最終話 心の輪を紡ぎ続けること



「父も母も自分のやりたいことをとことん突き詰める人だった。それほどまでに自分の仕事を誇りに思っていたんだろう。けれどもそれが仲違いを起こすきっかけになって二人は離れ離れになってしまったんだ」



 * * *



 忠継さんに教えてもらった明夏さんの過去。


 両親の仲違いにより、東京から松島町にある叔父の住む家「不動邸」に預けられた幼少期の明夏さんは常に寂しがっていたといいます。


 それを見かねた忠継さんは夫婦仲を取り戻す案を明夏さんと二人で話し合ったのです。


 絵本に描かれた妖精『リングメイカー』が知る人の心と心を紡ぐ秘術「輪紡わつむぎ」を参考に、指輪職人の忠継さんに教わりながら明夏さんは両親の指輪を二つ作り上げました。


 お父さんとお母さんが仲直りすることを願って──。


 けれども都内の車道で発生した凄惨な多重衝突事故に巻き込まれたことにより、亡くなった両親の輪紡ぎの結果が分からないままとなっているのです。



 * * *



「僕が今もなお指輪製作を続けるのは、忠継さんのように人に幸せを与える指輪職人になりたいと思ったことと、妖精『リングメイカー』が知る秘術「輪紡ぎ」が実在していて、僕が制作した指輪を受け取った両親が仲直りしてくれたことを願うためにあるんだ」


 私の隣に佇んでいた真一さんが声を震わせて、目からハラリと涙がこぼれ落ちました。


「なんて健気な子なんだ。君は円夏さんのように何にでも染まれる子であっただろう。これが今の君の『色』なんだな」


 明夏さんは時々、今まで送ってきた人生のことを「灰色だった」と色で例えていました。


 そして、これまで私がRINRIN堂で過ごした中で忠継ただつぐさんと明夏さんからこう言われています。


『君は数多あまたの花の色で人生を色鮮やかなものにしてくれる』と。


 私は明夏さんの大きな手を取ってニッと笑ってみせます。


「明夏さん。輪紡ぎ本当にあるといいね。私は信じるよ、明夏さんの両親が仲直りしたってね」


 明夏さんはその言葉を聞いてハッとしたように目を見開いたと思うと、すぐに優しく顔をほころばせました。


「ありがとう、ふら。輪紡ぎが本当にあるって僕も信じるよ。僕は『リングメイカー』になるんだ。これからも人の心の輪を紡ぐ者でありたい」


 空は夕闇、空には輪郭がはっきりした丸く白い月が浮かんでいます。私達は空を見上げたまま星がまたたくその時まで静かに立ち尽くしていました。



 * * *



 共同墓地の坂を下って帰路についていたところ明夏さんが話しかけてきました。


「きっと僕に関わる何かでふらは知らない場所を彷徨う羽目になったんだろう?」


 その発言に私と真一さんはギクリとしました。さすが明夏さん、日々指輪に関する悩みを持つ相談者を解決に導く「指輪探偵」をしているだけあって勘が鋭いです。


「もしかしてふらに話しかけてきた相談者は意外と近いところにいるのかもしれない」


 私はなんと言えばいいか迷って口をマゴマゴさせていると……ふと思いついた言葉を訊ねてみました。


「明夏さんは運転手さんのこと悪く思ってるの?」


「あっ、こら! ふらちゃん!」


 真一さんが慌てふためきます。


「……あの事故の原因を警察は特定できなかったそうなんだ。けれども分かっていることは僕の父と母と、その運転手さんは事故に巻き込まれてしまったということだけ。松崎真一さんという運転手さんに僕の両親の送迎をお願いしたことで事故で亡くしてしまい忠継さんは酷く後悔してしまって、遺族の方に毎年謝罪に行くほどだ」


「そうだったんだね……」


「松崎家の方々は悲しみに暮れる日々を送っていたけど、忠継さんの来訪を今は快く迎えてくれるらしい。遺族同士、亡くなった人達の冥福を祈ろうってね。亡くなった夫のことを奥さんと子供二人はずっと愛し続けると言ってるそうだ」


 その言葉を聞いた真一さんはパッと表情が明るくなりました。


 坂を下りきって愛宕駅に向かう道中、どこからかやって来た誰も乗っていない幽霊タクシーが道路の路肩に停車して、それに乗りこんだ真一さんは車窓を開けて私に別れの言葉を告げました。


「ふらちゃんありがとう。君のおかげで私の心の整理がついたよ。今から私は東京にいる家族のもとに向かうつもりだ。今日がお盆の最終日、私の身体が動くうちに……会いに行く」


 私は手を小さく上げてバイバイすると、真一さんも手を上げてくれました。


 その時、私は見たのです。真一さんの中指に巻かれた赤い糸がするりとほどけていくのを。完全に糸が解けた瞬間、幽霊タクシーと真一さんの姿は完全に見えなくなりました。


 姿が見えなくなった真一さんはもう東京へ行ってしまったのでしょうか。彼の声も車の走行音も全く聞こえません。


 ──家族に会えるといいね。真一さん。


 私はそう心の中で強く念じました。



 * * *



 お盆が明けた翌日のRINRIN堂に訪れると、明夏さんの叔父の忠継ただつぐさんが東京から帰ってきていました。


「ふらちゃん、お土産だよ。東京ばな奈」


「ありがとうございます! 明夏さんから聞きましたよ。忠継さんはお墓参りのために東京へ行ってたんですよね?」


「まあね。例の事故の遺族会というものがあって、昨日がその……被害者達の命日なんだ。毎年開催されるんだけど、今回は明夏は行かなかった。ふらちゃんがRINRIN堂に来るかもしれないからってね」


「ええっ!? そうだったんですか! ごめんなさい……」


「ハハハ、まあ気にしなさんな。毎年この時期になるとあいつはいつも以上に辛気臭くなってしまうが今年はそうでもなかったからな。ふらちゃんのおかげでもあるよ」


「……反省します」


「今年は明夏の様子が変わったが、遺族会の様子もいつもと違う気がしたな。あれから時間が経ったからか……皆、前を向きつつあるのを感じた。亡くなった俺の友人に松崎真一という奴がいてね。実直な奴で常に眉をキリッとした真面目な顔をしていたんだが、昨日はちょっと不思議に思うことがあってね」


 忠継さんがなんだが爽やかで嬉しそうな明るい表情を見せてくれます。


「毎年、松崎家に行って仏壇に線香をあげに行くんだが、仏壇に置かれている真一の遺影がいつもの真面目な顔じゃなくて、どこか優しく微笑むような表情をしているように見えたんだ。奴のあんな表情を今まで一度も見たことが無かった。事故以降、後悔だらけの日々だったが俺の心情も遺族会にいたみんなのように変わりつつあるのかもな──」



 * * *



『リングメイカーと夕闇に手繰り寄せる糸』終


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