第8話 女優霊



「お疲れ様でーす」


「ふーっ、今の良いの撮れたよ」


 その言葉を皮切りに、円夏さんと黒いモヤモヤ達が脱力して何か雑談を始めました。


「いやあ、良かったよ。円夏まどかちゃん。君の演技は相変わらず最高だね!」


「ありがとうございます。監督」


 円夏さんが先ほどの泣き出しそうな表情から打って変わり、パッと爽やかな笑顔をしていました。


 何が何だかよく分からなくて、私の頭の上にポンポンポンとはてなマークが浮かんでいます。


「どういうこと……?」


「あれは、円夏さん主演で数年前に放送されるはずだった朝の連続テレビドラマ『うみのきてき』のワンシーンだ」


「うわっ! 真一さんいつの間に後ろに! 今までどこにいたんですか! 心配したんですよ!」


「少し離れた後ろからずっとついてきてたさ。君はふらちゃんだよね?」


「うん?」


「今、私の目には君があそこにいる彼らのようにモヤモヤとした黒い煙のような何かにしか見えないんだよ。さっき私の名を呼びながら町の中を歩いていただろう? 恐ろしいものに見えた」


「……」


 今の真一さんの目からしたらあそこにいる円夏さんは普通の容姿に見えてるってことだよね……? その違いって……。


「あの円夏さんって人、どんな人なの? それに真一さんとどんな関係が」


沖宮円夏おきのみやまどか。芸能事務所『AFYプロダクション』に所属する演技派女優だ。彼女も私同様に死人でもうこの世にはいない。私は円夏さんの専属のドライバーだったんだ。君はあの人のこと知っていたか?」


「……ううん。でもあの人と対面した時にどこかで見たことあるなって思ったんだ。そういえばお母さんが見ていたドラマの再放送とかであの人見たことがあるのかも」


「円夏さんは沖縄県うるま市出身だったためにこのドラマの主演に抜擢ばってきされた。けれども、君が今いる駅は実際には存在しない。沖縄には鉄道が走っていないんだ。このドラマは『もし沖縄に鉄道があったら』という題材で制作されたものだ。彼女の死後、このドラマがどうなったのかは私にはわからない。代役があったのか、もしくはドラマの制作自体が中止になったか……」


 ドラマの撮影が終えたためなのか円夏さんと黒いモヤモヤの集団が駅のホームの出口側にいる私達の方へ向かってきます。


 もしかして私たちのこと気付いていない……?


 少しも視線が合わずにすれ違っていって、最後の一人が過ぎ去った後に後ろを振り向くと、そこにはもともと人なんていなかったかのように、誰の姿もありませんでした。


 ──カナカナカナ。


 ひぐらしの鳴き声が次第に弱くなっていって、夕日が沈んで赤紫色の空へと移り変わりつつありました。


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