第3話 タクシードライバーの悩み
「去年もお盆の日にこの店に来たが君の姿を見なかったな」
「ああ……去年は仙台のお婆ちゃんの家に行ってたから……」
幽霊と世間話をするなんて生まれて初めてのことで奇妙です。
真一さんが言うには普段はぼんやりと宙を漂っていて無気力になっていますが、お盆の日になると元気が湧いてきて(幽霊が元気になるって言い方なんだか変だけど……)こうしてどこへでも自由に行き来出来るようになるそうです。
「RINRIN堂に来るってことは指輪が欲しくて? それとも指輪に関する悩みがあるとか?」
「これを見てほしい」
真一さんが左手を差し出します。薬指に指輪がはめられていて結婚したことのある人なのが分かりましたが、不思議なのが中指です。
赤い糸のようなものが中指に円状に巻かれていて、円から一本の糸が二、三センチほど伸びてグイッ、グイッとどこかへ指を引っ張っているようでした。
伸びる一本の糸は真一さんの足先のように二、三センチ伸びた先から見えなくなっています。
「何これ……?」
「私にも分からないのだよ」
「運命の赤い糸」
不意に思いついた言葉をポツリと呟きます。
「そんな浮ついた物だったらいいのだけどな」
* * *
糸で巻かれた指の輪だけど、金属の指輪と違う物だし、そもそもこんなものをいつものように相談事解決に導くことが出来るのでしょうか……?
指輪探偵と呼ばれている忠継さんは今出払っていていないし、真一さんのことが見えない明夏さんは……。
「私の悩みとは指を引っ張るこの赤い糸の先に何があるのか知りたいことにある」
「ふーん、自分で糸の先に行って確かめてみればいいんじゃない?」
「嫌だ、怖い! 何かとてつもなく恐ろしいものがあったらどうしてくれる!」
怖がる幽霊って……。
「それじゃ、指に赤い糸が巻かれた経緯を教えてよ。あと真一さんの過去のこと」
忠継さんが指輪相談者に話を聞くときの状況を真似してみました。
「私の死後、赤い糸が中指にいつの間にか巻かれていた。過去は5、6年前に東京でタクシードライバーをしていた。愛する妻と二人の子を養っていて、マイホームを建てることを夢見ていた」
「東京!? 結構遠いところから来てたんだね」
「あああ……妻と子は今頃どうしているだろうか。新しい男に出会って再婚、仲慎ましく幸せな生活を送っている姿を見てしまったら頭がおかしくなってしまいそうだ。きっと子供達は新しい夫に笑顔で『パパ』と呼びかけるのだろうな……ハァ……」
真一さんってかなりのネガティブ思考なんだ……。
「きっと指に巻かれた赤い糸は真一さんの家族に続いてるんだよ」
「いや、この赤い糸は不思議なことに東京の地を指し示さなかった。東京から北へ北へと進んでいくうちにここまで来たんだ」
「えっ、それは変だね……」
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