第9話 透明で真っ白
とにかく真一さんに夕刻の世界で出会えて良かった。
見知らぬ駅のホームの階段を降りていくと隣にいた真一さんが「わーっ!」と叫んで駆け降りて行きました。
「なになに、どうしたの!?」
「見てくれ! そこの駐車場に私の相棒が!」
がらんと空いた駐車場の片隅に黒色のタクシーが停められていて、真一さんがクラウンがどうのこうの言っていますが私は車のことあまり詳しくないのでよく分かりません。
「懐かしい気持ちになるほど時が経ってしまったんだな……。ふらちゃん見てくれ」
差し出された中指に巻かれた赤い糸がタクシーに向かって引かれています。
「そうか、お前が私を呼んでいてくれていたんだな……ああ……!」
嬉し涙を流す真一さんを見ていると私もなんだか目頭が熱くなってホロリと涙を流しそうになりました。
「ふらちゃん。ありがとうここまで私を導いてくれて。もし良かったらなんだが……君を送っていくよ。きっとあのトンネルを抜ければ元の世界に戻れると思うんだ」
「うん、お願いするね」
* * *
「このうるま市の通りは何度か通ったことがあるから知り尽くしているんだ。例え遠方であっても円夏さんが私の送迎じゃないと嫌だと駄々を捏ねるためにマネージャーから飛行機のチケットを渡されて一緒に遠出することもあった」
タクシーの後部座席の真ん中に座る私は真一さんの話を聞きながらこの町の遠景を眺めていました。
夕日が沈んでいく海。遠目で見てもその海の透明度が高いことが分かります。晴れた昼下がりに見たかったです。ガラスのように透き通る透明な海を。
「円夏さんは、真一さんのことが好きだったのかな?」
ポツリと呟いたその言葉に運転する真一さんは落ち着いた口調で否定しました。
「いや、あの人に初めて対面した時から既に私は今の妻と結婚していたし、それに円夏さんだって世間には秘密にしてたが、婚約者がいたからね。妙に気が合うんだよ。私の話がどこか気が抜けてるというか、他愛もない話をするだけで心が落ち着くと、円夏さんは楽しげに話してくれたっけな。あと運転が荒っぽいところがないとこも良いって褒めてくれたっけ。あの人乗り物酔いが酷かったから」
真一さんが深く帽子を被り直します。
「恋愛とはまた違う友の絆といったところかな。円夏さんは演劇に関してはすごいお人だった。例えるなら透明で真っ白。演劇の物語の中に入り込むと簡単に何にでも染まって別人のようになる。円夏さんが役を演じている場面を何度か見学させてもらったことがあるけど、さっきまで対面して会話していた人とは全くの別人と思えるくらい様変わりするんだ。たくさんのドラマや映画に出演して主演女優賞を授与されるのも納得できる」
恋とは違う信頼の絆。
友をこれほどまでに褒め称えて尊敬できる人を私はなんだかとても羨ましくそして自身もそうなりたいと心の中で思うのでした。
「円夏、この指輪を見てくれよ。あの子が作った物らしいんだ」
不意に私の隣から男の人の声が聞こえました。
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