第7話 見知らぬ海辺の駅にて



 このまま放っておいても良かったかもしれません。


 けれども自分の死を実感して涙を流していた真一さんの姿が頭から離れられなくて、このまま放っておくのは心の中に後味が悪いものが残りそうな気がして、私は自然と彼の後を追うようにトンネルを抜けて夕刻の世界へと足を踏み入れました。


 耳を澄ますと細波の音が聞こえてきます。


 沈みゆく夕日、見慣れない町。


 建物や道路などの周辺の様子は松島町と特に変わらないように思いますが、道路の脇に植えられている街路樹や花壇の花、無造作に生えている空き地の植物を見るとどことなく暖かい地方の雰囲気を感じさせます。


「木に花が咲いてる。デイゴの花、初めて見る」


 道路には車どころか人も行き交う姿がありません。


 建物や電柱の看板にところどころ「うるま市」という文字が書かれていて、ここは私の見たことも聞いたこともない全く知らない地方のようです。


 スマホを操作しようとしますが、画面が真っ暗で電源が付いているのか付いていないのか分からない状況になっています。


「どこなのここ。真一さーん」


 おーい、おーい、と呼びかけても誰も返事を返してくれなくて世界に一人だけ取り残されたような気持ちになって急に恐怖心が芽生えて早く帰ろうと元来た道へ引き返そうとしました。


 ──カンカンカン。


 踏切の音。レールが軋む音が聞こえてきて建物の陰に隠れて見えないのかもしれないけど、近くに鉄道があるようでした。


 私は人気がある場所を求めてその音がする方へ歩んでいきます。


 何軒か建物を横切った後に目に入ったのは愛宕駅と同じような駅舎や屋根の無い野晒しにされた駅のホームでした。


 駅のホームに誰かいて何やら怒っているかのように叫び続けています。


 先ほど会った円夏まどかさんという女性でした。


 駅のホームに立つ円夏さんは先ほど見せた凛とした瞳から打って変わり、弱々しく今にも泣き出しそうな顔をしていて、人のシルエットをした奇妙な黒いモヤモヤに囲まれています。


 恐らく十人以上います。その内の一人に腕を掴まれて必死に抵抗しているのです。


「嫌よ、私は松久家まつひさけの言いなりになんてならないわ!」


 なんだかよく分からないけど、円夏さんが黒いモヤモヤに襲われているのは確か。


 居ても立っても居られなくなって私は周辺を見回したけれど武器になりそうなものはなかったので、背負っていたリュックのヒモを腕に持ってリュックを振り回しながら円夏さんの元へ慌てて駆け出します。


「わあああ!!」


 ちょっと怖かったよ。黒いモヤモヤの集団。


 私は叫びながら円夏さんを助けに行こうとしましたが、突然黒いモヤモヤの一人が「カーーーット!!」と声を張り上げたので、驚いてその場で立ち止まってしまいました。


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