第5話 手繰り寄せる糸の先は




 明夏さんへ


 今日は用事があるのでRINRIN堂に行きません。今度行く時はグラジオラスの花を飾ったとびきり綺麗な花束を持っていくので楽しみにしてください。



 * * *



 真一さんと出会ってから次の日の朝に、私はスマホのメッセージアプリで明夏さんに上記の文を送信しました。


 本当は今日も行くつもりだったんだけど……きっと真一さんの中指に巻き付く赤い糸の謎を解明できるのは私だけしかいないのです。


 RINRIN堂の指輪探偵、忠継さんと明夏さんのように私も謎解きに挑戦&解明するのだと躍起やっきになります。


 指輪の謎解きをいつもそばから見てるだけじゃ指輪職人の弟子の助手(自称)として面目立たないもんね。


 前日の夜、私の実家の花屋「ル・ジャルダン・スクレ」の2階にある自室で、真一さんの指を引き続ける赤い糸の謎を自分なりに考えてみました。


 赤い糸が引っ張る方角を地図を用いながら見定めます。RINRIN堂から北方面、実家の花屋から見て北西方面。


 地図アプリからスクリーンショットした松島町の地図の画像の上に、お絵描きアプリを使って指先でスマホの画面をなぞって線を引いてみます。


「この町に来てから強く赤い糸に指を引っ張られるようになったのだ」


 と、真一さんは言いました。きっとこの町のどこかに真一さんの来訪を心待ちにしているがあるのです。


  スマホの画面に表示されているRINRIN堂から伸びる線と実家の花屋から伸びる線が交わる場所に円を描きます。


「うーん、松島駅の隣駅。愛宕あたご駅だね」


「その周辺には何があるんだい?」


「何度かこの辺歩いたことはあるけど、特に何もないかな。松島海岸からだいぶ離れた普通の町の風景」


「そうか、うむむ……」


 真一さんが腕を組んで難しそうな顔をします。


「いったい何故私を引きつける……。私にとって縁もゆかりもない場所なのに」



* * *



 どのくらい歩き回るのか分からないので、熱中症対策のスポーツドリンク、電池で回るハンディファン、汗拭きハンドタオルなどリュックに詰め込んでみました。


 明夏さんにプレゼントしてもらったお気に入りのキャスケット帽を被っていざ出発です!


 私が家を出たのが午前10時頃で、燦々と照りつける太陽の下で少し離れた道路の上にウニョウニョと陽炎が立ち込めているのが見えます。


 雲一つない青空には観光客が屋台で買った食べ物を狙い宙をくるくる回るトビの群れ。


 耳をすませば町内を走る車の走行音とともに松島海岸の寄せては返す細波の音が微かに聞こえるような気がします。


「絶好のお散歩日和だね」


 ふと、真一さんを見ると音も声も無くひっそりと目から涙を流していたので思わずギョッとしました。


「どうしたの?」


「何気ない日常を目の当たりにして、私が死人であることを強く実感してしまったからだ。私を取り巻くこの世の全ての生があまりにも眩しすぎる」


 長袖で涙を拭うその姿に、私は切ない想いが胸に込み上げてきました。


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