、当の本人は先ほど俊彦が持ってきたお茶をすすりながら窓の外を見ている。

「いいんですか?」

思いの外自分の声が弱々しく大げさに咳払いをする。窓の外を見ていた親方は片眉を上げ大地を見る。

「なんだ、まだ休みが必要か?」

「あ、いえそういうわけでは!」

思わず大きな声になってしまい、慌てて口を押さえる。隣で俊彦が大丈夫だから落ち着けと背中を優しくさする。

「三井、香澄ちゃんはなんて?」

「本当はまだ休んだほうがいいらしいんですけど、半分子供らの世話してくれるのありがたいからがあるみたいなんで、大丈夫ですね」

はっ変わらねえなと親方の目尻が珍しく緩む。俊彦は俊彦で相変わらず尻にひかれてまさあと頭を搔く。そんな現場とは全く違う雰囲気の二人を見て、自分の二人との付き合いの浅さを痛感する。涼の件まで自分はプライベートはプライベートだと割り切っていたし、なんなら時代錯誤の体育会系にブラックだと愚痴っていたことを恥じた。親方は何も言わず長期間大地を休ませ、俊彦は家族を巻き込みながら自分の世話を見てくれている。大地は改めて申し訳なさでいっぱいになった。そんな自己嫌悪に陥っていた時、さて、といつものしかめっ面に戻った親方は大地を見る。

「ってお医者様がいってるが、お前はどうしたい?」

ごくっとつばが喉を通っていく音を鳴らし、再びテーブルに頭を擦り付けるくらい下げ

「復帰させてください、よろしくお願いします」

「そうか、まあ、無理するなよ」

じゃあ、帰るわと親方が席を立つ。

「5日後のやつからな」

「はい! よろしくお願いします!」

玄関を出て親方を二人で見送り、湯飲みを大地が下げていると子供達が帰宅する元気な声が聞こえてきたと思ったら、バタバタと言う足音とともにリビングの扉が開く。続いて香澄さんの手洗いうがい忘れないでーと言う声でリビングで俊彦に抱きつこうとしていた子供達が洗面所に引き返していく。

子供達に遅れて買い物袋をぶら下げリビングに入ってきた香澄がそこで金丸さんに見かけたけどと俊彦に尋ねる。ついさっき帰った親方が車に乗って走り去っていくのを見たのと。

俊彦は香澄から買い物袋を受け取り、さっきあった親方との会話のあらましを伝える。

「復帰かあ、じゃあ忙しくなるわね」

そんな二人のもとにやってきた大地はあのっと声を掛ける。

「今まで本当にお世話になりました! それで、あの、俺家に帰ろうかと思います」

大地が言い終わるか言い終わらないかのタイミングで後ろからええー!という子供達の大きな声が。びっくりして振り向くと美奈と達也が大地に抱きつく。

「ダメよ! 大地はここに住むの!」

「そうだよ! 大地の家はここ!」

和也は泣きながら香澄に抱っこされ帰っちゃやだーと叫ぶ。そんな和也をあやしながら大丈夫よまだ大地くんはここにいるからと事もなげに告げる。そんな香澄の言葉に聞き間違いかとえ?と思わず声に出す大地。

「あら、まだ一人暮らしはダメよ」

当たり前じゃ無いと真剣な顔で大地を見る香澄。

「そうだぞ山崎。お前はまだしばらく居候だ」

香澄の言葉にそう続ける俊彦も明るげな声色とは裏腹に真剣な顔をしていた。

「でもこれ以上迷惑をかけるわけには」

となおも大地は食い下がる。そんな大地を見てじゃあ、大地くん俊彦の車に乗れる?と尋ねる香澄。

その言葉に反射的にその車が思い浮かび、そして芋づる式に涼の件を思い出し胸が急に苦しくなる。

「ほら、言ったじゃない」

和也を抱きながら大地に駆け寄り背中を撫でる。

「心の傷はね治りにくいの。治ったと思ってもちょっとした事ですぐ膿んじゃったりね」

医者の言う事なんだから間違いないのよと大地の背中を撫でる手は大地の心が落ち着くまで止まらなかった。そっと大地の頬に小さい美奈の手が触れ泣かないでと告げる。それで自分が涙していることに気づき、思わず両手で顔を覆う大地。

「厄介なのが、自分で気づきにくいってところなのよね。だから今は私のことを信じて。ね? 今はまだ一人にならないほうがいいの。嫌でもね」

震える喉ではいと言った大地の声は音になっていなかった。この呼吸すらままならない自分の体は賑やかな三井家の人たちによってかろうじて普通を装っていられたのだと気付かされた。



「おら、山崎出るぞー」

はいと早朝の皆がまだ眠っている中、静かに家を出る大地。例の車を見て一瞬息を飲むが、俊彦は当たり前のように前まで乗っていた車ではなく香澄用の軽に乗り込む。

「おら、遅刻すんだろ」

その言葉に大地も慌てて車に乗り込み、つけたシートベルトを優しく握る。

「ありがとうございます」

何がだ?と少し照れたように告げる俊彦はいささか強めにアクセルを踏み、普段よりもわざとらしくからかいの音をにじませた声で

「お前今日からしばらくしんどいぞー。しばらく休んでたからな」

可哀想にとニヤついた顔に変わった俊彦を見て、こうやって色々なことから守られていたんだなとなんとも言えない気持ちで胸がいっぱいになる。

「なんだ、変な顔しやがって」

思っていた反応を返してこない大地に、気恥ずかしさを感じたのかそこから現場に着くまで俊彦が話しかけてくることはなかった。車のラジオから流れる流行りの音楽を耳にしながら、大地は改めて自分の周りの人に感謝した。


現場に着いた後も久々に出勤した大地を以前と変わらぬ態度で、時に揶揄い時に叱責しながら受け入れてくれた。それが大地にとってどれほどありがたかったかわからない。感謝の気持ちを伝えようとしても、何がだ?ととぼけるようになんでもないことだと体現するかのように振る舞う人たちに大地はもう何も言うことができなかった。


その日の仕事終わり、久々の労働に心地よい疲労を感じていた大地は日課の子供達との遊びもそこそこに床についた。

心地よい疲労と筋肉痛にすぐに睡魔が襲ってくる。大地の周りには自分たちの布団を持ってきた子供達が眠っていて、福も大地の足元で丸くなっている。子供達の寝息に導かれながら、これからもっと頑張って周りの人たちに恩返ししなきゃななんて考えながら眠りにつく。ふと久々にあの目が線のようになって楽しそうに笑う涼が頭に浮かんだような気がした。

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